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第五章・十万年の安寧とその代償7
「ま、待ってくださいっ。1672番目のゲオルクとはどういう意味です……っ」
「理解できないお気持ち、よく分かります。私も1672番目になる前までは、とても理解できるものではありませんでした。私はね、もともと歴史研究家だったんですよ。ですが十万年前に世界が四つに分かたれた原因をどれだけ調査しても分かりませんでした。しかし先代のゲオルクから脳を継承し、すべてを理解したのです。十万年前から現在に渡るまでのレオノーラ様の切ないほどの献身を!」
ヨーゼフは恍惚とした顔でレオノーラの肖像画を見つめました。
「この古い礼拝堂は十万年前からあるんですよ。かつてこの礼拝堂の近くには人間の村がありました。魔力無しの人間の村です」
「十万年前の人間の村……。それはもしかしてレオノーラ様の……」
「さすがブレイラ様、御名答です。そう、ここは初代勇者の部族に滅ぼされたレオノーラ様の村です。そしてこの礼拝堂は魔力無しの人間の信仰を集めていましたが、その地下にはゲオルク様の研究室がありました」
「まさか、その研究室は今もあるというのですか!?」
「お察しがよくて助かります。この礼拝堂と研究室は十万年前に初代勇者によって燃やされてしまいましたが、ゲオルク様は再建してこの時代まで偉業を残してくださったのです。脳を移植するという奇跡の御業で!」
「脳の移植……?」
それは信じがたい言葉でした。
今、ヨーゼフは脳の移植と言ったのです。
「そ、そんなことが可能だなんて信じられませんっ……!」
「信じようと信じまいと事実は事実です。私がレオノーラ様とゲオルク様を知っているということがなによりの証拠ではありませんか?」
「っ……」
それは説得力のある言葉でした。
この時代で一般人がレオノーラとゲオルクを知っていることなどあり得ません。
なによりゲオルクは祈り石を製造した男。脳の移植から可能だと思えたのです。
「信じる気になってくれたようですね」
「…………。……分かりません。もしあなたの言葉を信じるなら、どうして私をここまで連れてきたのですか? ゲオルクは復讐のために祈り石で星を破壊しようとしましたが、レオノーラ様はそれを阻止したのです」
十万年前の記憶があるというなら、ゲオルクの野望を阻止した私とレオノーラを憎んでいるはずでした。
そんな私の疑問にヨーゼフはレオノーラの肖像画を見つめたまま続けます。
「ブレイラ様のおっしゃる通り、ゲオルク様の頭脳を引き継いだ私は本当なら復讐を成し遂げなければなりません。それを条件に私は脳の継承者となり、十万年前の真実を手に入れたのですから。でも、真実を知ったからこそ私とゲオルク様に決定的な違いが生まれたのです」
「決定的な違い?」
「そう、それは私がレオノーラ様をお慕いしているということ! 私は真実を知るにつれてレオノーラ様への崇拝を深め、この純粋な気持ちがゲオルクの意識を凌駕したのです! 私はゲオルク様ではなく、レオノーラ様の意志を引き継ぎたい! レオノーラ様の希望を叶えることこそが私の夢!!」
ヨーゼフが感極まった口調で言いました。
その形相も恍惚として肖像画を見つめる目はうっとりしていました。
狂信的とすら思えるそれに私の背筋が冷たくなる。それは孤児院の時から感じていた不気味さでした。
「……まさか孤児院にいたのが魔力無しの子どもばかりだったのはっ」
「はい、孤児院の子どもたちは選ばれし子どもたち。魔力無しの人間として生まれたあの子たちは幸運です。祈り石となって、その身をもってレオノーラ様の尊いご意志を引き継げるのですから」
「あなた、魔力無しの子どもたちを祈り石にするつもりですか!? そ、そんなことが……っ」
私は怒りに声を上げました。
祈り石になるということは肉体的な死を意味します。
そうなることを分かっていて子どもたちを祈り石にするなど許されません。
「なにをお怒りですか。子ども達は祈り石となってレオノーラ様の意志を引き継げることを光栄に思っていますよ」
「それはあなたがそう思わせたのでしょう!」
「それでも子ども達の意志です。それにブレイラ様も分かっていますよね、望もうと望むまいと誰かが祈り石にならなければ星は終焉を迎えるということを。レオノーラ様の目覚めは近いのですから」
「それは……っ」
唇を噛みしめました。
そう、深海からゆっくり浮上する熱反応。それは紛れもなくレオノーラの封印。
熱反応が海面に姿を見せる時、それはレオノーラの目覚め。封印が完全に解かれて、星の穴を塞いでいる祈り石が外れてしまえば星は終焉を迎えます。
「四界の王が一時的に封印を強化したようですが、それはほんの時間稼ぎでしかないことは存じているはず。世界の人々は真実を知り、レオノーラ様を崇めて魔力無しの子ども達に感謝するでしょう。それは四界の王とて例外ではないはず。今あなたは怒っていますが、あなたの愛する四界の王たちはどう思うでしょうか」
「馬鹿にしないでください! 四界の王はそんなこと」
「当代四界の王は民を愛し、また民に愛されている。だからこそ」
「黙りなさい! あなたが四界の王について語るなど許されません!」
声をあげて遮りました。
これ以上聞きたくなかったのです。
だって、その先の言葉は禁句。王の台詞として想像することすら許されません。
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