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第五章・十万年の安寧とその代償8

「あなたの企みを今すぐ停止し、子ども達を今すぐ解放しなさい。子ども達をここにおいておくことはできません。しかるべき場所で保護します」 「しかるべき場所? そんな場所がこの世界にあるんですか? 終焉が近づくこの世界に」 「終焉などきません! 今、当代四界の王と初代四界の王によって力が尽くされています。これだけの王が揃っているというのに、終焉など訪れるはずがありません!」  言い放った私にヨーゼフが困った顔で首を横に振ります。 「愚かな希望を持ってはいけません。レオノーラ様と同じ顔でなければ、あまりに浅はかで無知で無能な言葉に呆れ果ててしまうところです」 「あなた、私を馬鹿にしているのですか」 「とんでもない。私があなたのレオノーラ様に似た顔を、体を、どれほど崇拝しているか! あなただからここに連れてきたのです。ゲオルク様の研究室をぜひ見ていただきたい。そうすればあなたも私を理解し、その御心を変えるでしょう」 「お断りします。私があなたに従うことはありません」 「そうですか、残念です。あなたに強引な真似はしたくなかったのですが」 「どういう意味です」 「そのままの意味ですよ。どのみちブレイラ様にはお見せするつもりでした。私の傑作を!」  ヨーゼフがそう言ったのと、私の背後にいた男たちの気配が変わったのは同時。  ――――バキバキッ、ゴキッ、ゴキゴキッ!  骨と関節が軋む異様な音。 「そ、そんな……!」  振り返って愕然としました。  私を連れてきた男たちは人間でないものになっていたのです。  関節は異様な角度に曲がり、筋肉が膨張し、皮膚は鉱石のように固くなっている。それはもう人ではなく異形の怪物。 「ヨーゼフ、あなたはこの方々になにをしたのです……っ」 「彼らが望んだことです。私の研究のために命を捧げてくれた尊い殉教者。残念ながら彼らは祈り石になることはできませんでしたが、その替わりレオノーラ様に心から忠誠を誓う使途となりました」 「ま、待ってください。あなたは、祈り石を造ろうとしているのですか?」 「かつて祈り石はゲオルク様によって製造されました。ゲオルク様の頭脳を継承した私なら不可能ではありません。すべての魔力無しの人間が純度の高い祈り石になれるわけではありませんが、それでもこうして使途としてお役に立つことはできます」 「なんてことをっ……」  信じがたい事実に背筋が凍りました。  かつてゲオルクは言いました。異形の怪物は祈り石を製造した副産物だと。  では、この方々は本当に……っ。 「ヨーゼフ、あなたは自分がなにをしたか分かっているのですか?」 「その者たちは殉教者。みずから使途となることを望んだのです」 「なにが使途ですか! そんなものっ……!」 「仕方ありませんよ、その者たちは祈り石の器ではなかったのです。その点、孤児院の子ども達は違います。幼いからこそ純粋な心を持っている。ブレイラ様、どうぞ研究室におこしください。十万年前から移植され続けた頭脳で絶えず研究が重ねられてきたのです。ぜひご覧いただきたい。さあ、ブレイラ様をお連れしなさい!」  ヨーゼフがそう命じたのと怪物が動き出したのは同時。  元は人間だった二体の怪物がよろめきながらも私に近づいてきます。  ヨーゼフは二体の動きを見ながら「まだ人間の形が残っているな。牛の要素を埋め込んでみるか……」と研究対象を見るような感想を漏らしました。  愕然としました。  狂っています……。ヨーゼフは野放しにしてはいけない人間です。 「おおおおおお……っ」 「おおおおおおお……っ」  怪物が地鳴りのような不気味な声をあげて近づいてきます。  私はじりじりと後ずさり、隙をついて駆けだしました。  怪物がすぐに追いかけてくるけれど絶対捕まりません。  礼拝堂を駆け抜けて外を目指します。  途中で捕まりそうになったけれど、よろめいた動きなので寸前で避けることができました。  あともう少しっ。  このまま礼拝堂の外へ出て、ハウスト達に危機を知らせるのです。帰りが遅くなっているので絶対私のことを探しています!  ――――バンッ!! 「そ、そんな……」  私は扉を開けて、……全身から血の気が引きました。  視界に映ったのは礼拝堂を取り囲んでいた無数の怪物。それはどれも元人間の怪物。  怪物が私を捕らえようと近づいてくる。  逃げ場もなく硬直しましたが、その時。 「「ガアアアアアアアア!!!!」」 「クウヤ! エンキ!」  そう、クウヤとエンキでした。  私の足元からクウヤとエンキが飛び出したのです。  そして怪物に襲いかかって薙ぎ払っていく。

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