65 / 115

第五章・十万年の安寧とその代償11

「でもね、今は遊ぶ時間じゃないの。また後で構ってあげるから今は我慢しなくちゃダメ」  そう言いながら片手を前へ。猛烈な勢いで突っ込んでくるくじらの正面に手を翳した次の瞬間、ぴたりっ。くじらの動きがぴたりと停止しました。 「分かってるよね?」  ゼロスがゆっくりとした口調で言いました。  穏やかな声色なのに、ゼロスが纏っているのは有無を言わせぬ威迫。  くじらは動かないのではなく動けないのですね。ゼロスの絶対的な威迫に飲み込まれてしまったのです。 「もう一度聞くよ。分かってるよね?」  目に見えてくじらの様子が変わりました。  くじらは向きを変えて異形の巨人を襲いだします。  ……ああ分からせたのですね。ゼロスは圧倒的な力で服従させたのです。  ゼロスは満足そうに頷くと、ニコリっと笑って私を振り返りました。 「ちょっとワガママな子ってかわいいよね」 「ふふふ、そうですね。あなたは少し振り回されるほうが好きなのですね」  ゼロスは振り回すほうだと思うのですが、ゼロス自身は振り回されるほうが好きなよう。  困りました。私はなんて言葉をかければいいのでしょうね。我が子ながらなかなか難易度が高い子なので、誰かに振り回されるのは難しいでしょう。見守るしかありませんね。  私は笑って受け流そうとしましたが。 「うん。今のとこ僕を振り回してくれるのはブレイラだけだよ」 「え、私ですか……」  複雑です。これは褒められていると思っていいのでしょうか……。  それなのに。 「その点については理解する」  ハウストが深く頷いて同意していました。  あ、これにはムッとしましたよ。  ハウスト? と彼をじっと見つめる。目が合うとハウストは小さく咳払いして誤魔化しました。  でもそうしている間にも異形の巨人はすべて討伐されました。  本当なら異形の巨人を一体倒すのにも複数部隊による作戦行動が必要なはずなのです。でもここにそんなものはなく、また必要としません。ここにいるのは四界の王の魔王と冥王なのですから。 「お疲れさま、よく頑張ったね。また遊ぼうね」  そう言ってゼロスはくじらを召還すると、「父上、終わったよ〜!」と大きく手を振りました。  こうして異形の巨人がすべて片付き、ハウストはヨーゼフに向き直ります。 「もういないのか? ここで見ておきたい。全部出してみせろ」 「後悔させてくれる……っ」  ヨーゼフは憎々しげに顔を歪めました。  激昂したヨーゼフは次々に異形の怪物を呼び出します。  オークや巨大蜘蛛や数多の異形の怪物が出現し、ハウストにいっせいに襲い掛かりました。  しかしその刹那、ハウストの足元に魔法陣が出現します。魔法陣は円形に拡大し、魔法陣に触れた怪物が次々に消滅していきました。  あっという間に怪物を討伐し、ハウストはヨーゼフに訊ねます。 「もう出せないのか」 「おのれ、魔王めぇ……っ」 「もう出せないようだな。それならいい」  ハウストは淡々と言いました。  もう興味はないといわんばかりのそれ。  ヨーゼフはたじろいで後ずさりましたが、もちろんハウストは逃がしません。 「どこへ行く。お前にはまだ聞きたいことがある」 「こ、これは……!」  鎖が出現してヨーゼフを拘束します。ハウストの呪縛魔法でした。  鎖で雁字搦めにされたヨーゼフの足元に転移魔法陣が出現します。拘束したまま魔界に転送するつもりなのでしょう。  ヨーゼフは屈辱に震えましたが、転移する間際に私を振り返りました。そして。 「魔界の王妃よ、聞くがいい!! 私は予言しよう! あなたはいずれ私を頼ることになるでしょう! ゲオルクの頭脳を有し、レオノーラ様を心から信仰している私を!!」 「な、なにを馬鹿なことをっ……」  驚きました。  私がヨーゼフを頼るなどあり得ません。  しかしヨーゼフはニタリッと笑います。 「ご安心ください、私はあなたを拒みません。あなたが私を頼るなら、私はあなたのしもべとなりましょう……!」  その言葉を最後にヨーゼフは姿を消しました。  不気味な予言を残されて大迷惑ですね。  ハウストが側まで来てくれます。 「不快なことを言われてしまいました」 「そうだな。忘れてしまえ」 「はい」  私を守っていた防壁魔法が解除されます。  ヨーゼフが魔界に転送され、ここ一帯にいた異形の怪物はすべて討伐されました。安全だと判断されたのです。 「ブレイラ、大丈夫だった~!?」  ゼロスも駆け寄ってきてくれます。  ゼロスは無傷な私をたしかめると笑顔になりました。

ともだちにシェアしよう!