67 / 115

第五章・十万年の安寧とその代償13

「ちちうえ……」 「ああ、お前の父だ。だが魔王だ」 「っ……」  クロードは視線を落として黙り込みます。  クロードはどうしてハウストが厳しい顔で自分を見ているのか気づいたのです。 「お前はブレイラを守れなかった。しかも次代の魔王という立場でありながら捕縛され、勇者に救出されたとは……」 「そ、それは……」 「それは、なんだ。言い訳でも思いついたか」 「ちちうえ……」 「まだ覚醒していない。まだ子ども。上の二人は生まれた時から四界の王だから。どれだ? 言い訳を思いついたんだろ」 「っ……」  クロードはまた黙り込みました。  沈黙が落ちて、ハウストはため息をつく。  長いため息にクロードの小さな肩がぴくりっと跳ねます。可哀想に、クロードが縮こまってしまいます。  そんなクロードにハウストも気づいているのに、彼は厳しい顔つきのまま。 「いつまで甘ったれた声をだし、甘ったれた顔で助けを待つつもりだ。恥を知れ」 「……ご、ごめんなさい。ちちうえ……」 「謝れと言った覚えはない」 「はい……」  ハウストはクロードを見下ろしていましたが、少しして背を向けます。  話は終わりだとばかりのハウスト。  その背中をクロードは泣きそうな顔で見上げます。  ハウストは気づいているのに振り返らず、イスラとゼロスを見ました。 「イスラ、ゼロス、ヨーゼフは魔界で収監させてもらう。礼拝堂の地下も調査を急がせる」 「任せる」 「僕も任せるよ。でも昨日の港町にも戻ったほうがいいんじゃないかなあ」  ゼロスが言いました。  イスラとゼロスもクロードの様子に気づいていますが、今は触れずに礼拝堂やヨーゼフのことを話します。  ゼロスはこの礼拝堂にいた信仰者たちが近隣の町や村から集まっていることに気づいていました。 「ああ、見に行く必要がありそうだな。もし港町の人間がここに関わっているなら……」  ハウストが険しい顔で言いました。  その言葉に私の背筋も冷たくなります。  この遺跡にいたヨーゼフの信仰者たちは殉教の名のもとに人体実験をされていたのですから。 「行きましょう。昨日の港が心配です」 「乗れ、ブレイラ」  ハウストが大型の魔鳥を召喚しました。  私はさっそく魔鳥の背中に乗り、その後ろにはハウストが跨りました。イスラとゼロスもそれぞれ大型の魔鳥を召喚します。  私は立ち尽くしたままのクロードに声を掛けます。 「クロード、こちらへ」 「えっと……」  クロードは困惑した顔で私を見ました。  でも怯えたようにハウストを見て、困ったように視線を落とします。  ハウストを気にしているのですね。いつもなら手招きするとぴゅーっと駆け寄ってくるのに……。 「えっと、えっと……」  クロードが困惑して立ち尽くしています。  私のところには来れなくて、二人のにーさまを見ました。  イスラもゼロスも移動には自分の召喚獣を召喚しています。本当ならクロードもそうすべきところをまだダンゴムシしか召喚できません。  いつもなら『にーさま、わたしものせてください!』と自分から飛び乗るけれど、さっきのことを気にして動けないのです。  クロードはイスラを見ました。イスラは我関せずですね。これは魔界の問題だと思っているのです。クロードが自分からねだれば兄として乗せるでしょうが、こういう時にイスラが自分から声をかけることはありません。  クロードはそんなイスラに近づき難いものを感じたのか、次はゼロスを見ました。  ゼロスは苦笑して頬をかく。ゼロスも魔界の問題だと思っていますが、それでも今にも泣いてしまいそうな弟が気になるようです。  でもゼロスは声をかけていいものか迷って私をちらりと見ました。  もちろん目が合った私は大きく頷きます。いいんですよ、クロードに声をかけてあげてください。さあさあ今すぐ。これは今の状況ではあなたしか出来ないことです。  ゼロスは安心したように頷くと、立ち尽くしているクロードを手招きします。 「クロード、はやくこっちおいで。そろそろ行くよ」 「で、でも……」 「でもじゃないでしょ。早く港を見に行かなきゃならないんだから。ね?」 「はい……」  ゼロスに急かされてクロードもようやく動きだします。  良かった。このままクロードが拗ねて動けなくなったらどうしようかと思いました。  クロードはゼロスの召喚獣の背中によじ登りました。巨大なツバメの召喚獣です。  こうしてハウストと私の二人で。イスラは一人で。ゼロスはクロードを乗せて二人で召喚獣に乗ります。 「行くぞ」  ハウストがそう言うと巨大な魔鳥が翼を広げ、一気に遺跡群の上空へ上昇しました。そのまま昨日の港町へ飛行します。  遺跡群のすぐ近くには大海原が広がっていて、全身に感じる風は潮の香りがしました。  遺跡群から港町はそれほど離れていないのですぐにつくでしょう。  でもついてしまう前に。 「ハウスト、なんでしょうか。何か言いたいことでも?」  背後から視線を感じるのです。そう、ハウストの視線を。  背後を振り向くとハウストがうかがうような顔で私を見ていました。さっきまでクロードには厳しい顔を向けていたのに、今は魔王らしからぬ顔ですね。

ともだちにシェアしよう!