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第五章・十万年の安寧とその代償14

「ハウスト?」  彼をじっと見つめます。  するとハウストはムムッと眉間に皺を刻みました。  私たちは黙って見つめあっていましたが、少ししてハウストが観念したように口を開きます。 「…………怒ってるか?」 「私がなにを怒るのです」 「いや、そのな……」 「私に黙ってろって言ったことですか?」 「それはだな」 「それともクロードを叱ったことですか?」 「それもあるがそれは……。……クソッ、なんて言えばいいんだ」  ハウストが小さく舌打ちします。  眉間に皺を刻んで思案するハウスト。しかもその思案の内容も私にどう説明するかというもので……。  ああもうほんとうに、あなた、私のこと愛しすぎじゃないですか。もちろん私も同じ気持ちですけども。 「ハウスト、私、怒ってませんよ」 「…………。……本当か?」 「本当です」 「……本当だろうな」 「なに疑い深くなってるんですか」  少し呆れたように笑って、ハウストの眉間の皺をもみもみしてあげました。  ハウストは私の手を捕まえると指先に口付けてくれます。 「お前にとっては面白くない話だっただろ」 「私のこと気にしてくれるんですね」 「当たり前だ、お前は俺の最愛だぞ。できれば機嫌を損ねたくない」  ハウストはそう言いましたが、でも少し困った顔で続けます。 「だが、俺は魔王だ。魔界を守らねばならん。そして俺が玉座を退いた後も、それは未来永劫に続くべきものだ」  ハウストがまっすぐ前を見据えて言いました。  その横顔に私は目を細める。  困りましたね。言いたいことはたくさんあるけれど、私はその横顔が好きなのです。魔界を愛しているあなたの横顔が。  私もハウストもクロードを大切な子どもだと思っているけれど、それでもハウストがクロードに寄せる思いというのは私とはまた違ったもの。分かっていますよ。どちらも大切なものです。 「あなたの今の顔、大好きですよ」 「なんだ急に」 「ふふふ、あなたにご機嫌伺いされるなんて私は幸せ者ですね。きっと四界で私だけです」 「お前が俺から離れていってしまうのは困る」 「そんなことあるはずないのに」  ご機嫌伺いをしてくれるハウストが愛おしいです。  私はクスクス小さく笑って答えました。  でもハウストは納得いっていないよう。 「なにを言う。おまえには前科があるだろう。それに」  ハウストはそこで言葉を切ると、それぞれの召喚獣に乗っているイスラとゼロスとクロードを見ました。 「お前、あの三人に弱いだろ。俺に愛していると告げながら、お前のすべてはあいつらのものだ。俺にはなにも残さない」 「ハウスト……」  困りました。  身に覚えがありすぎるのです。  困って視線を泳がせてしまう。 「その、えっと、あのですね……」 「誤魔化さなくていいぞ。どうせ無理だろ」  無理だとはっきり断定されて私は黙ってしまう。  悔しいけれど間違いないです。誤魔化せません。  私は息をつくと、背後のハウストにそっと凭れかかりました。  鍛えられた厚い胸板を感じてそっと目を閉じます。硬い場所だけど不思議と心地いい。 「今度は私があなたを怒らせてしまいましたか?」 「いや、もう諦めた。それがお前だからな」 「よかった、あなたに嫌われたらどうしようかと思いました」  私は凭れていたハウストの胸板に頬をすりすりしました。  甘えるようにすり寄った私をハウストはそっと抱き寄せてくれます。  私はこの場所を手放したくありません。私だけです。私だけの場所です。  でも、私はハウストに凭れかかりながらイスラとゼロスとクロードを見ました。  イスラは巨大な鷲の背に乗って前だけを見つめています。何ものにも屈しない勇者の瞳で。  そして近くにはゼロスの巨大ツバメ。ゼロスは自分の背中にぴたっとくっついているクロードを振り返って苦笑しています。優しいですね、消沈しているクロードを気遣ってくれているのです。  クロードはというとツバメから落ちないようにゼロスにくっついていますが、視線を落として落ち込んでいました。  私は三人の子ども達に目を細めます。 「あなたの言う通り誤魔化せません。イスラもゼロスもクロードも私の子どもです。私は一番に守ってあげたいと思っています。私のすべてですから」 「イスラとゼロスも含むのか」 「当たり前です。勇者と冥王でも関係ありません。私の子どもです」  イスラとゼロスは私の手など必要としないほど大きくなったけれど、それでも子どもであることには変わりありません。私のすべてです。  私はまたハウストを振り返りました。

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