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第五章・十万年の安寧とその代償15

「ハウスト、それでも私はあなたに愛されていたいです。わがままを怒りますか?」 「……今さらだと言っただろ。俺はお前に弱いんだ」  ハウストが少し呆れた声で言いました。  私は小さく笑って、「ありがとうございます」と背後のハウストにそっとすり寄りました。  ハウストと寄り添いながら子ども達を見つめます。 「こうしてあなたとイスラやゼロスやクロードの成長を見守れて嬉しいです」 「そうだな」 「イスラは立派な勇者になってくれました。歴代最強の名を冠するに相応しい勇者です」 「初代を蘇らせたらまた一騎打ちでもしそうだがな」 「ふふふ、イスラはそれも楽しみにしているかもしれませんね」  イスラのことを語って、次はゼロスの話題へ。 「ゼロスは相変わらず甘えん坊なところはありますが、同じくらい甘やかすのも大好きな子です。あの子のおおらかさには私も助けられます」 「甘ったれてるだけだろ」 「またそんなこと言って。ゼロスがクロードを気遣ってくれなければ、今もクロードは落ち込んだまま遺跡から動けないでいたかもしれませんよ?」  私は先ほどのことを思いだして、少し恨みがましげにハウストを見てしまう。 「……さっきクロードが私のところに来てくれませんでした」 「それはだな……」  ハウストも思いだして渋い顔をしました。  さっきのクロードは明らかにハウストを気にしていました。いつものクロードなら私が呼べばすぐに来てくれるのにさっきは来てくれなかったのです。 「あなたを気にしてたんですよ?」 「むっ……」  ハウストがむむっと困った顔で私を見ました。  私もじっと見つめ返しましたが、ぷっと噴きだして笑ってしまう。 「なんて、ふふふ。さっきのは仕方ありませんよね。ごめんなさい、困らせてしまいました」 「俺で遊ぶなよ」 「あなたと遊べるなんて私だけの特権です。特権、使わせてください」 「ずるい奴だな」  そう言ってハウストは口元をほころばせると、私の髪に唇を寄せてくれました。  こうして私たちは空を移動し、少しして昨日の港町の上空まで来ます。  そのまま地上に降りようと下降しましたが。 「待て、降りるな!」  ふとハウストが鋭い声で命じました。  様子が変わったハウストに私は首を傾げてしまう。  でもハウストが険しい顔で港町を見下ろしていました。それはイスラやゼロスも同じです。 「ハウスト、どうかしましたか?」  私も港町を見下ろしました。  港町の通路にはたくさんの人が行き交っています。  遠目に見ると人々が出歩いている姿に見えましたが。 「え?」  人影に違和感を覚えました。  凝視してその姿をたしかめる。人影は人間の形に似ているけれど、それはっ……。 「う、嘘ですっ……。これはどういうことですか……!」  声が震えました。  だって人間だと思った人々は異形の怪物の姿をしていたのです。  港町のあちらこちらに異形の怪物が歩いていました。まるで怪物しかいないかのように、当たり前のように。 「ハウスト、これは……」 「ああ、人が見当たらない。おそらく」 「港町の人々が怪物になったというのですか……?」  全身の血のけが引きました。  それはあり得ない話ではないのです。  さっきの遺跡で人々が次々に怪物になった光景を目にしました。そしてこの港町の人々もすでにヨーゼフを崇拝しているとしたら……?  思いだすのは港町に泊まった夜に目にした光景です。たくさんの人々が広間に集まって祈っていました。 「ブレイラ、あそこに逃げてる人がいるみたいだ!」  ゼロスがハッとして港町の路地裏を指差しました。  路地裏には若い男が怪物から一人で逃げています。  その見覚えのある姿に息を飲む。あれはルーク。宿の孫息子です。 「あれはルークです! ルークが追われてるんです!」 「ほんとだ! 僕、助けに行ってくる!」  ゼロスが上空の巨大ツバメから飛び降りました。  空中でくるりっと回転して地上に着地します。  ゼロスは周囲の怪物をあっという間に蹴散らして逃げていたルークを助け出しました。 「俺たちも行くぞ。ブレイラ、俺から決して離れるな」 「はいっ」  私が頷くと、ハウストの魔鳥が地上へと降り立ちます。  イスラやクロードが乗った召喚獣も降り立ちました。

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