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第五章・十万年の安寧とその代償16
「あなた達は昨夜の……。どうしてここに?」
ルークが目を丸めて私たちを見ました。
私たちこそルークには聞きたいことがたくさんあります。でもその前に。
「話しは後です! 今はこちらに来てください! クロード、あなたも!」
私はクロードとルークを側に呼び寄せました。
困惑するルークを背後に下がらせ、クロードとぎゅっと手を繋ぎます。
「ハウスト、イスラ、ゼロス、お願いします!」
「ああ、下がってろ」
ハウストが私の前に立ってくれました。
イスラとゼロスも身構えます。
そう、気がつくと異形の怪物に囲まれていたのです。
怪物が次から次へと襲い掛かってきますが、その攻撃が私に届くことはありません。当然です、ここにいるのは魔王と勇者と冥王なのですから。
私はルークを見ました。
ルークは震える拳を握りしめて悲しそうに異形の怪物を見ています。
「ルーク、この怪物のことを知っているのではないですか?」
「っ、それは……」
ルークはためらいに唇を引き結びました。
でも港町に出現した怪物を見ながら震える声で話しだします。
「この港にいる怪物は……港町の人々なんです」
「港町の……。そうですか……」
予想はしていました。
予想はしていたけれど……。私はルークにかける言葉が見つかりません。
ルークは港町で起こったことを涙声で話しだします。
「突然なんです……っ。突然みんなが怪物になって、町の人たちを襲いだして……! ぼくの祖母や母も怪物になりましたっ……!」
「お祖母様やお母様まで……」
ルークは悔しそうに頷いて続けます。
「……この港町はもう駄目です。ほとんどの人は怪物になってしまいました。怪物にならなかった人も襲われて、もう、みんなは……! あいつですっ、あの老人のせいです……!」
「……。……それはヨーゼフのことですね?」
「え、知ってるんですか……?」
ルークが驚いた顔で私を見ました。
私は先ほどの遺跡でヨーゼフと怪物に遭遇したことを話しました。祈り石やレオノーラの話しはできませんが、この港町の人々が怪物になった理由は遺跡の怪物と同じものなのです。
「一年前に老人が来てから港町の人々がおかしくなったと言いましたね。その時のことを聞かせてください」
「…………分かりました。お話しします。でも先に教えてください。あなた方はいったい何者なんですか?」
ルークは訝しげに私たちを見ながら聞いてきました。
狂暴な異形の怪物を圧倒する強さで戦っているハウストとイスラとゼロス。この三人がいるのに正体を隠し続けることは難しいでしょう。
それに、――――ふいに周囲一帯にたくさんの転移魔法陣が出現しました。
その魔法陣のひとつひとつから姿を見せたのは魔界の精鋭部隊。
精鋭部隊の兵士たちは瞬く間に港町を制圧していきます。
そして部隊を指揮する部隊長がハウストに向かって最敬礼しました。
「魔王様、フェリクトール様の命令により参上いたしました。遺跡にも別動隊を向かわせています」
「フェリクトールか。相変わらず仕事が早いと褒めてやりたいが」
ハウストが険しい顔になりました。
本来なら魔王直属の精鋭部隊を動かすなど出来ないことですが、ハウストはフェリクトールに自分に次ぐ権限を与えていました。
でも今、だからこそ嫌な予感がするのです。
フェリクトールの性格を考えると無暗に部隊を動かすはずはありません。ましてやここは人間界。魔界の兵士が人間界に入るなど外交問題に発展する可能性もあります。それを考えないはずないフェリクトールがそれでも精鋭部隊を派遣したということは、それなりの緊急事態が起こっているということでした。
「なにがあった。話せ」
「はっ、報告いたします。魔界、人間界、精霊界の各地に異形の怪物が出現しました。突然、人が怪物になっているとのことです」
「なんだと?」
「そ、そんな……」
耳を疑いました。
人が怪物になる現象はここだけでなく、魔界、人間界、精霊界で起きているというのです。
聞いていたイスラとゼロスも表情を変えました。
「それじゃあ、この港町で起きていることが四界の各地で起きてるっていうこと!? えっと、僕のとこは大丈夫みたいだけど」
「そういうことだ。冥界の名前があがっていないのは、あそこはまだ人がいないからだろう」
驚愕するゼロスにイスラが深刻な顔で頷きます。
事態は私たちが予想した以上に深刻な状態でした。
「俺とブレイラは魔界に戻る。イスラ、ゼロス、お前たちも落ち着いたら来い」
「分かった。そうさせてもらう」
「僕も! ちょっと冥界に行ってくる!」
イスラとゼロスはそう言うと私を見ました。
私も二人を見て頷きます。
「二人とも、どうか気を付けて。魔界で待っていますからね」
「ああ、行ってくる。ブレイラも気をつけろ」
「行ってくるね。魔界で待ってて」
イスラとゼロスが転移魔法陣を発動し、二人はそれぞれ転移していきました。
こうしてイスラとゼロスを見送ると、精鋭部隊の部隊長が私の前で恭しく最敬礼します。
「王妃様、御無事でなによりでした。お迎えにあがりました」
「ありがとうございます。心配をかけたようですね」
「こうしてご無事な姿を拝見できたこと、心より嬉しく思います」
私は頷いて部隊長を下がらせると、次はルークに顔を向けました。
ルークが困惑した顔で私たちを見ていたのです。
「あの、あなた方はいったい……」
……もうこれ以上は隠せませんね。
私はルークにそっと笑いかけました。
「今まで黙っていてすみません。私の名はブレイラ。魔界の王妃です」
「魔界の……王妃……っ」
ルークが驚愕に目を見開きました。
そしてここにいるハウストを見て今にも倒れてしまいそうな顔になる。……そうですよね、私が魔界の王妃ならここにいるハウストの正体は一つ、魔王なのですから。
ルークは青褪めて地面に平伏しました。
「魔王様と王妃様とは知らずご無礼をいたしました! どうか、どうかお許しください!」
「私たちこそ騙していたみたいでごめんなさい」
「とんでもございません!」
「もう大丈夫ですから、さあ顔を上げてください」
私はルークの側に膝をついて声を掛けました。
するとルークがおそるおそる顔を上げてくれます。私は優しく笑いかけました。
「一緒に魔界に来てください。ここであったこと、一年前のこと、話してくれますね?」
「はい、僕の知っているすべてをお話しします……!」
そう言ってくれたルークに私は頷きました。
そしてルークを連れて私たちは魔界に帰るのでした。
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