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第六章・レオノーラの目覚め1

■■■■■■  バチバチバチバチ。  大粒の雨が魔界の城の窓に打ち付けられていた。  空は分厚い雲に覆われていてまるで嵐のようである。  クロードは自分の部屋で一人、窓から魔界の王都を見つめている。  人間界の遺跡でヨーゼフを捕縛した後、ヨーゼフに従っていた人々がいっせいに異形の怪物に姿を変えた。異形の怪物は魔界、人間界、精霊界の各地で発生したのだ。  魔王ハウストは魔界、勇者イスラは人間界、精霊王フェルベオは精霊界、それぞれの世界に出現した怪物の討伐を急いでいる。冥王ゼロスは怪物の侵入を防ぐために冥界の結界を強化し、各世界の怪物討伐に協力していた。 「……あ、あそこにもでたんだ」  クロードがぽつりと呟いた。  王都の南西で黒い煙があがった。兵士の攻撃魔法だろう。  異形の怪物は王都にまで出現しているのだ。それは王都の魔族にもヨーゼフの影響が及んでいたということである。 「おわったかな……」  黒い煙が細くなって、暴風によって爆発の炎は沈下されていった。  どうやら無事に怪物は討伐されたようだ。  王都に出現する怪物は陸上部隊の兵士によって討伐されている。他にも今は魔界各地に部隊が派遣されて怪物討伐と治安維持が実行されているのだ。  今、魔界、人間界、精霊界は緊急事態に陥っている。  魔界の城にもたくさんの士官たちが出入りして、いつになく騒々しくなっていた。……クロードの周囲以外は。  そう、クロードの周囲だけ静かだった。  いつも通りの時間がすぎていた。  クロード以外は緊迫した様子なのに、クロードだけいつも通り。  部屋に入る時も女官に「おやつをお持ちします」と笑顔で言われたのだ。  そしてそのおやつはテーブルに並んでいる。  タルトやケーキやクッキー、ガラスコップには果実のジュース。クロードの大好きなお菓子ばかりである。 「……おやつ」  おやつは大好きだ。  いつもなら宿題や自主学習の休憩におやつを食べている。  おやつを食べているとブレイラが来てくれたり、ゼロスにーさまが遊びにきてくれたりするのだ。二人より頻度は少ないけれど父上やイスラにーさまも来てくれる。  それがクロードのいつもの時間だった。  でも今、テーブルのおやつは一向に減っていなかった。食べる気が起きないのだ。  コンコン、コンコン。  ふと扉がノックされてクロードがハッと顔を上げた。  ブレイラが様子を見に来てくれたのかもしれない。  だが。 「クロード様、失礼します。おやつの片付けに参りました」  そう言って部屋に入ってきたのは世話役の女官ユラだった。  ユラはクロードが赤ん坊のころから世話役をしており、ブレイラが多忙な時にクロードの側にいてくれる女官だ  ユラは手を付けられていないおやつに気づくと心配そうな顔になる。 「どうされました? 召し上がっていないようですが」 「うん、ちょっと……。もういいから、かたづけて」 「……。……畏まりました」  ユラはそう言うと連れていた侍女たちに片付けを命じた。  侍女たちが片付けをするかたわら、ユラが心配そうにクロードに声をかける。 「どうされました? なにかありましたか?」 「なんでもないけど、その、……ブレイラは?」  クロードがおずおずと聞いた。  ブレイラもこの城にいるはずなのだ。 「王妃様は」 「や、やっぱりいわなくていい!」  クロードは咄嗟に制止した。  今ブレイラがこの城にいるなら、いつもならクロードのところに来てくれるはずなのだ。  でも今はこない。それは魔王であるハウストと同様に王妃のブレイラも魔界のために働いているからである。  ブレイラは魔力無しの自分のことを頼りない王妃だというが、多くの魔族から尊敬と敬愛を持たれている王妃なのである。今のような緊急事態において王妃の存在はそれだけで民の気持ちを落ち着けるのだ。  だからブレイラは必要とされて働いている。 「クロード様……」 「ごめん、もうだいじょうぶ。だから、もういっていいです」 「……。畏まりました。お側におりますのでなにかあればお呼びつけください」  ユラはそう言うと恭しくお辞儀して部屋を出て行った。  クロードはまた一人残される。  なにも出来ないから残されるのだ。  嫌なことばかりを考えて頭がぐるぐるしてしまう。  ユラは優しくしてくれたけど、本当は自分の世話役なんて嫌だと思っているかもしれない。  同じ世話役になるなら、イスラにーさまやゼロスにーさまの方がよかったと思っているかもしれない。自分は魔界の跡継ぎなのになんの力も持っていない。 「ブレイラ〜……。うぐっ」  クロードは唇を噛みしめた。  小さな拳を握ってぷるぷるする。  みんなクロードを役立たずだと思っているかもしれない。  ブレイラだけはそう思ってないと信じられるけど、ブレイラじゃない人はみんなそう思ってるかもしれない。  こみあげる涙は我慢した。だって、泣くなんてもっと役立たずなのだ。 ■■■■■■

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