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第六章・レオノーラの目覚め2

 北離宮・執務室。  扉がノックされて女官が入室します。 「王妃様、魔王様がお待ちです。イスラ様とゼロス様もお戻りになりました」 「分かりました。私もすぐに行きます」  私は政務の手を止めて北離宮の執務室を出ました。  現在、四界の各地でヨーゼフに関わった人々が異形の怪物に変化し、周囲の人々を見境なく襲いだしているのです。この緊急事態に厳戒態勢が敷かれていました。  私の側にはコレットが控え、側近女官たちが私を囲んで廊下を進んでいきます。  王妃の一団が進むとすれ違う女官たちが恭しくお辞儀し、北離宮から本殿に渡ると大臣や上級士官も立ち止まってお辞儀しました。  広間に近づくにつれて上級士官の姿が多くなります。この緊急事態に対応するため、みなが忙しく働いているのです。  ふとコレットに声をかけられます。 「ブレイラ様」 「どうしました?」 「先ほどクロード様の世話役の女官から報告がありました。クロード様がおやつに手を付けず、少し落ち込んでいる様子が見受けられたようです」 「クロードが……」 「皆さまが広間にいらっしゃるようなら、クロード様もお声がけしますか?」  コレットが気遣って提案してくれました。  まだ幼いクロードを気にしてくれているのです。  でも私は首を横に振ります。  クロードが落ち込んでいる理由は分かっています。呼びに行ったとしても今のクロードは広間に来ることを怖気づいてしまうでしょう。 「あとで私がクロードのところに行きます。あの子はまだ五歳ですからね、私が迎えに行ってあげたいのです」 「クロード様も安心されますね」 「あの子は次代の魔王という重圧もありますから、イスラやゼロスとはまた違った苦労をさせています」  そう、勇者イスラや冥王クロードはその存在がすでに王でした。でもクロードは違います。魔界が積み重ねてきた歴史と力を継承して魔王になるのです。その継承に相応しいか否かを魔族は見ています。多くに認められる善良な魔王となるには、一段一段階段を登っていくような地道な努力を必要とされるでしょう。  今のクロードに他を圧倒するような大きな力はないけれど、それでも一歩一歩階段を登っています。私はそんなクロードを見つめているのが大好きなのですが、クロード自身はやはり焦ってしまう時があるようですね。 「王妃様、お待ちしていました。皆様が中でお待ちです」  門番は恭しくお辞儀すると広間の扉が開けられます。  広間にはハウスト、イスラ、ゼロス、精霊王フェルベオ、初代魔王デルバート、初代精霊王リースベットがいました。  私は各々にお辞儀して挨拶します。 「遅くなって申し訳ありませんでした」 「俺たちも今揃ったところだ」  ハウストはそう言って側にと呼んでくれます。  私はデルバートやリースベットやフェルベオに挨拶をするとハウストの隣に着席します。そして魔界に帰ってきたばかりのイスラとゼロスを見ました。 「二人ともお帰りなさい。無事に帰ってきてくれて嬉しいです」 「ああ。人間界について詳しくは報告書をだすが、あの港町のような壊滅的な状況になっている町を多数確認した。特に遺跡に近い町や村の人々はほとんどが異形の怪物になっている」 「そうですか……」  ヨーゼフの本拠地は遺跡の礼拝堂でした。  ヨーゼフはそこを拠点として信仰の勢力を広げていったのでしょう。  人々の狂気じみた信仰。それは十万年前の魔力無しの信仰を思わせるものでした。……いえ、思わせるのではなく同じもの。十万年前に消えたと思われていた信仰は消えていなかったということなのです。  次はゼロスを見ます。 「冥界はどうでしたか?」 「冥界は今のところなにもなかったよ。一応結界を強化しといたんだ」 「そうですか、冥界はひとまず安心ですね」  私はほっと安堵しました。  とりあえず冥界にはまだ影響が及んでいないようですね。  次はフェルベオが現在の精霊界のことを話します。 「精霊界は魔界と似たような状況だ。精霊族の中でもヨーゼフへの信仰が強い者たちが異形の怪物になっている。みずから人体実験を望むほどの信仰とは恐れ入る」  フェルベオは呆れたような口調で言いながらも、その瞳には憐憫の色がありました。  精霊界の町や村でも隣人が突然怪物になってしまう悲劇が起こっているのですね。  現在、魔界も精霊界も人間界も各地に治安維持部隊を派遣して怪物討伐を行なっています。でもその怪物は夫、妻、子、友人、恋人、祖父、祖母、知人、誰かの大切な人でもあるのです。家族全員が信仰して家族全員が怪物になってしまうことも、突如両親だけが怪物になってしまうこともありました。そう、あの港町にいたルークのように。ルークの祖母と母親も怪物になってしまったのです。  ヨーゼフがこの時代でばらまいた信仰は人々の大切なものを引き裂きました。

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