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第六章・レオノーラの目覚め3

「四界はこれからどうなるんでしょうか……」  私の視線が落ちました。  現在は治安部隊が異形の怪物の襲撃に応戦し、地方の町や村の人々は近隣の街や城壁都市、北都、南都、西都、東都、そして王都にも避難してきていました。  それらの大きな街や都は守備隊が常駐しているので怪物の襲撃にも応戦できるようになっていました。  今も王都の城壁門には各地から避難してきた魔族が列を作っていました。  今、そんな光景が魔界だけでなく人間界や精霊界でも見られるのです。  ハウストが状況を説明してくれます。 「とりあえず今は異形の怪物を一掃することを優先しているが、これがいつ終わるか分からない。ルークの話しによると、ヨーゼフが港町に現われた一年前から人々が少しずつ変わっていったようだ。それは港町だけじゃない。その地域一帯にある町や村でも同時に起こっていたようだ」 「では、あの遺跡周辺に住んでいた人々がたくさん怪物になってしまったのはヨーゼフの影響が大きかったからですね。でもたった一年でこんなに影響が広がることがあるのでしょうか。人間界に行ったことがないはずの魔界の魔族や精霊界の精霊族まで怪物に変化しているんですよね? 多少影響を受けただけで、みずから祈り石の人体実験まで望むものでしょうか。こんなにたくさんの人々がたった一年でこんな狂信的な精神状態になるとは思えません」 「それについては催眠じゃないかとルークは言っていた」 「催眠……。ルークがそう言っていたんですか?」 「ヨーゼフの伝道を聞いて共感した時から母親はおかしくなっていったらしい。それは他の者たちも同じだったようだ。夜になると同じ共感をした者同士で礼拝堂に集まって共感を強くした。不自然なほど一つの考えに固執するようになったという」 「一つの考え? まさか、それは……」 「そう、レオノーラだ。レオノーラへの信仰。おそらくレオノーラへ少しでも共感すると催眠が発動し、共感を覚えたものに作動する。いわば精神の乗っ取りだな」 「精神の乗っ取り……っ」  全身から血の気が引きました。  ヨーゼフは四界の真実を人々に伝道し、少しでもレオノーラに共感や憐憫を覚えた者に催眠がかかったのです。それは人々の口から口へと広がって、少しでもレオノーラを知った者に作用したのです。 「そんなことが……。ハウスト、今ルークはどこに?」 「休ませている。精神的にもかなり参っているようだ。しばらく魔界で療養させ、体力が戻り次第人間界に戻してやりたい。だがルークの故郷はすでに」 「……そうですか」  ルークは家族だけでなく帰る故郷もなくしたのです。  今、魔界と人間界と精霊界にはルークのような方がたくさんいました。  ヨーゼフに怒りがこみ上げます。 「ハウスト、ヨーゼフは? 彼は脳移植をしてゲオルクの知識を得たと言っていました。そんなことが本当に出来るのですか? いくらゲオルクが祈り石を造りだすほどの頭脳を持っていたとしても、そんな永遠を生きるようなこと……」 「にわかに信じがたいことだが、それは可能だと考えていいだろう。礼拝堂の地下には古い研究室があった。そこに貯蔵されていた書物や文書がそれを裏付けている。十万年もの間、あの場所でゲオルクの脳は研究を続けていたということだ」  体は朽ちても脳だけが受け継がれたということでした。  そしてこの十万年もの間、ゲオルクの脳は人体実験を続けてきたのでしょう。今まで戦ってきた、あのオークも、海のクラーケンも、巨大蜘蛛の怪物も、他のあらゆる異形の怪物も元はすべて人だったということなのです。 「こんなこと許されていいはずがありません……っ」  私は震える指先を握りしめました。  十万年にも渡って多くの無念と絶望と慟哭が積みあがっていたことでしょう。 「ハウスト、今、レオノーラ様はどうなっているんですか? ヨーゼフはレオノーラ様に固執していました。孤児院の魔力無しの子ども達をレオノーラ様の身代わりにしてしまおうと思うほどに」 「それについては僕が説明しよう。研究室の文書と禁書の文書に重なる点があった」  フェルベオが口を開きました。  研究文書の解明は精霊界が得意としていることなのです。

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