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第六章・レオノーラの目覚め8
「どうしました?」
「……。…………ちちうえ、おこってました。わたしは、つぎのまおうにならないとダメなのに。ちちうえみたいな、ちゃんとしたまおうに……」
「そうですか……」
私は慰める言葉を持ちません。
励ます言葉も……、どうなのでしょうね。どれが正解なのでしょう。今まで勇者イスラや冥王ゼロスを育ててきましたが、それでも正解は分かりません。でも三人の子どもがとても愛おしいので、勝手に正解をつくって導きたくなってしまうのです。本当の正解なんて私も知らないのに。
そんな私ですが、一つだけ伝えられることがあります。
「クロード、いいことを教えてあげます」
「……いいこと、ですか?」
「はい、いいことを一つ。ハウストはね、心配すると怖い顔になるのですよ」
「えっ……」
クロードが目をぱちくりさせました。
そんなクロードに私は優しく笑いかけます。
「こんな顔をして、こうぐっと眉間に皺を寄せて……。ふふふ、怖い顔ですよね。だからとても分かりにくいんですが、彼は心配するとそんな顔になるのです」
私がそう言ってクスクス笑っていると、クロードの瞳がまん丸になっていきます。
意味をじわじわと理解して、落ち着かない様子でお尻をむずむずさせていました。照れくさそうに「へー」「ふーん」と視線をうろうろさせます。
丸いほっぺを赤くして、かわいい次代の魔王さまです。
とてもかわいらしいのでもう一つ教えてあげましょう。特別ですよ。
「あなた、イスラと同じですね」
「え、イスラにーさまと?」
「ふふふ、今のあなたを見ていて思いだしてしまったんです。イスラがあなたくらいの時、今のあなたと同じようにハウストに叱られたことがあったのですよ」
「ええっ、ちちうえがイスラにーさまをしかったんですか!? うそです! そんなのないです! イスラにーさまがしかられるわけないです!」
クロードがびっくりして声を上げました。
そうですよね。クロードにとっては信じられないことですよね。
クロードからすれば勇者イスラはなんでも出来る自慢のにーさま。聡明でいて最強、玉座という目に見えた証がなくとも絶対的な存在、絶対的な人間の王。それがクロードのイスラにーさまなのです。
だからイスラが子どものときとはいえ父上に叱られているというのは想像できないようですね。
「イスラだって今のあなたくらいの時があったんですから、ハウストに叱られることくらいありましたよ」
「ええっ、でもイスラにーさまはかくせいしてたし……」
クロードは困惑いっぱいの様子です。
私はいい子いい子とクロードの頭を撫でながらお話ししてあげます。
「あれは私がまだハウストと婚約する前のことでした。私とイスラはハウストに人間界の第三国の海へ連れていってもらったんです」
「うみ!」
クロードの瞳が輝きました。
家族で海水浴に出かけたりしているのでクロードにとって海は楽しい場所なのです。
「はい、私とイスラは初めての海だったんですよ。私とイスラはずっと山にいたので」
「うみってたのしいですよね! わたし、だいすきなんです!」
「楽しいですよね。私とイスラも海でたくさん遊んだんです。でもイスラと私は危ない場所に行ってしまったんです。そこで海賊に捕まってクラーケンまで出てきて大変でした。そんなイスラの無茶をハウストが叱ったのですよ。イスラはとても強い子どもですが当時はまだ五歳なのです。無謀なことはしてはいけません。イスラが危険を冒すと私もハウストもとても心配になるんですから」
「イスラにーさまが……」
クロードは目を丸めたまま話を聞いています。
そんなクロードの小さな鼻を指でちょんっと押しました。
「イスラを叱る時のハウストも怖い顔をしていました。イスラもびっくりして、今のクロードのようになっていたのですよ」
「わたしと、いっしょ……?」
「はい、やはり兄弟ですね。あの時のイスラもハウストに会いたくなくて、私の部屋に来る時はこそこそしていました。でも私がお願いすると話し相手をしてくれて、やっぱり今のあなたと一緒です」
あれは海洋王国モルカナの騒動に巻き込まれた時のことです。自分の力を過信していたイスラはハウストに叱られて少し気まずくなってしまったのです。イスラはハウストが私の部屋から出て行ったのを見計らって部屋に入ってきたりして、ふふふ、懐かしいですね。そんな時もありました。
「懐かしいですね。まだゼロスも生まれてなかった頃のことですよ」
「ゼロスにーさまもいなかったんですか!? えーっ、ゼロスにーさまも~!」
クロードは興味津々の顔になっています。
よかった。元気が戻ってきているようですね。
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