82 / 115
第六章・レオノーラの目覚め12
レオノーラの復活まであと二日。
私は北離宮の執務室で現在の避難状況を確認していました。
周辺の街や村から多くの魔族が王都へ避難してきています。
異形の怪物による騒動が起きてから魔界・精霊界・人間界は混乱していますが、今は避難することが最優先。魔界でも避難誘導のために陸軍の部隊が各地に展開していました。
「避難民の物資は足りていますか? 足りなければ貯蔵庫を開けてください」
「承知しました。ただちに」
女官はすぐに伝令に走りました。
他にも次々に報告が舞い込み、それを処理していきます。
現在、魔王ハウストは怪物討伐や対レオノーラの復活阻止に対応しているので、避難誘導や避難民の保護は王妃である私の役目になっていました。
平常時ならば高官や役人の仕事ですが、今は一分一秒を争う緊急事態なのです。王妃直下の命令ですべての機関が動けるように緊急時対応になっているのです。
「ブレイラ様、少しお休みください」
コレットが心配そうに声をかけてくれました。
私は苦笑して首を横に振ります。
「いいえ、まだまだすべての魔族が避難できたわけではありません。避難が完了するまで休むわけにはいきません」
「しかし……」
コレットが困ったように顔をしかめました。
分かっています。現実問題、すべての魔族が避難を完了させるということがいかに難しいか。
今も王都の門をくぐる避難民の列は絶えず、それどころかまだ最後尾も見えないほどだと報告されています。
王都周辺の城壁都市にも避難民は分割されていますが、それでも王都には何十万、何百万の魔族がぞくぞくと避難してきているのです。
「ブレイラ様、ならば尚更お休みは必要です。ここでブレイラ様が倒れれば誰が避難誘導の采配を振るうのです。王妃たるブレイラ様の命令だからこそ、滞りなく進むことが多くあるのですから」
「…………。……それを言われると何も言えないじゃないですか」
口元を小さく歪めて笑いました。
魔界の王妃になったことで、権力の中枢とはいかなる場所か学ぶことが多かったのも事実なのです。
「分かりました。では休むとしましょう。気分転換に散歩へ行きます。支度してください」
女官に命じました。
女官はすぐに私が外を散策する支度をしてくれます。
でもコレットだけは「散歩……」と疑わしげに私を見ました。
その視線に居たたまれなくなるけれど、私も負けずに見つめ返す。
「……なんです。散歩はいけませんか?」
「失礼ですが、それは本当に散歩ですか? まさか行き先は避難場所ではありませんよね」
「うっ……」
たじろいでしまう。
さすがコレット、私の考えなどお見通しというわけですね。
「……散歩は散歩です」
「お言葉ですが、それは視察と呼ぶものかと。まして避難場所へ行くなんて」
コレットがなんとも難しい顔になりました。
私の突拍子もないお願いに慣れているコレットですが、さすがに今回のお願いは聞き入れがたいようです。当然ですよね、今の王都は混乱の渦中にあるのです。私がそこに近づくということがどういうことかよく分かっています。
「コレット、私は自分の目で見たいのです。王妃直下の命令は強制力がとても高いでしょう。だからこそ自分の目で現場を確かめなければいけないこともあると思うんです」
「おっしゃりたいことはよく分かりますが……」
コレットはさらに難しい顔になっていきます。
それにしてもその難しい表情、なんだか宰相フェリクトールに少し似てきましたね……。気苦労をかけていますね、ごめんなさい。
そして少ししてコレットが息をつきました。諦めたようなため息です。
「……分かりました。散歩の手配をいたしましょう」
「コレット、ありがとうございます!」
「ここで反対してもブレイラ様は行ってしまいかねませんので」
「それは……否定できませんね」
そう答えた私にコレットもクスクス笑ってくれました。
こういう優しいところもフェリクトールに似ていますね。
こうして私は散歩へ行くことになりました。もちろん行き先は王都の避難場所です。
ともだちにシェアしよう!