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第六章・レオノーラの目覚め13
私はヴェールを目深にかぶり、王妃だと分からないように顔を隠しました。
コレットがせめてと用意してくれたのです。
私は女官たちを従えて北離宮を出ると、幾つもの城壁を通り抜けます。
すれ違う下級士官や侍女たちが驚いた顔になり、慌てて最敬礼やお辞儀をされました。
城内のこの区域は侍女や下級士官が多く働いている場所なのです。
「みな、お疲れ様です。今は緊急時、私のことは気にせず励んでください」
私はそう声をかけながら通路を歩きました。
従えている女官に現状報告を命じます。
「王都に設営した避難場所は現在どうなっていますか? 定員を超えたと聞いています。現状の報告もお願いします」
「畏まりました。現在、王都には緊急処置として三十カ所の大型避難場所が設営されました。王都の外から避難してきた民を受け入れていますが、四カ所が定員を超えた模様です」
「他の避難場所は大丈夫なんですか?」
「このまま避難民が増えれば時間の問題かと」
「そうですか」
今も都の門をくぐって多くの避難民が王都に入ってきています。
王都の守備は頑強ですが、王都の外や街道はたくさんの異形の怪物が出現していました。
しばらく通路を歩くと裏門が見えてきます。
控えていたコレットが心配そうな顔で私を振り返る。
「ブレイラ様、あの裏門を抜ければ城の外です。もちろん守備は万全にしておりますが、どこに異形の怪物が出現するか分かりません。また治安も平常時のものとは違います。充分お気を付けください。決して私から離れないようにお願いいたします」
「分かりました。よろしくお願いします」
私が頷くと、コレットも頷いてくれました。
控えている女官たちの緊張感も高まります。
私になにかあれば女官たちが責められるのです。充分気を付けなければ。
「行きましょう」
「王妃様、こちらです」
裏門を抜けて王都に出ました。
ああ、胸が詰まりそう。
視界に飛び込んできた光景に息を飲みました。
王都の大通りにも脇道にもたくさんの魔族が溢れかえっていたのです。配給に並ぶ長い列、救護テントに並ぶ長い列。どこもかしこも不安な顔をした魔族たちの長い長い行列がありました。
通りの片隅には避難で疲れきった魔族があちらこちらに座り込んでいて、いつもの賑やかで活気あふれる王都とはまるで別世界のようでした。
それは嘆いてしまいたくなるものだけど、でも顔は上げたままで前を見つめます。現状から決して顔を背けません。
「行きましょう。一つ目の避難場所は大通りの先にある広場ですね」
私は大通りを歩いて広場に向かいました。
広場につくと広がっていた光景に胸が締めつけられます。
平常時の広場は王都で暮らす魔族たちの憩いの場所です。子どもたちが駆け回り、恋人たちがデートをし、大人たちはなにげないおしゃべりと散策を楽しんでいました。それは魔界の平和と平穏を象徴するような光景だったのです。
それなのに今、広場には多くの避難民でごった返していました。
いつもは笑顔が溢れている広場なのに今は疲れきった人々で溢れていました。どの人も不安と混乱で憔悴しています。
そして広場に複数ある入り口からは今も避難民たちが誘導されてきていました。
私は従えている女官に訊ねます。
「大きな混乱はないようですが、やはりみなさん疲れ切っていますね。ここの物資は足りていますか?」
「先ほどここの管理者に確認したところ物資は問題ないようですが医師の数が足りていないようです。救護テントでは王都の医師が対応していますが、各避難場所に配置されたことで人員が薄くなっているとのことです」
「分かりました。では軍の医務官を手配しましょう」
「承知いたしました。ただちに手配します」
女官はお辞儀するとすぐに手配に動いてくれました。
でも分かっています。これは付け焼刃ですよね。軍の医務官の手配だって限界があるのです。異形の怪物による混乱は魔界全土、いいえ四界全土に広がっているのですから。
「コレット、この避難場所はいつまでもつと思いますか? 他の避難所も、王都も」
今も異形の怪物は増え続けています。
突然、隣人が怪物に変貌して襲撃してくる絶望。それは想像を絶するものでした。
しかも誰もが戦う術を持っているわけではないのです。多くの人は混乱と悲しみのなかで逃げるしかないのです。
「おそらくここも後一日で定員数に達して物資も充分に回らなくなるでしょう。このまま魔界に怪物が増え続け、避難民が増加すれば王都の機能は失われます。いいえ、王都だけでなく、魔界も精霊界も人間界も。そして多くの現役兵が怪物討伐の任に就くことで、予備役や退役した兵士も招集することになるかと。もちろん王立士官学校の学生たちも含まれます」
「学生まで……」
考えたくない現実に唇を噛みしめました。
思いだすのは王立士官学校へ視察に行った時に出会った学生たちです。
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