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第六章・レオノーラの目覚め14

「あの闘技場にいた学生たちを思いだします」  王立士官学校にはたくさんの子どもたちが通っていました。  どの子も優秀で溌溂として、ゆくゆくは魔界の中枢に名を連ねるのだという意志と誇りを持っていました。自分たちがエリートであるという自覚があるのです。  私の前では畏まっていた子どもたちだけど、でもふとした瞬間に覗いた笑顔はまだ幼くて無邪気なものでした。  特にリオとルカとレベッカとハーラルトのことはよく覚えています。闘技大会の御前試合では見事な戦いを見せてくれましたから。  でもだからこそ、あの子どもたちを巻き込むなど、ましてや戦わせるなど考えたくありません。  視線を落としてしまう。  でもそんな私にコレットが淡々と言葉を紡ぎます。 「王立士官学校の学生は魔界でも秀でた能力を持っています。まだ未熟な学生ですが、招集されれば期待通りの働きをするでしょう」 「コレット、私はそんなつもりで言ったのではありません」 「もちろん存じています。ただ王立士官学校の学生はそうと思っていません。魔界のために魔王様の手足となって働き、王妃様の盾となることは名誉なことです。彼らを思うならブレイラ様もどうか」 「っ……」  唇を噛みしめました。  コレットの言う通りでした。  魔界の王妃である私だから学生に見せてはならない顔があるのです。 「ごめんなさい。あなたの言う通りです」 「差し出がましいことを言いました。申し訳ありませんでした」 「構いません。いけませんね、間違えてしまうところでした。王妃であらねばならないのに」  私は苦笑すると広場の奥へと歩きます。  この避難場所全体を見ておきたいのです。  しばらく歩いていると、広場の片隅に少女が縮こまるように座っていました。  見ると靴は片方しか履いていません。周囲を見ても少女の保護者らしき大人はおらず、前を行き交う魔族は素通りしていきます。 「たった一人で、迷子でしょうか……」  見たところまだ十歳ほどの少女に見えます。子どもがここに一人でいてはいけません。 「誰か靴を持ってきてください。物資の中に子ども用の靴があったはずです」 「えっ、王妃様、お待ちください!」  女官たちが制止しますが、ごめんなさい。あの少女に声をかけずにはいられないのです。  私は少女にゆっくり近づいていきます。 「こんにちは」  少女にそっと声をかけました。  でも少女は俯いたままで、返事をしてくれることはありません。  じれた女官が一歩前へでます。 「答えなさい。無礼で」 「いいのです。突然声をかけたのは私の方なのですから」  女官を制止しました。  女官は「しかし……」と困惑しますが、私は首を横に振ります。ここへ王妃の公務としてきたわけではありません。だから少女が咎められることはないのです。  私は少女の前に膝をつき、もう一度声を掛けます。 「こんにちは。突然すみません。あなたは一人なのですか?」  ひとりなのかと訊ねた瞬間、少女の肩がぴくりっと反応しました。  少女は俯いたまま震える声で話しだします。 「……ママと……にげてたの。でも王都にくる前に、いっしょに逃げてた友だちが、ぅっ、突然怪物になってっ……。ママとはぐれて、どこにもいなくなって……っ。うっ」  少女が嗚咽交じりに言いました。  この子は王都の外から逃げてきた避難民なのですね。街道で一緒に逃げていた友人が怪物に変貌して襲われたのでしょう。その混乱の中で母親とはぐれてしまったのです。 「可哀想に。それは不安でしょう」 「うぅっ、ママ、ママ……」  友人が怪物になったショックと母親とはぐれた不安と絶望でいっぱいなのです。  泣きじゃくる少女をそっと抱きしめました。  私は腕の中で少女をなだめ、女官たちに命じます。 「この少女の母親を探してください。別の避難所にいるかもしれません。すぐに伝令を」 「畏まりました」  控えていた女官がすぐに従ってくれます。  私はそれを見送って、少女を抱きしめたまま広場を見回しました。  ここにはこの少女以外にも一人でいる子どもを多く見つけられます。事情はそれぞれ違うでしょうが、今はこの子どもたちを一人にすることはできません。 「この避難所の責任者を呼んでください。子どもたちを保護する区域を作ります。子どもたちを一カ所に集めておけば探しに来た保護者もすぐに見つけられるでしょう。それに何かがあった時に守ってあげられます」 「畏まりました。ただちに」  また別の女官がすぐに従ってくれました。  こうして子どもの保護を命じると、ふと腕の中から視線が。少女が泣きながら私を見上げていたのです。

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