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第六章・レオノーラの目覚め15
「あなたは……、あなたは……誰、ですか……?」
おそるおそる聞いてきた少女に優しく笑いかけます。
頭から被っていたヴェールを少しだけずらしました。
「申し遅れました。私はブレイラと申します」
「ブレイラ……さま、それって」
そっと口元に指を立て、ゆるりと首を横に振ります。
すると少女は慌てて両手で自分の口を覆いました。
騒がないでくれる少女に私はにこりと笑いかけて、またヴェールを被りなおしました。
ここで私の存在を周囲に知られるわけにはいかないのです。ただでさえ広場は緊急事態に混乱しているのに、私の存在で迷惑をかけるわけにはいきません。
「お、王妃様、どうしてここに……っ」
少女が大きく見開いた瞳で私を見つめます。
よかった。涙は引っ込んだようですね。
「今、魔界は大変なときにあります。私が魔界の魔族たちを思うのは当然のことです」
「王妃様……」
「どうか今は心を強くしていてください。魔王様が必ずあなた方を守ります。あなたの王様を信じていてください」
魔王はすべての魔族の保護者です。魔王ハウストは同胞の魔族を愛しています。決して裏切ることはありません。
「王妃様、子どもを保護する場所の整備が整ったようです」
女官の報告に頷きます。
ここの管理者に交渉して子どもの保護区域を整えてもらいました。
「ではこの子をそこへ連れていってあげてください。管理者の方には私からも礼を伝えておきましょう」
私はそう言うと抱きしめていた少女を女官に預けます。
少女は私に向かって深々と頭を下げました。
「ありがとうございますっ……!」
「お礼など必要ありません。あなたのお母さまが無事に見つかりますように」
私は祈りとともに少女を見送りました。
この少女以外にも一人でいた子どもが保護区域へと案内されていきます。
広場には一人でいた子どもたちがたくさんいましたが、一カ所に集められて寝床と食事を提供されることになりました。少しは心の慰めになるといいのですが。
「次の避難場所に行きましょう。王都の正門の近くにもありましたよね」
そうお願いしましたが、コレットが「そこは……」と険しい顔になりました。
他の女官も同様の反応です。
「どうしました?」
「ブレイラ様、正門に近い避難所は外部からの流動が激しく、治安が安定していません。先ほども避難所のなかで避難民が突然異形の怪物に変貌したと報告が入りました。すぐに警備兵に討伐されましたが、またいつ変貌する者がいるか知れません」
正門近くの避難場所は王都内にあるものの、そこは避難してきた民が一番最初に身を寄せる避難場所でした。そこでは簡易的ではあるものの身元確認と過去にヨーゼフと接触したかの調査を受けます。そこで問題なければより安全な中心地にある避難場所へ移動するのです。
そういう場所なのでコレットや女官が私を近づけたくない気持ちは分かります。私を心配してのことなのです。でもね、だからこそ行かなければならないのですよ。
「ありがとうございます。でも、そこがここよりも困難な場所なら行かなければならないのです。そこには命からがら王都に避難してきた方々がいるのでしょう。魔王ハウストはすべての魔族を保護します。私が行くことでそれを伝えたいのです」
「ブレイラ様……」
「どうか叶えさせてください」
「……分かりました。ブレイラ様がそこまで言うなら。そのかわり護衛を増やします。それだけはお許しください」
「はい、よろしくお願いします」
ほっと安堵しました。
私が命令という形をとれば強制的に叶えられるけれど、できればそれはしたくないのです。それを分かっているからコレットは許してくれるのでしょう。
コレットは呆れた顔をしながらも小さく笑むと、女官に案内を命じてくれました。
「ではブレイラ様、参りましょう。分かっていると思いますが、決して私から離れないでください」
「はい」
私は女官に先導されて王都の正門へと向かいます。
しかし歩いていくには遠いので馬車に乗り込みました。
ガラガラ、ガラガラ。
馬車がゆっくりと走りだす。いつもよりゆっくりなのは通路にはたくさんの避難民がいるからです。
私は車窓から外を見つめました。
王都の正門がある方向からたくさんの避難民が歩いてきます。大荷物を背負った家族らしき集団、身を寄せ合う若い男女、引率された子どもの集団、荷車に乗せられた幼子と老人、みんな疲れ切った顔で王都の通りを進んでいました。避難民は少しでも安全に休める場所を目指すのです。
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