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第六章・レオノーラの目覚め17
「ブレイラ様、どうぞ馬車へ」
「……。……はい」
無力感とともに頷きました。
一番しなければならないのは民を安心させること。しかしそれが出来ないのです。出来ないのなら私は邪魔でしかありません。
私は隔離区域をじっと見つめました。
なにも出来ないくせにここを離れがたかったのです。
今、隔離区域には千人を越える魔族がいました。いいえ、千では収まりません。今も増え続けているのですから。
「ブレイラ様」
「……はい、今いきます」
また促されて私はゆっくりと隔離区域を離れようとしましたが、その時。
――――ピカリッ!!
「え?」
隔離区域から強烈な光が放たれました。
同時に周囲一帯の空気が変わる。
振り返った私が見た光景。それは隔離区域にいた魔族がいっせいに異形の怪物に変貌した光景。
恋人と引き離された男性も、息子と引き離された母親も、妻と引き離された夫も、父親と引き離された娘も、孫と引き離された老女も、あの少女と引き離されたさっきのお姉さんも。隔離区域にいた魔族がみんな、みんな……。
それは悪夢と絶望、そのものでした。
■■■■■■
魔界の魔王の居城・地下牢。
建ち並ぶ地下牢の最奥。その最奥の地下牢には厳重な結界が何十にも重ねられていた。
そこには今、最重要人物としてヨーゼフが収監されていた。
ヨーゼフは手足を鎖につながれて地下牢の片隅に座り込んでいる。
何十時間にも及ぶ尋問を終えたばかりだというのに口元をニタリと歪ませる。そして。
「――――始まるぞ。とうとう始まるのだ。四界のすべての民は間もなく希望を目にするだろう。そう、絶望の闇の中で希望の光を。そしてすべての民が希望にひれ伏すのだ」
暗い地下牢で恍惚の顔で呟いた。
それは十万年を超えた予言だった。
■■■■■■
避難場所は混乱の坩堝と化しました。
あちらこちらから怒声と悲鳴があがっています。
「キャーーー! 誰かーー!!」
「逃げろっ、はやく逃げろ!!」
「助けて、いやああああ!!」
「ママ! ママ、お返事して!! 誰か助けて!!」
隔離区域の警備兵が異形の怪物を討伐しようとしますが、防衛すらままならないほど劣勢の状態でした。
隔離区域にいた何千人もの魔族がいっせいに異形の怪物に変貌したのです。対応できる警備兵の数が圧倒的に足りませんでした。
ここは王都なので援軍はすぐにくるでしょうが、差し迫った状態では一分一秒が長いのです。
「ブレイラ様、早くこちらへ! 早く!」
コレットが私を守りながら逃げてくれます。
女官たちも私を囲んでくれていました。
でもひどい混乱状態に逃れることはできません。
前へ進もうとするも逃げ惑う人々に揉まれて押し流されてしまう。私を囲んでいた女官たちも人の波に次々に押し流されて私から離されていきました。
「コレット、女官たちがっ……」
「大丈夫ですっ、ブレイラ様の側近女官はすべて精鋭部隊に劣らぬ戦闘力を保持しています。だから今は構わずにお逃げください! 女官たちの役目はブレイラ様を御守りすること、そのために必ず無事でいます!」
「わ、分かりました……っ」
私は困惑しながらもコレットと走ります。
コレットは私の腕を握りしめ、逃げる人々をかき分けながら走ってくれました。
しかし千体を越える異形の怪物は周囲一帯で暴れています。理性と知性をなくし、視界に映る魔族に手当たり次第に襲い掛かっていました。
兵士が逃げ惑う魔族を守りながら戦っていますが劣勢は変わりません。異形の怪物は戦闘力が高く、一体を討伐するのに小隊を必要とするほどなのです。
でもふいに劣勢だった警備兵たちの動きが変わりました。
「来た! 援軍だ! 援軍がきたぞ!!」
「しかも魔王様の近衛兵団だ!! あの精鋭部隊に並ぶ最強部隊だ!!」
「すげぇっ、あっという間に制圧していく!!」
援軍が到着したことで劣勢だった戦場が逆転していきます。
近衛兵団の兵士は疾風のような速さで戦場に展開し、異形の怪物を包囲して討伐していきました。
魔王の近衛兵団。それはハウストの近辺を常に護衛している部隊で、そこに所属する兵士の実力は魔界でも指折りのものです。
私とコレットはほっと安堵しましたが、その時、少女の悲鳴が聞こえてきます。
「待って! その怪物を殺さないで! それはお姉ちゃんなの! 私のお姉ちゃんなの!!」
振り返るとそこにはお姉さんと引き離された少女がいました。
そして少女の前には近衛兵たちに囲まれた異形の怪物。少女は泣きながら近衛兵団の兵士たちにお願いします。
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