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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~1
「ぅ……」
重い瞼を開けると、見慣れた天蓋の天井が映りました。
目覚めた私に枕元にいたハウストが気づきます。
「ブレイラ、目覚めたか!」
「ハウスト……」
名を呟くと、険しかった彼の顔が少しだけほころびました。
鋭い瞳には安堵が滲んで、私を見つめたまま「よかった……」とため息をつく。
ごめんなさい。私が眠っているあいだずっと心配してくれていたのですね。
枕元のテーブルには書類の束があって、それに申し訳ない気持ちになりました。多忙ななかでも私の一番近くにいてくれたのです。
「ハウスト、ごめんなさい。ご心配をおかけしました」
「謝らなくていい。ブレイラ、気分はどうだ? 辛くないか?」
「もう大丈夫です。気分も悪くありません」
そう言って身を起こそうとすると、ハウストがすぐに助けてくれます。
背中を支えられてその下に大きなクッションを置かれました。
私は疲労で眠っていただけなのですが、ちょっと過保護じゃないでしょうか。
くすりと笑うとハウストが怒ったように目を細めます。
「なにを笑っている。お前、自分が倒れたのを分かっているのか」
「眠っていただけです」
「眠るだと? あれは」
ハウストは言いかけて口を閉ざしました。
そして険しい顔で私を見つめます。
「お前、あの隔離区域でなにをした。なにがあった」
それは問い詰めるような口調でした。
なぜそんな顔をしているのです。私が気を失う前、あの場所は歓喜に溢れていました。あなたの愛する魔族の歓喜ですよ。
「みなは無事ですか? 隔離区域はどうなりましたか?」
「……。異形の怪物に変貌していた者たちは元の魔族に戻った。あの隔離区域にいた千体以上の怪物、すべてだ」
「そうですか。それは良かったです」
良かった。私はあそこにいたすべての魔族を取り戻せたのですね。
引き離された人たちは大切な人とまた再会できたことでしょう。
私は口元に安堵の笑みを浮かべました。
しかし枕元のハウストは険しい顔のまま私を見ていました。
「ハウスト、どうしました? 怪物になっていた魔族が戻ったんです。もっと喜んだらどうですか。……もしかして、またなにか重大なことが起こったんですか!?」
ハッとして聞きました。
今はなにが起きてもおかしくないのです。
でもハウストは「そういうことじゃない」と少し苛立ったように口を開きます。
「嬉しくないわけじゃない。一度怪物になったものはもう戻らないと思われていたところを、こうして同胞の魔族が元の姿に戻った。これは奇跡だ」
「それなら」
「お前、祈り石を使ったな」
ハウストが真剣な顔で言いました。
困惑してしまう。私はもっと喜ぶと思っていたのです。それなのに今、ハウストは複雑な顔で私を見ていました。怒りというより焦りといった感じでしょうか。いつにない様子です。
困惑しながらも視線を動かして、ベッドサイドのテーブルにレオノーラの祈り石を見つけます。
私はそっと手に取り、ハウストを見つめます。
「これはレオノーラ様の祈り石。南の洞窟のものです」
「デルバートだな」
「はい、彼が現われて、民を救いたいのなら使えと」
「クソッ、あの男!」
ハウストは声を上げると寝所から飛び出していこうとする。
「待ってください!」と咄嗟に腕を捕まえました。
ぎゅっと腕を抱きしめる私をハウストが苛立ったように見下ろします。
「ブレイラ、離せ。あの男に話しがある」
「デルバート様と話す前に私と話してください。なにをそんなに焦っているのです」
「……焦りか。そうだな、それもあるかもしれない。ブレイラ、俺は今、混乱している」
「え?」
ハウストが混乱?
ハウストはどこか痛ましげに私を見ましたが、観念したような苦々しい顔になります。
「お前に見せたいものがある。目覚めたばかりで悪いが、いずれ分かることなら俺の前で」
そう言うとハウストはベッドにいた私の背中と膝裏に手を回しました。
そして横抱きで持ち上げ、寝所を出てどこかへ運ばれていきます。
突然といえば突然のことにますます困惑してしまう。
「……あの、私、自分で歩けますけど」
「目覚めたばかりだ。無理はさせたくない」
「眠っていたのはただ疲れたからです。こんなことをしていただくなんて」
「あれがただの疲労だと? ふざけるな! あの莫大な祈りの力はお前の命を削るものだぞ!!」
「えっ?」
声を荒げられて、その内容に目を見開きました。
強張った私にハウストはハッとして「……声を荒げて悪かった」と謝ってくれます。
でもハウストの歩みは止まりません。
長い廊下を進んで、王都を一望できるバルコニーに出ました。
そこから目にした光景に息を飲む。
「ハウスト、これは……っ」
城門の前に視界を埋め尽くすほどの人々が群がっていたのです。
人々は城に向かって、いいえ、城にいる私に向かってわれもわれもと手を伸ばしていました。
そう、無数の民衆が奇跡という救いを求めて城に押しかけてきたのです。
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