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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~2
「見てのとおりだ。ここにいる民はお前に救いを求めている」
ハウストは私を見つめたまま淡々と続けます。
「民衆は絶望のなかで奇跡を目にした。それはお前だ。民衆にとってお前は劇薬ともいえる希望になったんだ」
「…………」
言葉に詰まりました。
私はあの時の自分の選択を後悔していません。あの時あそこにいた人々を救うには祈り石を使うしかなかったのです。
ハウストが私を抱く腕に力を込めました。そして。
「押しかけてきた民衆はおよそ万を超えている。ここにいるすべてを救えばお前の命は尽きるだろう」
「命が……?」
「そうだ、祈り石は奇跡を発動する石。その力は強力だ。それはお前も分かっているな?」
「はい……」
私は困惑しながらも頷きました。
過去、祈り石はハウスト、イスラ、ゼロスをも救ったのです。それは魔力では不可能、奇跡以外のなにものでもない力でした。
そしてまた祈り石は多くの人々を絶望から救いました。怪物に変貌した人々を元に戻すのは四界の王ですら出来ないことなのに、それを可能にしたのです。
「お前は千体以上の怪物を戻して気を失った。万を超える人々に力を使えばどうなるか、分かっているな?」
ハウストが私に言い聞かせるように言いました。
困惑しつつ頷きます。
それは説得力のある言葉でした。万人に祈り石を発動させれば私の体がもたないのです。それは命が尽きるということ。
「ブレイラ、頼む。俺と約束してほしい。祈り石の力は使うな」
ハウストが怖いほど真剣な顔で言いました。
しかし今、怪物になった人々を救えるのは祈り石しかありません。それを使うなということは……。
「でもハウスト、それでは」
「言うな!!」
強く遮られて目を見開く。
彼は横抱きにしていた私を下ろすと、今度は両腕できつく抱きしめられました。
痛いほど抱きしめられて言葉が出てこない。だって、まるで縋るようだったのです。
「頼むから、ブレイラ……!」
「ハウストっ……」
私は堪らなくなってハウストの背中に両腕を回しました。
少しでも慰めたくて両腕にぎゅっと力をこめる。
だって今、ハウストは魔王として葛藤しているのです。祈り石の発動は魔王として歓迎すべきこと。しかしハウストは私を愛しているから懇願していました。
この懇願は魔王として許されないもの。魔族を愛する魔王なら、ハウストはここで喜ばねばならないのです。
でも今、彼は私に懇願している。祈り石を使うなと。
私は顔を上げてハウストを見つめました。
「……ハウスト。私はね、あなたは喜んでくれると思ったんです。あなたは賢帝と名高い魔王。だから」
「なにが言いたい」
ハウストの声が低くなりました。
でもハウストの鋭い瞳は揺れていて、彼の動揺が伝わってきます。
ハウストらしくない反応に胸が切なくなる。
私は慰めるようにハウストの顔に手を伸ばし、そっと頬に触れました。
「ハウスト……」
「……すまない、責めているわけじゃないんだ」
そう言ってハウストが私の手を握りしめました。
そして私の手のひらに唇を寄せます。
「だが今はなにも言わないでくれ。頼むから」
切々と言葉が紡がれました。
乞うようなそれに唇を噛みしめます。
「ハウストっ……」
私はハウストを強く抱きしめました。
今、私はハウストにどんな言葉をかければいいのでしょうか。
勝手なことをしてごめんなさい。そう謝ればいいのでしょうか。
喜んでくれると思っていました。そう責めればいいのでしょうか。
私自身なにが正解か分かりませんでした。
だって私の行動は魔界の王妃として正しいものなのですから。
でも、混乱しているというハウストになにも言えなくて、私は静かに彼を抱きしめていました。
あの後、私は城の本殿にある寝所に移されました。
目覚めてから不調はありませんが、念のためにとハウストが休んでいるように命じたのです。
しかも寝所は武装兵士によって厳重に守られていました。城には民衆が押しかけていることもあって、不測の事態を防ぐためでした。
民衆が起こす不測の事態なんて考えたくないけれど……。
コンコン。
ふと扉がノックされました。
「王妃様、お茶をお持ちしました」
「どうぞ」
「失礼いたします」
入ってきたのは世話役の女官でした。
この女官はクロードが誕生した頃から専属の給仕として側にいてくれる女官です。気心の知れた女官の一人でした。
「ありがとうございます。あなたにも気を使わせていますね」
「いいえ、とんでもありません。こちらをどうぞ」
女官が手慣れた様子で給仕してくれます。
紅茶がテーブルに置かれて一口飲む。
「とても美味しいです。落ち着きました」
「勿体ないお言葉です」
女官はそう言って微笑みます。
それはいつもの返答に思えましたが、次の瞬間。
「王妃様、どうか私の願いを聞いてください!!」
突然がばりっと床にひれ伏しました。
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