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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~3
私は驚いて一歩下がってしまう。
いつも穏やかな女官なのに、今まで見たこともない鬼気迫った様子だったのです。
「い、いったいなにごとです……」
「申し訳ありません! しかし王妃様にお聞き届けいただきたく、無礼を承知で申し上げます!! 故郷にいる私の妹がヨーゼフと接触歴があり、異形の怪物になってしまいました! どうか、どうか王妃様の御力で妹をお救いください! どうかっ、どうか……!!」
女官の声は哀れなほど震えていました。
女官の嘆願に胸が切なくなります。
今ここで私に嘆願する意味を女官が知らないはずないのですから。
私は困惑しながらも声をかけようとしましたが、その時、寝所の扉が開く。コレットです。
「失礼します。――――ブレイラ様になにをしている!」
室内を見たコレットが鋭い声をあげました。
コレットが女官と私の間に割って入ります。
「貴様、ブレイラ様になにをしていた! 女官の身分で王妃であるブレイラ様に私情の嘆願をするなど許されることではない!! 下がれ!!」
コレットが声を張り上げると寝所の外にいた武装兵士が入ってきます。
女官は武装兵士に捕らえられて寝所から連れ出されていく。
「お、お許しください! お許しください! 私はどうなっても構いません! どんな処罰でもお受けいたします! ですからどうか王妃様の御力で私の妹をお救いください!! 王妃様!! 王妃様!!」
女官は叫ぶように私に嘆願し続けました。
パタリと扉は閉じて、もう女官の声は聞こえません。
「ブレイラ様、御無礼をお許しください。これは責任者である私の不徳の致すところ、なんなりと処罰をお申し付けください」
「…………コレットも女官も厳しい咎めが必要なのですか?」
「はい、厳罰でなければ示しがつきません。私には謹慎など申しつけるのがいいかと」
「あの女官には?」
「女官の任を解き、城から遠ざけるのがよろしいかと。ブレイラ様に今後近づくことは許されません」
「そうですか……」
私は目を伏せました。
どれだけ親しくしている女官でも、彼女たちが私に私情の嘆願をすることは大罪でした。
あの女官はそれを知らないはずがありません。それでもなお嘆願する覚悟。それほどに彼女は思い詰めていたのです。
「……コレット」
「ブレイラ様、いけません。示しがつきません」
コレットが厳しい口調で言いました。
私がなにをお願いしたいかお見通しなのです。
困ったように視線を泳がせる。コレットの言いたいことはちゃんと分かっています。そしてそれが正しいことも。
でも、せめてとお願いします。
「彼女は私の女官ではなくなるのですよね」
「そうです」
「では、魔界の民ということ。ならば王妃として民に言葉をかけることは出来ますよね」
「ブレイラ様っ」
「視察ではお会いした方々にひとりひとり言葉をかけることがあります。それと同じこと」
無理があるのは承知ですが押し通しました。
便箋とペンを用意してもらうとお手紙を書きます。今まで仕えてくれていたねぎらいと、あなたの覚悟が胸に刻まれたということ。
王妃だからあの女官だけの声を聞くことはできません。でも王妃だから聞かねばならない声もあるのです。
だから少しでも慰めになればと手紙を送ります。
「コレット、よろしくお願いします」
「しかし……」
「では命令とします。彼女にこの手紙を。コレット、あなたが届けてくださいね。それをあなたへの処罰とします」
「これが処罰ですか……?」
コレットが驚いて目を丸めました。
私は思わせぶりににこりと笑いかけます。
「あなたは女官の最高位。そんなあなたが元女官に手紙を届けるように命じられることは充分な処罰でしょう。これは私の決定です」
この処罰を甘いと受け取るか、屈辱と受け取るか、それは人それぞれのもの。
コレットが脱力したように苦笑しました。
「……分かりました。王妃様のご命令なら」
「よろしくお願いしますね」
ほっと安堵した私にコレットも小さく笑いました。
でも少し憂いた瞳で私を見ます。
「差し出がましいことですが、ブレイラ様は御心が優しすぎます。民にとってあまりに理想の王妃です」
「ありがとうございます。…………。……褒めてくれてますよね?」
褒めてくれているんですよね?
それなのにコレットは憂いた顔をしていました。
「ブレイラ様、どうか囚われないでください」
「コレット……」
沈黙が落ちました。
思いがけないほどコレットは真剣な顔をしていて私はなにも言えなくなったのです。
そんな中、ふと扉がノックされます。
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