94 / 115
第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~4
「どうぞ」
入室を許可すると、入ってきたのは魔王の側近士官でした。
側近士官は私に向かって最敬礼します。
「失礼します。これより王妃様に従事する女官、対面できる者、それらを制限させていただきます」
「それはハウストの命令ですか?」
「その通りです」
「そうですか……」
この魔界で私に命令し、私の行動を制限できるのは魔王ハウストだけです。
どうやら先ほどの女官の嘆願の一件がハウストの耳に入ったようですね。私が祈り石を使ってから、きっと彼はそれを危惧していたのでしょう。
……気づいています。祈り石を使ってから周囲の私を見つめる目が変わったことを。
ハウストは私からそれを遠ざけたいのです。それはハウストが私を想ってのもの。ならば制限されることを受け入れます。
「分かりました。そのようにしてください」
「ご理解ありがとうございます。それでは失礼いたします」
側近士官は恭しく一礼して退出していきました。
同時に部屋の外が物々しくなります。警備の数が増やされ、女官や侍女すらも近づけなくなったのです。
コレットから名簿を渡されます。
「ブレイラ様、こちらのリストに記載されている女官と侍女のみブレイラ様のお側でお仕えいたします。精一杯勤めますが、不便があればなんなりとお申し付けください」
「ありがとうございます」
名簿にはコレットを筆頭に北離宮の女官たちの名が連なっていました。私にとって馴染みのある女官や侍女たちです。北離宮の女官は特別な理由がない限り北離宮から出てくることはないのですが、今回がその特別な理由になるのでしょう。馴染みの女官を揃えてくれたのはハウストの配慮です。
「コレット、あなたまで不便をかけますね」
「どこまでもお供すると決めておりますから」
「ありがとうございます。あなたにはいつも助けられています」
私が笑いかけるとコレットも優しく目を細めてくれました。
こうして私は厳重に警備が敷かれた部屋ですごすことになりました。
■■■■■■
「ひさしぶり~。アベル、元気してた?」
そう言ってゼロスがひらひらと手を振った。
アベルはニヤリと笑って「よお」と片手をあげる。
今、イスラとゼロスは人間界のモルカナ国に来ていた。
「お前らは相変わらずだな」
アベルの軽い口調。
モルカナ王になって年数は経過したが、それでも元海賊の雰囲気は抜けきらない。
その不敵な笑みはイスラとゼロスが子どもの時から知っているものだ。
だが今、モルカナ国の大地に広がる光景は今まで見たことがないものだ。
海風が吹く緑の草原には息絶えた兵士がそこらに倒れている。それだけじゃない、元は人間のはずの異形の怪物の死骸が無数とあった。
潮風と血の臭いが混じり、草原一帯に充満していた。それは死闘だったことを表わしている。
武官がアベルに報告する。
「アベル様、第一群の殲滅が完了しました。しかし丘の向こうに異形の怪物の大群が確認されています。その数はおよそ四百。まっすぐこちらに向かっているので恐らく二時間後にはここへ到達するかと」
「二時間後に四百か……。たく、次から次へと。負傷兵の救護を急がせろ。第二群に備えて布陣を配置し、援軍の要請も急げ!」
「はっ、ただちに!」
武官が走り去っていった。
アベルはそれを見送り、改めてイスラとゼロスを見る。
「悪いな、せっかく勇者と冥王が来てくれたってのに、どうも今夜は歓迎式典を開けそうにない」
「見たら分かる」
イスラとゼロスがモルカナ国へ転移すると、そこは人間と怪物の戦場だった。
モルカナ国でも突如ヨーゼフに接触歴のある人間が怪物に変貌し、人々を襲いだしたのだ。
異形の怪物はそこかしこに出現して大群となり、各地の都や街や村を襲撃したのである。
モルカナ王アベルはただちに王国軍を展開して異形の怪物の大群と戦った。
怪物の第一群は殲滅したが、間もなくして第二群が襲ってくる。それを倒したとしても第三群が形成されるのも分かっていた。
「怪物になれば親も子も忘れるってのに、襲撃する時は徒党を組んでくる。個々で撃破できればまだマシだってのに」
アベルは吐き捨てるように言うとイスラを見た。
「ただの怪物にしては動きに知性がある。知性っていってもあやつり人形みたいなもんだろうが。……ヨーゼフってやつの影響か?」
「ああ、その通りだ。人間界全土の国に知らせたとおりだ」
イスラは答えて腕を組んだ。
そう、勇者イスラはすべての人間の王である。
人間界全土に現状と現在判明していることを知らせていた。
ともだちにシェアしよう!