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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~5
「お前も察していると思うが状況はすこぶる悪い。ここと同じ光景は人間界各国でも広がっている」
イスラはそう言って戦場となった草原を見渡した。
人間の死臭と怪物の獣の臭いが混じっている。激闘の末に多くの人間が血を流したのだ。
これが領土拡大戦争ならまだ救いがあったかもしれない。人間界を統べる勇者が調停者となって最悪の事態を阻止できることもあるからだ。
だが、そうではない。
ここで戦ったのは人間と異形の怪物だが、その実態は人間と人間なのである。
「せめて同じ人間じゃなけりゃな……」
アベルが苦々しげに言った。
イスラとゼロスも黙って屍が折り重なる戦場を見る。
親しかった隣人が突如として怪物に変貌して襲ってくるのだ。そんな怪物と戦うことは心身をひどく消耗させる。
アベルが神妙な顔で口を開く。
「……異形の怪物との戦いが始まって以降、人間界の民衆に急速に広がっている名がある。――――レオノーラだ」
「なんだと?」
「レオノーラの名が知れ渡ってるってことは、それって……」
イスラとゼロスは驚愕した。
アベルは深刻な顔で頷く。
「そうだ。今まであの遺跡のみで信じられていたヨーゼフの世迷言を、現実として受け止める民が急速に増えたということだ。親兄弟が目の前で突然怪物に変貌するのを見せられたんだ、神話みたいな話しだって信じだす。しかも真実なんだから否定のしようがない」
「噂の出どころはおそらくヨーゼフの周辺だろう。遺跡にいたヨーゼフの関係者はすべて捕らえたが、今までヨーゼフは伝道するために人間界、魔界、精霊界の各地を巡っていた。今さら遺跡の関係者だけ捕らえたところでどうにかなるとは思えない」
「ああ、タチ悪すぎるぜ。今まで笑い飛ばしていた神話を信じる民衆が増えてきた。初代時代にレオノーラによって星の終焉は食い止められ、その封印が解かれようとしている。レオノーラの目覚めが近いってな」
まるで物語のような神話だ。
イスラやゼロスでさえ実際に初代時代へ時空転移していなければ信じていたかどうか分からない。
しかしすべては真実。それが四界全土に広がりだしている。
「レオノーラの目覚めは星の終焉の始まりだ。星の終焉についてはまだ実感が薄いおかげで民衆は半信半疑だが、異形の怪物については別だ。魔力が高い人間は今いかに非現実なことが起きているかよく分かっている」
「レオノーラが目覚めるまで後二日だ。二日後、四界がどうなっているか俺やゼロスにすら分からない」
「勇者と冥王だろ」
「初代時代以来のことだ。四界の王でも分からないことはある」
イスラがきっぱり言い切った。
ゼロスも「ごめんね」と言いつつ悪びれない。
アベルはため息をついたが、その時、士官が報告に来た。
「失礼します。急報があって参りました」
「なんだ」
「先ほど魔界に派遣されている大使から報告がありました。魔界のブレイラ妃によって異形の怪物が元の姿に戻ったとのことです」
「……なんの話しをしている?」
アベルは意味が分からないと士官を見た。
聞いていたイスラとゼロスも訝しげな顔になる。
「ブレイラがどうしたの? 怪物が元の姿に戻ったってどういうこと?」
一度異形の怪物になれば元の姿に戻すことはできない。それは四界の王ですら不可能なことだ。
それなのに今、士官は怪物が元に戻ったと報告した。しかも魔界の王妃ブレイラによって。
士官は困惑しながらも報告を続ける。
「詳細はまだ伝わってきていませんが、魔界では大変な騒ぎになっているようです。魔界の王都に異形の怪物が大規模な出現をみせましたが、王妃様がすべての怪物を元の人間に戻し、救ったとのことです。そのことで魔族はさらに混乱し、城に多くの民衆が殺到しているとか。王妃様は城に戻られたようですが、その後はどこにいるか行方知れずになっているそうです」
「…………それを俺に信じろってのか? そもそもブレイラは魔力無しの人間なんだぞ。どうして怪物を救えるんだ」
「それについてですが、大使いわく『祈り石が奇跡を発動させた』とのことで」
「祈り石だと!?」
「ええっ、ブレイラが祈り石を使ったってこと!?」
これに反応したのはイスラとゼロスだった。
報告の真実味が一気に増したのだ。
祈り石の力はイスラやゼロスもよく知るものなのだ。
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