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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~6
「……魔力無しの人間のみが使える石か。俺は聞いたことがあるだけだが」
アベルはそう言うとイスラとゼロスを見た。
今、目の前にいる四界の王の反応。それだけで祈り石の力が本物だということが分かる。
アベルはイスラとゼロスを見据えた。
「ブレイラはどこにいる。会わせろ」
アベルの口調が変わった。
イスラがスゥッと目を細め、ゼロスは警戒を強める。
「なんのつもりだ」
「なんのつもりもねぇよ。俺はモルカナ国王だ。民衆を救える可能性があるなら、それに賭けるのが王ってもんだろ。いくら勇者の御母上だろうとな」
「え、でもさっきの報告でブレイラはどこにいるか分からないって……」
ゼロスは言ったが、アベルとイスラが動揺することはない。
アベルがハッと呆れた顔で笑う。
「どうせ魔王が匿ってんだろ。怪物を元に戻せることが本当なら、魔界が大混乱していることも納得できる。各地の魔族が大挙として城に押し寄せてるだろうよ。王妃の憐れみを乞い、その奇跡によって救われようとな」
「…………」
イスラは答えない。
それはイスラも察しているからだ。
「会わせろ」
「今は出来ない」
「会わせろ」
アベルが腰の剣を鞘からすらりと抜いた。
そしてイスラの顔の前に突きつける。
イスラがアベルを見据えた。
「貴様、自分がなにしてるか分かってるのか」
「あ、あにうえ、アベル、ちょっとなにしてんの……」
ゼロスは焦った。
対峙する二人から殺気が立ち昇っている。本気なのだ。
「てめぇが勇者だろうが関係ない。俺には俺の責務がある」
「そうだな。各国の王に統治の責務を与えたのは勇者だ。その責務をまっとうしようとすることは褒めてやる。だが、ブレイラに近づくことは許さない」
「マザコン勇者には困ったもんだぜ」
二人の殺気がさらに高まっていく。
周囲にいた兵士などは青褪めて震え上がっているほどだ。
ゼロスは慌てて二人を止める。
「はい、そこまで! そこまでだから! アベル、気持ちは分かるけど落ちついてよ!」
「これが落ち着いてられるか! ブレイラならなんとか出来るかもしれねぇんだろ!」
「そうだけど、アベルが兄上に勝てるわけないでしょ!」
「ああ? なんだと!?」
「分かってる癖に。その剣、動かさないでね。少しでも動かしたら兄上の反撃食らうよ?」
そう言ってゼロスがアベルに剣を下ろさせた。
ゼロスは次にイスラを恐る恐る見る。
冥王ゼロスでも勇者イスラは怖い。
正直、ゼロスはアベルだけなら力尽くでなんとかできる。でもイスラは無理だ。今だって自分が弟だから仲裁なんて命知らずなことができるだけで、そうでなければ冥王だって無事ではいられない。
「兄上も殺気引っ込めてよ。怖いんだけど」
「誰に向かって言っている」
「うぅ、ごめんなさい~」
ぎろりっと睨まれてゼロスは泣きそうだ。
だがここで引き下がれない。
「勇者が人間界の一国の王を殺すのはまずいんじゃないの? よくないって」
「邪魔をするな。邪魔をするならお前から相手してやる」
「相手しなくていいです」
ゼロスは即座に答えた。
冥王でも怖いものは怖いのだ。しかしそれでも方法がないわけではない。
「でもさ兄上、アベルはブレイラの友だちなんだよ?」
「…………」
イスラがぴくりっと反応した。
そう、ブレイラだ。ブレイラの存在は無条件にイスラに影響する。
「兄上とアベルが戦ったらブレイラが悲しむんじゃないかなあ」
「…………」
スッ。イスラの殺気が潮より早く引いた。
そんなイスラにゼロスは内心ほっと安堵する。
イスラは面白くなさそうな顔をしているがブレイラの存在は絶対だ。それはゼロスもよく分かっている。なぜならゼロスにとってもブレイラは絶対の存在だからだ。
こうして二人の戦闘が回避され、ゼロスは改めてイスラを見る。
「兄上、どうする? 魔界に戻る?」
「いや、時間がない。ブレイラのことはハウストに任せる」
「ほんとに父上がブレイラを隠してんの?」
「それしかないだろ。俺たちは勇者の宝の回収を急ぐ、と言いたいが」
イスラは戦場になっていた草原を見渡した。
そして目の前のアベルを見る。
「国の防衛にお前のとこにある勇者の宝を使え」
「お前っ……。……いいのか?」
アベルが驚いてイスラを見た。
勇者の宝は歴代勇者が残した力そのもの。それは勇者不在期間の人間界の結界を維持できるほど強力だ。
勇者の宝が発動する強力な結界を使えば防衛に徹することができるのである。怪物の正体が人間である限り戦闘は回避したい。ならば強力な結界で怪物を遠ざけることが得策だった。時間稼ぎでしかないかもしれないが、今はその時間稼ぎこそに大きな意味があった。
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