98 / 115
第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~8
「北離宮を変えたのはブレイラ様です。私はブレイラ様の最側近として誇りに思います」
「ありがとうございます。みなよく仕えてくれます。ほんとうに」
北離宮は元々魔王ハウストが世継ぎをつくるための離宮でした。
北離宮に従事するすべての女官や侍女が魔王に愛されることを許されていたのです。
それだけではありません。魔王が未婚だった場合は北離宮に妃候補の令嬢たちが暮らしました。妃候補は寵愛を競いあいましたが、それはもはや謀略を兼ねた政争だったのです。
そう、北離宮は魔界の中枢でも一大勢力。妃となって北離宮の主人になれば、魔界で絶大な権力を握れるのですから。
私は北離宮という場所を知らずにハウストの恋人になりました。初めて知ったのは結婚して魔界の妃になってからです。
他の妃候補と寵愛を競いあうということを知らぬまま私は北離宮の主人となりました。
当初はハウストの寵愛が私だけに向いていることで表立って厭うものなどいませんでした。しかしハウストが私を愛した記憶を失ったことで、私の魔界での地位はあっという間に脅かされ、命すら危ういものになってしまいました。
北離宮は私にとって決して心を許せる場所ではなかったのです。
それどころか私に仕えているはずの女官も侍女もすべてが敵に見えて、もはや苦しいだけの場所でした。
でも今、四大公爵夫人を筆頭に、北離宮の女官も侍女もとても良くしてくれています。私を慕ってくれているのだと伝わってきます。そんな彼女たちを私も愛おしいと思っています。
「ブレイラ様、北離宮で仕えている者たちも私と同じ思いですよ」
「みなに、会いたいです……」
私は胸の前で手を握りしめました。
胸がいっぱいになって、体が温かなもので包まれるよう。
魔界に嫁いだばかりの頃は私にはハウストとイスラとゼロスしかいなかったけれど、もうそうではないのですね。今すぐ北離宮に行きたいです。
もちろんそれは許されていないのだけど。
コンコン。
ふと扉がノックされました。
今この部屋に立ち入りを許されているのは数えるほどです。
コレットが私を守るようにして前に立ちました。
「どなた様でしょうか」
「僕だ。母君に会わせてもらいたい」
聞こえてきた声に私とコレットは驚愕しました。
その声は精霊王フェルベオのものだったのです。
「失礼するよ」
そう言ってフェルベオが部屋に入ってきました。
いいえ、彼だけではありません。その後ろに初代魔王デルバートと初代精霊王リースベットがいたのです。
予想もしていなかった人物たちに私は立ち上がりました。
「で、出迎えもせずに申し訳ありません!」
「母君、そのままでいい。座っていてくれ」
フェルベオにやんわりと言われました。
私は困惑しつつも椅子に座りなおします。
しかしコレットは訝しげに来室した三人を見つめていました。
コレットは緊張に張り詰めた顔をしながらも気丈に口を開きます。
「無礼を承知で申し上げます。今、ブレイラ様は限られた方々としか対面を許されていません。精霊王様方はそれをご存知のはずですが……」
どうやら来室した三人は許可されていないようでした。
それも当然で、会えるのは私の家族と世話役の少数の女官だけです。
コレットは緊張しながらも退室を願います。
「大変申し訳ありませんが、今すぐ魔王様に確認してきます。それまではどうか別室でお待ちください」
「なるほど。僕も魔王殿の許可がいると、そういうことかな?」
「えっ……」
瞬間、ぶわりっ。
室内に凍てつくような冷気が広がりました。それは殺気を孕んだ闘気。
コレットが青褪めてガクリッと膝をつきます。
「コレット!」
私は慌ててコレットを支えました。
コレットは唇まで青くして硬直しています。精霊王フェルベオの殺気にあてられたのです。元精鋭部隊のコレットといえど無事ではいられません。
「も、申し訳ありませんっ……。油断しました……」
「大丈夫ですから呼吸をしてください」
私はコレットの背中を撫でて落ち着けるとフェルベオを見上げます。
そこにいるのはいつもの穏やかながらも整然としたフェルベオ。でも今のフェルベオが纏っている空気は明らかに違うもの。今が『いつもの日常』ではないからです。
今、フェルベオは四界の王の一人、当代精霊王の顔をしていました。
ともだちにシェアしよう!