99 / 111
第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~9
「精霊王様、どうか力をお納めくださいっ……」
「いいでしょう。母君の望みなら」
ふっとフェルベオの殺気が消えました。
しかしコレットは警戒を緩めません。青褪めながらもフェルベオと初代魔王と初代精霊王を見据えます。
「ここは魔界でございますっ。当代魔王ハウスト様の御世でございます……!」
「これは驚いた。見上げた度胸だ。さすが母君の最側近といったところか」
「精霊王様、どうかお聞き届けください!」
コレットが私を守りながら訴えました。
でもこれ以上はダメです。きっと四界の王の怒りに触れてしまいます。
「コレット、いけません」
「しかし……」
「私なら大丈夫ですから。どうか」
「分かりました……」
渋々ながらもコレットが引き下がります。
よく見るとコレットの指先が僅かに震えていました。
当然でした。相手は四界の王・精霊王フェルベオです。しかも今は初代魔王デルバートと初代精霊王リースベットがいるのです。
三人がどんな意図をもって私に会いに来たのか分かりませんが、この三人に意見するということがどういうことか分からないコレットではありません。
私はコレットの震える指先をきゅっと握りしめました。
「コレット、ありがとうございます」
「ブレイラ様……」
「ありがとうございます」
もう一度礼を言いました。
あなたは私を命懸けで守ってくれるのですね。ならば私も守りたいのです。
私はコレットをうしろに下がらせるとフェルベオに向き直りました。
「無礼をお許しください」
「構わない。僕たちこそ母君のもとを突然訪ねた無礼を許してほしい」
「どうぞおかけください。お忙しい中、ここを訪ねてきた理由があるんですよね。しかも初代王様とご一緒とは驚きました」
初代精霊王リースベットがフェルベオとともにいるのは知っていましたが、まさかデルバートまで一緒だとは思いませんでした。
そんな私の驚きにフェルベオが苦笑します。
「母君が驚くのも当然です。僕こそ驚かせてしまいました。しかし、母君にお話しせねばならないことがあります」
「私に、ですか? ハウストではなく……」
「いずれ魔王殿にも正式にお話しますが、四界の安定のためにもまず母君の耳に入れておきたいと思いました」
「四界の安定のため……」
告げられた言葉に息を飲みました。
緊張が高まる中、フェルベオが真剣な顔で私を見つめます。そして。
「――――御母君、レオノーラ様の身代わりになってくれませんか?」
「え……」
頭が真っ白になりました。
それはあまりに突然だったのです。
でもフェルベオは私を見つめたまま続けます。
「初代時代のあの時、星の核まで届くほどの海底の穴を塞ぐには祈り石しかありませんでした。そしてそれを使えるのは魔力無しの人間のみ。レオノーラ様に迫られた選択は残酷なものだったと、僕はそう思いを巡らせました」
「はい、フェルベオ様のおっしゃるとおりだと思います」
私も頷きました。
あの時、私は目の前で見ていました。レオノーラが決意する瞬間を。
フェルベオは厳しい顔つきで続けます。
「現在の魔力無しの人間は初代時代よりも数を増やしました。初代時代では突然変異として扱われていましたが、突然変異も時代が進むにつれて数を増やせば徐々に受け入れられますから」
「そうですね、今では村に一人二人と確認できます。私もその一人ですから」
現在でも魔力無しの人間は差別対象です。でもそれでも初代時代の過酷さと比べれば緩和されました。しかも私が魔界の妃になったことで以前より受け入れられるようになったのです。
「母君もご存知だと思いますが、今、民の間に急速に初代時代の神話が真実として広がっています。初代時代、魔力無しの人間によって星の終焉が回避できたと。以前なら誰も信じなかったことですが、今は多くの民が信じるようになっています。それは母君が異形の怪物を元の姿に戻したことでより一層真実として広まっていきました」
「……私も聞き及んでいます」
今までは御伽噺だった神話や戯言だった口伝が真実味を持ったのです。
過去から継がれてきたものには意味がある。多くの人々がそれを身をもって知ったのです。
「母君、ご存知ですか? 今、多くの魔族や精霊族や魔力を持っている人間が魔力無しの人間を捕らえようとしています」
「えっ、魔力無しの人間を捕らえる……?」
私は最初意味が分かりませんでした。
「多くの人々が母君に希望を見ました。それは母君が魔力無しの人間だからです」
「まさかっ……」
「そう、そのまさかです。魔王殿も僕も治安維持のためにそれを許していませんが、それでも救われたいと願う民衆を止めることは叶っていません。救われたいという強烈な願いは民衆を狂信的にしますから」
「暴動がおきかねないというのですか……?」
「僕たちがなんらかの決断をしなければ、人々は凄惨な光景を目にすることになるでしょう」
私は言葉がでてきませんでした。
この非常時の中、民衆は魔力無しの人間に希望を見たのです。魔力無しの人間にとって残酷な希望を。
ともだちにシェアしよう!