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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~10
私は視線を落としました。
……よく分かりました。どうしてハウストにお話しする前に私に先にお話ししたのか。
私はゆっくり顔を上げてフェルベオを見つめます。
「精霊王様、あなたは四界の王なのですね。民衆に誠実で公正な、正しい王なのですね」
そう言って微笑みかけると膝を折ってお辞儀しました。
四界の民にとってフェルベオが王であることは幸運なことでしょう。
「……。お話し、分かりました」
でも今、私はそう答えるのがやっとでした。
私はフェルベオの言葉を理解していましたが、心が追い付いていないのです。
「母君……」
フェルベオはなにかを言いかけましたが、口を閉ざしました。
そして私に向かって深々と頭を下げます。
「母君に選択を迫ることをどうかお許しください」
「謝らないでください。精霊王様は四界の王として当然のことをしたと思っています」
私は小さく笑って言いました。
笑った顔は少し歪んでしまったかもしれません。
でも平静を装っていつもの笑みを浮かべます。
だからフェルベオもあえていつもの顔つきのままいてくれる。
「明日、魔王殿にお話しするつもりです。勇者殿と冥王殿にも」
「そうですか」
あした……。
落ち着かない気持ちになりました。ハウストとイスラとゼロスとクロードがこれを聞いた時、なにを思うでしょうか……。
「ブレイラ、不甲斐ない先祖を許せ。本当なら初代時代に始末をつけるべきことじゃった」
リースベットが厳しい顔つきで言いました。
私は首を横に振って答えます。
「いいえ、そんなこと言わないでください。私はあの初代時代を見ています。あの時のレオノーラ様と初代四界の王方々のことは今でも目に焼き付いています。それにレオノーラ様はおっしゃっていました。祈り石の封印は永遠ではないと。いつか、いつか封印が解かれる時がくると」
私は初代精霊王リースベットと初代魔王デルバートを見つめました。
「初代時代の禁書がこの時代に発見されたのも、お二人がこの時代に蘇ったことも、大きな意味があるのでしょう。リースベット様はそれをご存知でしたよね。私たちの時代に警告を残してくださったのですから」
リースベットの警告は封じられた禁書とともに残されました。
そして私たちの時代に初代時代の禁書が出現したのです。その時から私たちの時代の運命は決まっていたのかもしれません。
「そうじゃな……」
リースベットが重く頷きました。
初代精霊王も当代精霊王も聡明な王です。レオノーラの祈り石の力は永遠ではないと知っていました。
私は次にデルバートを見つめました。
先ほどからデルバートは黙ったままです。静かな面差しで私を見つめています。
今デルバートがなにを思っているか分かりません。でもデルバートにとってレオノーラは最愛の人。それは今も変わっていません。
私は思うのです。
デルバートは蘇ってからも星を守るために結界を強化しようとしましたが、はたしてそれは本心でしょうか。
星を守るために初代四界の王を蘇らせることを提案してくれましたが、はたしてそれは本当に星を守るためなのでしょうか。
王都に異形の怪物が大量に出現した時、私に祈り石を渡してきたのはデルバートです。デルバートは民衆に見せたかったのではないでしょうか、私が祈り石の奇跡を発動させる姿を。
「なんだ」
デルバートが私の視線に気づきました。
私は首を横に振ります。
「……いいえ、なにも」
そう答えると、私は改めて来室した三人を見つめました。
「お話しは分かりました」
「明日、返事を聞かせてほしい。魔王殿にもその時に話すつもりだ」
「分かりました」
フェルベオは頷くと、リースベットとデルバートとともに部屋を出て行きました。
気配が遠ざかり、全身の力が抜けていく。見ると指先が僅かに震えていることに気づきます。
「ブレイラ様……」
コレットが困惑した顔で私を見ていました。
その顔は可哀想なほど張り詰めています。
「そんな顔しないでください」
「しかし、先ほどの精霊王様のお話しはっ……」
コレットが唇を強く噛みしめます。言葉が続けられなかったのです。
やさしいですね、ありがとうございます。
「はい、あなたが想像するとおりです。レオノーラ様が復活するということは、星を守っている今の祈り石に限界が訪れたということ。星を守り続けるためには誰かが引き継がねばなりません。それは」
「お、おやめください!」
コレットが大きな声で遮りました。
瞳に涙をためて首を横に振ります。
「どうか、それ以上は言葉にしないで、くださいっ……」
「ごめんなさい。困らせてしまいましたね」
私は苦笑してコレットを宥めました。
ごめんなさい。そんな顔させたいわけじゃないのに。
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