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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~11
「コレット」
そっと呼びかけました。
コレットは「失礼しました」と慌てて涙を指でぬぐう。
私はハンカチでコレットの濡れた目元を拭いてあげました。
「ブレイラ様、いけません。もったいないことです……!」
「もったいないなどありません。あなたの涙は私のためのもの。違いますか?」
「っ、ブレイラさま……、ぅっ」
コレットが首を横に振りました。
私は優しく微笑みかけます。
「ありがとうございます。私もあなたを思っています」
そう言ってコレットにハンカチを握らせました。
私は幸せ者です。こうして私のことを思ってくれる人がいるのですから。
こうして私は精霊王からの提案を受けながらも、答えをだせずに夜を迎えるのでした。
その日の夜。
私は寝所でハウストを待っていました。
予定ではもう休むはずの時間ですが、ハウストが部屋にくる様子はありません。
当然ですよね、今がどういう時か分からぬ者などいないでしょう。
魔王はすべての魔族の保護者です。魔界が混沌と化しているというのに魔王ハウストに休む間などないのです。彼だってそれをよしとしていないでしょう。
だからこれは私のわがままなのです。どうしても会いたいとお願いしました。そう明日、精霊王がお話しをする前に。
日付けが変わる刻、寝所の扉がノックされました。
「ブレイラ、遅くなった」
「ハウスト、おかえりなさい。お疲れさまでした」
出迎えるとハウストが優しく目を細めてくれました。
私の腰をそっと抱き寄せて頬に口付けてくれます。
「待たせて悪かったな」
「いいえ、わがままをしたのは私です。あなたこそ忙しいのに会いにきてくれてありがとうございます」
「お前の顔が見たかった」
「私もです」
吐息が届く距離で見つめあいました。
そしてどちらかともなく引かれあうように唇を重ねます。
「ハウスト……」
口付けの合間に名を呼ぶと、応えるかのように口付けが深くなっていく。
……ダメですね。おかえりなさいの挨拶のつもりだったんです。
それなのに歯止めがきかなくなって、唇を離したくなくて、もっともっとと続けてしまう。
おかしいですね。いつもはもっと歯止めがきくのです。でもこんな時だからでしょうか。ハウストを見ると堪らない気持ちがこみあげて、強く抱きしめていてほしいと思ったのです。
それはハウストも同じようで、私の腰を抱く腕に力がこめられていく。
「ブレイラ、このまま抱きたい」
「私も、このままあなたに抱かれたいです……」
口付けを交わしたまま言葉を交わしました。
もちろん嘘偽りないそれ。私は毎日だってあなたに抱かれたいと思っているのですから。
そう、これからも。それはほんとう。
「ハウスト」
「ブレイラ、行くぞ」
「え? わあっ」
ふわり。私の体が持ち上がりました。
ハウストに抱きあげられて寝所の真ん中にあるベッドに運ばれていきます。
そしてベッドに寝かされました。
見上げるとハウストの整った容貌。
彼は私を組み敷いたまま見下ろしている。でも親指で私の頬をなぞりながら少し困ったように目を細めました。
「……手荒に扱うつもりはないが、少し性急になるかもしれない」
告げられた言葉に目をぱちくりと丸めてしまう。
なにを考えているのかと思ったら……。
「ここまでしておいて、そんなことを」
「俺が嫌なんだ」
ハウストは少しムッとした顔で言いました。
私はなんだかおかしな気持ちになって、ふふ……と笑ってしまいます。
こんな時なのに、こんなことをしている場合じゃないのに、それなのに心がふわりと軽くなりました。
ハウスト、あなたに触れているからですね。
触れあって、ぬくもりを分かち合って、たったそれだけのことが私を幸せにしてくれる。
「ハウスト」
私は覆いかぶさっているハウストに両腕を伸ばしました。
ハウストの首に両腕をまわして抱きついて、ぎゅっと力をこめます。
「抱いてください。少しでいいので」
「……少しなんて言うなよ」
「そう言いますが、政務の合間にいただいた時間です。こうして来ていただいただけでもワガママなのに、これ以上はワガママを言えません。だって私は魔界の王妃ですから」
今、魔界は混乱の渦中にあります。
いいえ魔界だけではありません。四界全土です。
ほんとうはこんなことしている場合じゃないですよね。それは私も分かっています。だって私は魔界の王妃なのですから。
でもこうしてあなたは私のもとに来てくれました。それだけで私は幸せな気持ちになれるのです。
「性急で構いません。手荒にしていただいても大丈夫です。抱いてください。時間が許す限り」
「ブレイラ……?」
ハウストが訝しげに私の顔を覗きこみました。
でも私は誤魔化すように笑いかけて、ハウストを抱きしめる腕に力をこめます。
ぎゅっと抱きついて、ハウストの肩に顔をうずめて隠してしまう。
ハウストの首元に鼻先を寄せてすんっと鼻で息を吸いました。彼の匂い、彼のぬくもり、彼の手ざわり、そのすべてを私自身に刻むように。
「ハウスト……」
名を呼んで唇と唇を触れあわせました。
口付けにハウストの私を抱きしめる両腕にも力がこめられます。
ハウストの大きな手が衣装を乱していく。
素肌が触れあい、指を絡めるように両手を合わせる。
こうして私たちは絡み合うままに体を重ねたのでした。
寝所には甘い熱の余韻が漂っていました。
ベッドのシーツは乱れていたけれど、ハウストと私はそこで抱きあったまま。
でも少しして、むくりっとハウストが起き上がります。まるで甘い余韻を断ち切ろうとするように。
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