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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~19

「いけません、フェルベオ様。あなたの口から提案すれば四界に大きな遺恨を残します」 「しかし母君」 「いけませんよ。だって四界はこれからも続くのでしょう。ならば遺恨を残すべきではないのです。災厄の危機が去っても四界大戦が始まるならそれは悲劇です。さあ、これからもずっと続く世界の未来の話しをしましょう」  私はそう言ってフェルベオを下がらせました。  次に手をつないでいるクロードを見つめます。  不安げに私を見上げるクロードの瞳。  私は見つめ返してそっと言葉を紡ぐ。 「クロード、覚えておいてください。私のすべてはあなたのもの。私はあなたが生まれるずっと前から自分のすべてを捧げる相手を決めているのです」 「え、ブレイラ?」  クロードがきょとんと私を見上げます。  私はクロードに笑いかけて、その額に口付ける。  そしてクロードの手を離し、ゆっくり一歩前に進み出ました。  私は広間に集まる人々を見つめて言葉を紡ぎます。誓いにも似た、自分の命運を決める言葉を。 「祈り石になったレオノーラ様に限界が訪れたなら、それを補えばいい。引き継げばいい。私はそう考えました。そこで提案があります」 「や、やめろブレイラ。それ以上しゃべるなっ……」  ハウストが遮るように言いました。  その声色は僅かに震えています。  私はハウストにそっと笑いかけました。  ごめんなさい。愛しています。ごめんなさい。愛しています。ごめんなさい。愛しています。ごめんなさい、ハウスト、あなたを愛しています。 「レオノーラ様の役目を私が引き継ぎます」 「っ、……ふ、ふざけるな! ブレイラ、お前は自分がなにを言っているか分かっているのか!」  ハウストが声を荒げました。  怖いほど怒った顔で私を睨んでいます。  でも泣きそうにも見えてしまう。それは気のせいではありませんね。  あなたを傷つけてしまう私を許してください。 「もちろんですよ。私が祈り石になるということですよね」 「だから、その意味が……」 「もちろんです。分かっていますよ」  分かっています。それがどういうことか。  そしてあなたも分かっているはずです。それしか方法がないということを。 「――――駄目だ! それだけは認められない!!」  ふと鋭い声に遮られました。  振り返るとイスラが私を睨んでいました。 「イスラ……」  ああ、私のせいですね。私があなたを傷つけたのですね。  イスラだけではありません。ゼロスとクロードも私を凝視しています。 「ブレイラ、それは駄目だ! 絶対に駄目だ! ブレイラは俺といろ! 俺の側からいなくなるなんて許さない!!」  イスラが声を荒げました。  いつにない剣幕のイスラに胸が締めつけられました。  こんなに取り乱したイスラを見たのは初めてかもしれません。ごめんなさい、それほどに動揺させているのですね。 「イスラ」  静かに呼びかけました。  するとイスラが大股で近づいてきて私の肩をガシリッと鷲掴む。それは痛いくらいに。  決して力加減を間違えるような子ではないから、その痛みにイスラの思いが伝わってきます。 「ブレイラ、撤回しろ! すぐに撤回しろ! 俺はブレイラがレオノーラを引き継ぐなんて認めない! 俺の前からいなくなるなんて、絶対認めたくない!!」 「イスラ……」  私は肩に置かれたイスラの手に手を重ねました。  そしてイスラを厳しい顔で見つめます。 「イスラ、離しなさい」 「嫌だ!」 「痛いですよ、イスラ」 「ぁ……」  イスラがハッとした顔になって、肩を鷲掴んでいる力をゆるめてくれました。  でも私の肩に手を置いたままきつく唇を噛みしめました。  そんなイスラに語りかけます。 「イスラ、よく聞きなさい。あなたは勇者、人間の王です。聡明なあなたなら最善が分かっているはずです」 「い、いやだ、認めないっ……!」 「レオノーラ様の役目を引き継げるのは魔力無しの人間だけです。そして私は魔力無しの人間。これ以上の人選はないでしょう」 「魔力無しの人間ならブレイラじゃなくてもいいはずだ! 人間界には魔力無しの人間が」 「――――イスラ!!」  咄嗟にイスラの言葉を遮りました。  私はイスラをまっすぐ見上げます。私より大きくなった大切な息子をまっすぐに。 「それ以上続けてはいけません。それは勇者にとって禁句でなければならない言葉。たとえあなた以外の人間がそれを口にしたとしても、あなただけは決して口にしてはいけません」 「ぅっ、ブレイラ……っ」  イスラの顔が泣きそうに歪みました。  そして項垂れて、ずるずると膝から崩れ落ちていく。

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