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第七章・レオノーラの目覚め ~悠久を越えた誓い~20

「……」  ああイスラ!  名を呼びそうになって、唇を強く噛みしめました。  今すぐ抱きしめたくなって、指先を強く握りしめました。  心が流されてしまわないように痛いほど爪を立てて。  イスラ。イスラ。イスラ。イスラ。イスラ。イスラ。イスラ。イスラ。  心の内で何度も繰り返す。何度も何度も、赤ちゃんの頃から何度も呼んできたイスラの名を。  名を呼ぶとイスラは嬉しそうに振り返って、『ブレイラ!』とすぐに駆けてきてくれるのです。  でも今はその名を口にすることはできません。  許してください。あなたを傷つける私をどうか許してください。  私は視線を流してイスラから目を逸らしました。  そして次にゼロスを見ます。  ゼロスの瞳には涙が滲んでいました。その潤んだ瞳にきりりっと胸が軋む。  十五歳になって泣き虫は治ったと思ったのに、瞳を潤ませる顔はまだ幼い面影がありました。 「ブレイラ、うそだよね……っ。レオノーラの役目を引き継ぐなんて、うそだよね……。だって、それってブレイラが」 「嘘ではありませんよ。聞いていたでしょう」 「っ、どうしてそういうこと言うの! 分かってるのに、どうして!!」  ゼロスが声を張り上げました。  でも今にも大きな声で泣いてしまいそうに震えています。  瞳の涙をぬぐってあげたいけれど今はできません。  私はまっすぐゼロスを見つめます。 「どうしてなんて、まるで子どもみたいなことを言うのですね」 「そうだけど、でも」 「ゼロス、でもなど冥王が軽々しく言うものではありません。あなたはもう幼い子どもではないでしょう」 「ぅっ……」  ゼロスが唇を噛みしめました。  十五歳になったゼロスは少しずつ大人になっているけれど、その心根は幼い頃と変わりません。創世期の冥界のように純粋で無邪気で自由奔放で、そして寛大で優しい心を持っているのです。  赤ちゃんの頃から冥王であることを求められてきましたが、それでもあなたは自由な子どもでいてくれました。私はね、それがきらめく朝陽のように眩しかったのですよ。  でも今、私はあなたに大人になることを求めます。 「ゼロス」 「ブレイラ……」  ゼロスが涙の滲んだ瞳で私を見つめます。  私はまっすぐ見つめ返しました。  かわいいお顔ですね。いつまでも見ていたいお顔です。それは幼い頃から今でも変わりません。  私はね、あなたの額に口付けるのが好きでした。甘えん坊なあなたのワガママだってかわいいと思っていました。  ゼロス。ゼロス。ゼロス。ゼロス。何度も呼びたい私のかわいい子どもの名前です。 「ゼロス、いつまでも甘えていてはいけません。あなたは四界の王の一人・冥王です。冥王として相応しい判断をしなければなりません。ときに心を殺すことがあったとしても。私はそれを望みます」 「そ、それは僕に黙ってろってこと!? 受け入れろってこと!?」 「名君と呼ばれる王とは最善を決断できる王のこと。その意味を理解し、受け入れなさい」 「っ……」  ゼロスは傷ついた顔になりました。  その顔に胸が引き裂かれそうになって、……静かに顔を逸らしました。  いつまでも見ていると決心が揺らいでしまいそうだったのです。  最後にクロードを見つめました。  あなたはまだ五歳。まだたくさん伝えたいことがあるけれど、魔界の王妃として決断した私を許してください。  クロードが幼い瞳で私を見つめます。 「ブレイラ、レオノーラをひきつぐって……」 「クロード、立派な魔王になるのですよ。あなたの魔界はこれからも続くのですから」  それだけを伝えました。  あなたには寂しい思いをさせてしまいます。幼いあなたを置いていくことだけが心残りです。  振り切るようにクロードから視線を離し、私の三人の息子たちを見つめました。 「怖い顔ですね。親をそんな顔で見るものではありません」  私はイスラとゼロスに言いました。  クロードは困惑が強いけれど、イスラとゼロスは決断した私を睨んでいます。  私の決断が三人を傷つけたから。

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