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第6話

「おお、あの防砂壁、きれいに仕上がったな」  将官がそう言って、本日手直しが行われた真新しい壁を満足げに見つめた。 「あのでかい若造ですよ、あいつ、なかなかの腕だ。常勤に雇ったらどうでしょう」  ゼノンのほうを示し、日に焼けた四十がらみの男が目を細める。 「力もあるし、体も丈夫でサボりませんし、辛い作業でも根をあげません」 「ほう」  将官が、工具を肩口に抱え上げて歩いていくゼノンに目をやった。背が高く、たくましい体つき。顔立ちは端正で清潔感があり、年かさの彼らにも好ましい印象を与えた。 「うちの我儘娘も、あんな男前なら婿に貰ってくれるかな?」  冗談めかした将官の言葉に、日焼けした男が手を打った。 「カルラお嬢様の……いいかもしれませんね。あいつは真面目だし浮いた噂もない。酒だって過ごしませんし。大工の大店の息子ですよ、家柄もわるくない」  話題に上がっていることなど気づく様子もなく、ゼノンは汗をぬぐいながら工夫小屋へと去って行った。   「ただいまー」  腕いっぱいに食料を抱えたゼノンが、満面の笑みで扉を開いた。明日と明後日は仕事がないのだろう。この教会に居座るつもりで、このように大量に買い込んできたに違いない。アンドレイは無表情に振り返り、「おかえりなさい」と言って、再び書物に視線を戻した。 「アンドレイ、今日は信者さんきた?」 「めったに来ませんからね。今日も来ませんでした」 「そう」  ゼノンが明るい声でいい、アンドレイの向かいに腰を下ろして、袋から取り出した果実に歯を立てた。 「美味しいんですか、それ」 「美味しいよ。食べてみる?」 「結構です」  そういって、アンドレイは首を振った。ゼノンは笑顔のまま、手にした果実をあっという間に平らげてしまった。 「じゃあ、薔薇の花を摘んできてあげるね」 「ええ、ありがとう」 「よし!」  ゼノンがいそいそと立ち上がり、部屋を出ていく。その後姿を見送り、背伸びをしながらアンドレイは呟いた。 「あの人、何故聞かないんでしょう。私が薔薇の花しか食べない理由……」  ――体を重ねるようになっても、ゼノンはアンドレイに何も聞こうとしない。それをいいことに、アンドレイもまた、何も言おうとはしないままだった。 「私が言うのもなんですが、いいんですかね、こんな付き合いで」  アンドレイは首を捻りながら呟くと、再び書物に目を落とした。 「え、待って、アンドレイ……」 「いいから。棘は取りましたから。この花を落とさず咥えて」 「ん……」  ゼノンが眉を顰め、言われたとおりに大ぶりの薔薇の一枝を咥えた。 「……?」 「啼かずの誓いがどれだけ面倒なものか教えます。今日は、その花を落としたら止めますから」 「!」 「本当に止めますから。いく寸前でも容赦なく止めますから」 「…………」  悲しげに眉を下げたゼノンの喉仏にそっと口づけ、アンドレイは己の上着を脱ぎ捨てた。それからゼノンの服に手をかけ、馴れた仕草で引きはがす。 「ん、んんん」  ゼノンが何かを言おうとしたが、アンドレイはしっ、というように唇の前で指を立てた。それきりもう、何も言おうとはしなかった。啼かずの戒律が執行されたのだとゼノンは悟った。     「…………ッ!」  屹立したものを恋人のそれで擦られ、ゼノンは黒薔薇の茎を咥えさせられたまま身をよじった。どうかこのまま薔薇を捨てさせてくれと目で懇願するが、アンドレイは無表情のまま許さなかった。  呻き続ける恋人の胸板を指でなぞり、淡い星明かりを背に、アンドレイは恋人の体を責めたてる。触れ合う部分が人体にあらざるほどの熱を帯び、腹に突き刺さらんばかりに固く反り返った。 「う、ぐ……」  ついに達したゼノンが悲鳴のような声をあげて果てたとき、アンドレイもまた弾けた己の陰茎に手を添えて、色が変わるほどに唇をかみしめた。情交に際して決して声をあげぬ彼は、全身が震えだす快楽を味わった今も、ひたすら沈黙を守り続けていた。 「うう」  涙目で、薔薇を咥えたままゼノンが声をあげる。虚脱した表情で息を乱していたアンドレイは、我に返ったように身をかがめ、萎れ掛けた黒薔薇の花を喰いちぎり、茎を床に振り捨てた。  むしゃむしゃと薔薇を貪り終え、真白な体でゼノンに跨ったまま、アンドレイは言った。 「ああ、思い切り汚してしまった」 「ご、ごめん……」 「体を洗いましょう」  汚れた己と恋人の体を見比べ、アンドレイが全裸のまま立ち上がった。足をわなわなさせたままゼノンも続く。  浴室で、古井戸からくみ上げた水をかぶり、石鹸を泡立てながらアンドレイは言った。 「頭を出してください」 「うん」 「伸びてきましたね、切りましょうか」 「うん」 「じゃあ、明日の朝切ってあげます」  されるがままに目を細めるゼノンの髪を洗い、体も気のすむまで念入りに洗い、「変な声を出さないでください」と叱りつけ、アンドレイは満足したように顎で出口を指さした。 「さ、終わりました」 「えー」  名残惜しそうにゼノンがいい、水をふるい落して立ち上がる。そして、唐突にアンドレイに口づけた。 「アンドレイ、好きだよ」 「そう」  紅の瞳に一瞬甘い光がよぎる。だがつんとした表情を崩さないまま、彼は手桶の水を頭から被った。 「ねえアンドレイ、また大きくなっちゃったんだけど」 「そうですか、私は疲れました。何度も言いますがおじさんですので」 「えー!」 「ふっ……」  泣きそうなゼノンの耳に唇を寄せ、アンドレイは意地の悪い声音で囁いた。 「では、蘇りつつある魔人の事でも考えたらどうでしょう。恐ろしくて、勃つものも勃たなくなるのではないですか?」 「ま、魔人!」  ――忘れてた。そう言わんばかりにゼノンがさっと蒼白になる。大人しくなったゼノンのものを一瞥し、アンドレイが石鹸を泡立てながらつまらなそうに言った。 「先に寝ていてください。私も直ぐに行きますから。おやすみ、ゼノさん」

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