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第14話

「う……あ……ああっ」  ゼノンののけぞった顎から、透明なしずくが幾筋も滴り落ちる。あふれ出したものに舌を這わそうともせず、アンドレイが舌で責め立てるのを止めて、冷たい声で呟いた。 「出せばよいのに」 「あ、あ、嫌だ……」 「ふ……頑固な人ですね。僕には私しかいない? どの口がそんな事を言うんです」  脚の間に屈みこんだアンドレイが顔を上げ、濡れたゼノンの顔を乾いた冷たい指で撫でた。 「まだ泣き足りないようですね」  不意に、アンドレイの声が低くなる。びくりと揺れた膝頭を渾身の力で押さえつけ、アンドレイがにい、と口の端を吊り上げた。 「泣きたければもっと泣いてください、まだ序の口ですよ」 「……っ!」  散々じらされたものを根元まで咥えこまれ、ゼノンは喉から絞り出すような悲鳴を上げた。 「あ、ああっ」  あまりの快楽に、ゼノンのたくましい体が跳ね上がる。情実伴わぬ交わりなど望んでいないのに、体はもはや限界だった。がたがたと激しく寝台が揺れる音、のけぞる男の悲鳴のような声が、窓の曇った狭い部屋に満ちた。 「んっ……ひ、いっ……っあ、ああ、ああっ……」  黒衣の襟元をわずかにくつろげたアンドレイが、咥えがたいほどに怒張したそれに、かすかに顔をしかめた。だが責める手は留めず、そっとゼノンのズボンに指を差し入れ、裏側から別の刺激を弱く与える。普段責めたてられることを知らなかったゼノンの躰が狂うには、完璧な力加減だった。アンドレイの薄い口元から、絶え間なくあふれ出る男の白い蜜が糸を引いて垂れ落ちた。 「……っあ!あああ!」  ついに全身をこわばらせ、体を苦しげにこわばらせたままゼノンは果てた。大きな肩は哀れなほどに上下し、滑らかな肌は彼自身の汗と涙でしとどにぬれていた。 「ぁ、はあ、はあ」  ゼノンが縛られたまま、悲しげに顔を引きつらせる。アンドレイは口元を拭うと、紅の瞳で無表情にゼノンを見上げた。 「反省しましたか? こんなのは序の口ですよ。次は貴方が知らないないような場所に指を入れてあげましょうか。汚いですけどね……馴れたら、気が狂うほどいいですよ?」 「アンドレイ……」  ゼノンが濡れた前髪から汗を滴らせ、息を乱したまま小さな声で尋ねる。 「やっぱり、なんで怒ってるのか、僕には分からない……気持ちよかったけど、なんだか悲しいよ……」  そしてまた、再び涙を流す。 「なんで? 本当にわからない、せめて怒った理由を教えて」  冷め切った表情のまま、アンドレイがゆらりと立ち上がった。それから、部屋の隅に置いてあった包みを取り上げ、ゼノンの傍らの寝台の上に投げ出す。 「…………」 「何、これ」 「貴方のお見合いの衣装だそうです」  アンドレイの声が震えた。白い指をぎゅっと握り込み、アンドレイはさらに低くなった声で繰り返した。 「お見合いなさるんですね、貴方……」 「え?」  ゼノンが首を傾げ、しばらくぼんやりとアンドレイを見上げた。しばし何かを考えた後、彼は急に笑い出した。 「しないよ、嫌だな。親にお見合いしろって言われるの、もう30回目だよ?」  目を見張るアンドレイを一瞥し、くつくつと笑いながらゼノンは続けた。 「でも、毎回すっぽかしてる。言われるたびに嫌で嫌で吐きそうになるのに、親もしつこいよね。今回は、何処かのお嬢様が相手らしいから親も乗り気でさ、普段俺の顔を見に来ない父さんまで口出しに来たけど、いつものように無視すれば諦めるんじゃないかな。俺の嗜好にも薄々気づいてるだろうし……」 「そんな……」  アンドレイが、呻くように呟く。氷にひびが入るように、彼の滑らかな眉間に一つの皺が刻まれた。 「姉さんが届けに来た? それとも母さん? 毎回こうやって服を置いていくけど、ほら、普段着にしちゃうんだよ。これもそうだし、昨日の服もそう。そこそこしゃれた刺繍がしてあるでしょ。どうせ俺がお見合いに来ないだろうと思ってるし、親だってそんな高級な服をよこしはしないよ?」  だが、誤解が解けたはずのアンドレイの表情は晴れなかった。なぜか先ほどよりも悲しげに、紅の宝石のような瞳を曇らせていた。 「そうですか」  よれよれのゼノンの服に指を這わせ、アンドレイがどこか苦しげにつぶやく。 「……確かに、いい刺繍ですね。時間がかかるものでしょうに……人の時間は短いのに、その時間を使って、あなたのためにこうやって服を整えていらっしゃるんですね。あなたのお姉さんや、お母さんは」 「アンドレイ?」 「私……」  ためらいがちに、アンドレイが口を開いた。 「正直、私は、あなたとの関係が、こんなに続くなんて思ってもいませんでした。切ろうと思えば切れる。そういう関係を構築できているつもりだったんです」  目を見開いたゼノンから目を逸らし、アンドレイは続けた。 「この私が、私を怒らせた男を追いかけ回し、愛を乞いにのこのこ家を訪れるようになるなんて、つい最近まで思っていなかった」  アンドレイは、苦しげに目を伏せた。 「謝ります、誤解して、あなたを辱めたことを」 「う、うん……」 「ですが、潮時かもしれませんね」  アンドレイが立ち上がり、濡れたゼノンの頬に口づけをした。 「砂礫の魔人わたしと人間あなたの恋など所詮は夢物語。家族に愛されるあなたを見て……弟と再会して、百年を超えてなお変わらぬあの子の姿を見て、私は……やはり……考えてしまいますね、あなたが見ないふりをしてくれる全てを、私はどうしても考えてしまうのです、辛い。やはり、辛い……です。人の女に嫉妬し、共に長き生の道行きを征けぬことが」

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