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第8話
風呂に入ってさっぱりし、傷の手当をしてもらい、腹も満たした俺は、おずおずと寝所へ行った。
要は、ひじ掛けに肘をついて、外を眺めていた。
山から帰ってからまだ話していない。
相当怒っているのは確かだと思うのだが、今日は表情が読めない。
ただ静かに、物思いに耽っているように見える。
「心配かけてすまなかった」
「・・・・」
「えっと・・・山の中にさ、四季桜の群れがあったんだよ。その中に、仙花の四季桜が一本あってさ、庭のスズランよりも、もっと美しいんだ。お前にも見せたかった」
「・・・・・」
「あと、山菜がたくさんあった。今日は籠を持ってなかったから、松茸だけとってきたんだ。明日は梅が松茸の炊き込みご飯作ってくれるって」
「・・・・」
「梅が、松茸知らなかったんだよ。鬼の世界では、松茸は知られてないんだな。売ったらもうかるかもな」
「・・・・・」
「おい、いい加減にしろ。心配かけて悪かったと思ってるけど・・・・怒るなら怒れよ」
要が肘掛け椅子から肘をおろして、こちらを睨みつける。
「家から出ではいけないと何度もいいましたよね?明日から、俺が仕事の間は執務室にいてください」
「はぁ?俺は政務に興味なんかないぞ。そもそもメス型は立ち入り禁止なんじゃなかったのか?政事はオス型の仕事だって、俺が執務室に入ったら、左京が怒ってたじゃないか」
「町の役場じゃないので大丈夫ですよ。左京は融通があまりきかないので、役場に返します」
「いやいや、行かないよ?」
「本を注文します。本があれば退屈もまぎれるでしょう?」
「行かないって。バカなこと言ってないで、もう寝よう。明日も仕事だろ?」
「バカなこと?俺は本気ですよ」
「はぁ?何言って・・・・ちょ・・・痛い」
無理やり押し倒される。すごい力だ。腕が痛い。
「どんな気持ちで俺が待っていたと思うんですか?」
「悪かったって」
「悪かった?本気で思ってないですよね?あんたはまた山に行く・・・俺から離れて!死んだらどうするんだ!」
いきなり怒鳴られて、体がビクっとする。
「おい・・・・冷静になれ・・・・」
「冷静に?そんなものくそくらえです。俺は譲歩してるんです。本当ならあなたを牢屋に閉じ込めておきたいくらいだ」
「牢屋って・・・・でも、執務室に閉じ込めておくのも牢屋も、俺にとっては変わらないだろ」
「なら、牢屋に入ってください。なるべく快適にしつらえますから」
「冗談だろ・・・・」
「冗談じゃない」
要の目は本気だ。本気で俺を牢屋に入れようとしている。
「おまえ・・・・前世のことがトラウマになってるのか?」
俺の言葉に、要が苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「お前にとっては300年も前のことなんだろう?」
「そうです、それなのに、昨日のことのようにも思えます。あの日の記憶だけは鮮明に残っていて、色あせることはありません。銃で撃たれた蒼の顔を忘れることなんてできないんです」
「あれは事故だ。仕方のないことだった。どうすることもできなかったんだ」
「違います。あなたを家から出さなければ、あんなことは起こらなかった」
「家から出ないなんて無理だ。肉体は生きていても、俺の精神は死ぬ」
「それでも、死んでしまうよりはましです」
高ぶった怒りが収まったのか、今度は要の目から涙が流れ始めた。
溢れた涙が、ポタポタと落ちて俺の頬を濡らす。
「俺が好きだから、俺の心を殺すのか?負のスパイラルだな」
「他に方法はありません」
癒えない傷。苦しみがこびりついて何度ぬぐっても消えない。悲壮な表情。
どうしたら、こいつを救えるだろうか?
「なら、過去を変えよう」
要の頬に伝わる涙を、衣でそっとぬぐう。
俺の言葉が伝わるだろうか?
「何言ってるんですか?過去は変えられませんよ。鬼の世界といっても、魔法の世界じゃないんです」
「お前は、前世、俺が銃で撃たれて死んでしまった、だから今回は閉じ込めておくしかない。そう考えてるんだろう?」
「はい」
「でも、それだと、俺の肉体は生きていても、精神は死ぬことになる」
「それでもいいです」
「いいわけないだろう。お前はさ、自由に生きている俺が好きなんだよ。好きなことをやってる俺が好きなんだ。だから前世でも、金も時間もかけて、俺が自由にできて、かつ自分の手の内においておけるように巨大な植物園を作ったんだ。違うか?」
「そうです。でもダメだった。たとえ護衛をつけていたとしても、あの銃乱射事件は回避できなかったはずです」
「だから、俺を牢屋にいれるしかない」
「そうです」
「おまえは、銃で撃たれたその過去を、悲惨な過去だと思っている」
「当り前です」
「そのせいで、今、俺の心を殺してでも生かそうとしている。だが、それも悲惨だ」
「・・・・」
「なら、過去の意味を変えればいい」
「過去の意味?」
「過去の事実は変えることはできない。でも、意味は変えることができる。確かに、銃で殺されるのは腹が立ったし、たぶん痛かったし、嫌だ。でも、起きてしまった過去は変えられない。それに加えて、過去のせいで、今の俺まで死ぬのは絶対嫌だ。
俺は、鬼の世界、結構好きだ。ここでは、俺とお前がエッチなことしてたって、何も言われない。ましてや、みんな披露目の儀式で俺を見られるのを楽しみにしているんだろう?梅がよく言ってるぞ、待ち遠しいって。
前世で死んだから、今、鬼の世界にいることができる。銃で撃たれて死んだから、今、ここにいるんだ」
「待ってください。確かにそうですけど、それでも、俺は蒼が死ぬのは嫌です」
「嫌かもしれないけど、怖くはないだろう?」
「怖いですよ。なんで怖くないなんて言えるんですか?」
「だって、死んでも、転生して一緒になれるってわかったじゃないか」
「っ!・・・・・」
「俺たちは、銃で撃たれて一度死んだ。あの過去があったから、こうして別の世界で出会えたし、死ぬのなんて怖くなくなったんだよ。おまえ、300年も待ったんだろう?鬼の世界で死んで次の世界で転生しても、絶対俺を見つけられると思う。お前の愛は永遠なんだよ」
「でも・・・・」
「勇気を出せ。お前の目的は、お前が好きな俺を、独り占めすることだろう?俺を牢屋に入れて、もし俺がお前のことを嫌いになって、次の世界ではおまえとは愛し合いたくないってなったら、そっちの方が嫌じゃないのか?」
「それは・・・でも・・・」
「人間ってのは、過去の意味を変えられるんだよ。全ては「今どうしたいか?」なんだ。過去がどうだったかなんて関係ないんだよ。少なくとも、俺はそうやって人の世界でも生きて来た。俺が怖いのは死ぬことじゃない。おまえを愛せなくなることだ。やっと、やっと愛せるようになったんだ。好きなんだよ、要、お前のことが。要を好きでいることが、俺の幸せだ。俺に、お前を愛し続けさせてくれ」
「蒼・・・・あなたって人は・・・・やっぱりかなわないな・・・・」
要がぎゅっと抱きしめてくる。愛を返したくて、精一杯腕を伸ばして、要を抱きしめる。
「好きだよ、要。心配させて悪かった」
「はい、そこは反省してください」
「うん。でも、お前、わかってただろ?俺が山に行くって」
「・・・・」
「庭の図鑑がどれくらいできてるか毎日チェックしてたもんな。そろそろ庭に飽きて、俺が山に行くっておまえなら気づいてたはずだ。だから、あの影を俺につけたんだろう?で、まんまと俺が山にでかけて、お前は俺を牢屋に入れる理由を作り出せたわけだ。でも、まあ、今回は方向性が間違ったな」
「すいません。俺もまだまだですね」
いや、十分怖いけど、という言葉は飲み込む。
「もう疲れた、寝るぞ」
「はい」
要の腕に抱かれると、暖かさでほっとする。
ああは言ったものの、俺だって死にたくはない。狼は本当に怖かった。
しばらくは要の手が届くところにいようかな。
「そうだ。蒼、影のことは誰にも言わないでくださいね。俺が妖術使えるってのは、秘密なんです」
「へぇ。奥の手的な?まあ、領主は必殺技くらいあった方がいいだろうな」
「はい」
あの影は便利だった。あの影はまだ俺の影の中にいるのだろうか?妖術のことはよくわからないから、頼り過ぎはやめておいた方がいいとは思うけど。
「うふふ」
「ん?何笑ってるんだ?」
「いや、蒼がぎゅって俺の腕の中に入ってくるから、可愛くて」
「う、うるさいな。俺だって甘えたい時もあるんだ」
「夜の山、怖かったですか?」
「狼がでたんだぞ。怖くないわけないだろう」
「狼かぁ・・・まあ、でますね。狼くらい」
「狼くらいって、鬼は平気なのか・・・・はぁ・・・・んっ・・・ちょ、やめろ、今日は疲れたからもう寝る」
「過去の意味は変えられる、そう言ったのは蒼でしょう?」
「はぁ?」
「山で疲れたから、今日はしない。じゃなくて、山で怖い目にあったから、今夜はいっぱい愛し合う。の方が幸せになります」
「いやいや、おまえ、なんか違うな。それで幸せになるのお前だけじゃない?」
「そんなことないですよ。たくさん気持ちよくしてあげますから」
「いいって・・・ほんと・・・寝かせて!」
牢屋にいれられなくて、ほんとよかったけど、今日も眠れるのはもう少し後のようだ・・・・
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