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第9話
俺が家にいることをいいことに、梅は次から次へと俺に課題をよこしてきた。
披露目の儀式に着る衣装選び、普段使う香選び、お気に入りの菓子選び・・・・
庭遊びができなくなって、イライラしている俺を見かねて、というかそろそろ山へ脱走するだろうと予想して、要が俺に護衛をつけてくれることになった。本来は、山に入れるのは俺と要だけなのだが、俺の護衛ということで、許しが出た。許しもなにも、要が決めるんだから、ルールもなにもあったものではないな、と思うが口に出さないことにする。
「左京の番の雪音 です。蒼姫と山遊びができるとのことで、楽しみにしておりましたよ」
雪音は透けるようなミルクティー色の長い髪に、色白の肌、長い手足を持つ鬼で、俺もびっくりするくらい色気のある鬼だ。左京もイケメンだが、雪音ほどの美しい鬼はなかなかいないんじゃないだろうか。しかも、剣の達人らしい。確かにほっそりしているとは言っても、俺より背も高いし、腕の筋肉もある。
「右近様の番のお陽 です。蒼姫様、よろしくお願いしますだ」
右近の番は、巨漢だった。右近よりも背が高いし、横幅もある。腕の筋肉もすごいし、まさに鬼っぽい。牙や角はないが、美しいとは言えない容姿だ。八百屋の愛想のいいおかみさん、みたいな感じだ。
こちらは剣を腰にさしていない、が、みるからに力が強そうだ。
「付き合わせてしまって申し訳ないですが、よろしくお願いします」
俺が頭をさげると、さっそく左京が睨みつけてきた。なんなんだ?こいつとは本当に馬があわない。
「雪音殿、やはり山歩きなど、雪音殿がなさるようなことでは・・・・」
左京は自分の番である雪音を心配しているらしい。へぇ、普段は俺様って感じなのに、自分の番には頭があがらないのか・・・
「そなたは政事があるのでしょう。はよぅそちらへお行きなさい。それとも、私が山歩きもできないひ弱だと言いたいのですか?」
なんかとげがあるけど・・・大丈夫なの?この夫婦・・・・
「まさか、そのようなこと」
「さ、蒼姫、まいりましょうか」
左京が口ごもると、雪音がそそくさと屋敷を後にする。
いろいろあるんだな、鬼の世界にも。と思いつつ、普段偉そうにしている左京がしどろもどろなのは、ちょっと笑える。くすっと笑うと、さっそく左京に睨まれる。これは、さっさと避難した方がよさそうだ。
「じゃ、行ってくる」
山歩き用の足袋に履き替える。前回の切り傷を受けて、梅が手にも足にも保護する布を繕ってくれた。
「はい。夕暮れ前には帰ってきてくださいね。雪音殿、お陽殿、蒼をよろしくたのみます」
護衛がついたせいもあってか、今日の要は落ち着いている。これなら大丈夫だろう。やった。山歩きの許可がついに下りた。
「はいだ。右近様、いってまいります」
「うん。お陽も気を付けてね」
右近がお陽の頬にチュッと口づけると、お陽の頬が真っ赤にそまった。こっちはラブラブか。
ご愁傷様、左京。
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山へ入ると、さっそく山菜取りにかかる。本日の夕飯はとれたての山菜の天ぷらの予定だ。
「こんなものが食べられるんでごぜぇますか?」
どうやら鬼の世界では山菜を食べる習慣がないらしい。籠を背負ってくれているお陽が、ゼンマイを手に取って不思議そうに見ている。
「うん。うまいよ。天ぷらにするんだ。塩で食べると、酒の肴になる」
「毒がありそうだけど・・・・」
雪音は社まで続く階段に腰かけてこちらを見ている。山菜取りに参加する気はないらしい。護衛だから、別にいいけれども。
「毒がある植物っていうのは、もっと自己主張が激しいんだよ。ところでさ、俺、この間山で迷って屋敷に帰れなくなったんだけど、二人は山の中でも場所がわかる?犬とか連れてきた方がよかったのかな」
前回の二の舞はごめんだ。二人がいるから今回は、要の影を出すことができない。あの影はこの二人にも秘密らしい。ということは、どうやって帰るのか考えておく必要がある。
「大丈夫です。わたすは鼻が利くんでさぁ、ここは社を取り巻く竹藪が独特の匂いがしますんで、階段まではご案内できるはずでさぁ」
「それは助かるな」
二人には姫と呼ばないでほしいことと、敬語は必要ないと最初に伝えた。しかし、お陽は敬語の練習をしているらしく、使わせてほしいと言ってきた。確かに、なまっている。生まれが南の海のほうらしい。一緒にいる人を元気にしてくれるような明るい笑顔は、南の明るい風土の影響なのかもしれない。が、右近の番である以上、礼儀作法などを学ばなければならないそうだ。
帰り路の確保ができたので、遠慮なく山奥へ進んでいく。できればまた四季桜の群れの場所まで行きたい。この間は結局どうやって帰ったのか把握できていなかったので、道がわからないのだ。
しばらく進むと赤松があった。たぶんこの間見たのと同じ松だろう。懐から黄色い布を細く切ったものを取り出して松につける。ポイントとなる木につけようと思って持ってきたものだ。
「これは松茸っていうんだ。ご飯と一緒に炊くとすごくいい香りがするよ」
本来は取れるのは秋なのだが、この国に四季はないから、もしかしたら一年中松茸ご飯が食べられるかもしれない。
「蒼様は物知りでごぜぇますなぁ。わたすも食べてみたいです」
「食べていくといいよ」
「本当でごぜぇますか?楽しみです」
「それなら私も混ぜてもらおうかな。面白そうだし」
雪音は暇になったのか、竹を削って何かを作っている。松茸を取ることにはやっぱり興味はわかないらしい。マイペースな鬼なのか、高貴な身分のせいなのか・・・よくわからない。
「もちろん、かまわないよ」
籠が山菜でいっぱいになったので階段におろす。帰りにここへよればいいだろう。ここからが本番の山歩きだ。どうか四季桜が見つかりますように。
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赤松を出発して、四季桜があると思う方角へ進んだが一向に出会わなかった。
さっきから檜ばかりが乱立していてつまらない。
ピュー
音がして振り返ると、雪音が口に細長い竹をくわえていた。
「何それ?」
「竹笛だよ」
ピューピュー
綺麗な音色が山の中に響く。
意外なことに、雪音は竹笛を楽しそうに吹いている。やっぱり、マイペースな性格なのかもしれない。
「楽しそうだな」
「昔、弟によく作ってやったんだ。それを思い出してね」
ピューピュー
雪音の表情が優しく微笑む。可愛がっていた弟がいたのだろう。
「俺もほしい」
「竹があったら作ってあげるよ。それより少し休憩にしよう。これ以上は奥へ進まない方がいい気もするしね」
「はい。竹藪の匂いが少なくなってきますた。一度階段へ戻った方がいいかもしれねぇです」
「そっか。じゃ、昼を食べて、一度戻ろう」
梅が作ってくれたおにぎりを取り出す。お陽には特大のおにぎりを作ってくれた。さすが、気の利く小鬼だ。
「こんな粗末なものを食べるのは久しぶりだねぇ」
雪音の言葉にギクリとする。しまった。高貴な鬼はおにぎりなんて食べないのか。
「すまない。次はちゃんとした弁当を作ってもらうよ」
「いや、違うよ。誤解を招いてしまったかな。嬉しく思っているんだよ。おにぎりで全然かまわないよ」
「そうなの?」
「左京は過保護でね、私が粗末なものを食べるのを許さないんだ」
「なんかわかるかも・・・俺もよく怒られるよ。姫の自覚を持てとかさ。」
「悪いねぇ、あの子は真面目過ぎるところがあるから」
「あ、ごめん、雪音の番だった」
うっかり左京の愚痴を言ってしまった。困っていると、雪音がクスリと笑う。
「かまわないよ。左京をそんな風に言えるのは要様と蒼くらいかもねぇ」
貴族ではないけれど、鬼の世界にも氏族 という名家がある。妖術が使えたり、秀でた才能がある一族で名前の他に氏を持っている一族のことだ。
左京の家は夏青国では名家中の名家で、焔 という苗字を持っている。焔一族は、鬼火という火を扱えるらしい。
鬼火が見たいといったら、左京に「そのように遊びで使うものではありません」と言って怒られたのを思い出す。固いんだよな、左京は。
そんな一族の長 の番になったということは、雪音の身分もかなり高いのだろう。仕草に品があるのも納得できる。
おにぎりを食べて、一度階段へ戻る。
そこからまた別方向へ探索を続けたが、四季桜の群れの場所は結局わからないし、仙花を見つけることもできなかった。まぁ、こんな日の方が多いのがフィールドワークってやつだ。
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「ほんに、よい香りだねぇ」
梅につくってもらった松茸の炊き込みご飯を雪音は特に気に入ったみたいだ。
約束した通り、夕飯をうちで食べることになった。六つの膳が並ぶ。
なんだか、トリプルデートみたいだ。人の世界ではこんな付き合いはなかったから、少し歯がゆい。
「こっちはちょっと苦いですだ・・・」
山菜の苦みがお陽は苦手だったらしい。
「俺がもらうよ。お陽、今日はご苦労だったね」
右近がお陽の皿から山菜を奪う。二人だけ膳の位置が近い。それにさっきからベタベタと右近がお陽の頬を撫でたりと、イチャイチャが止まらない。なんだか目のやり場に困って要を見ると、「新婚なんです」と耳打ちされた。なるほど、それなら仕方ないかもしれない。
「雪音殿、私が毒見をしますから、そう早く食べないでください」
「友が出してくれた料理の毒見をしようというのかい?困ったねぇ」
こっちは冷戦みたいな空気が流れている。山にいるとき、雪音は存外楽しそうにしていたのに、屋敷へ戻って左京の顔を見るなり表情が硬くなった。まあ、左京が「お怪我は?」とか「なんてことだ、衣に汚れが・・・」とかうるさいから仕方ない気もするが。
「しっかし、閂と姫は前世の記憶を持つっていうのは伝説じゃなくて、本当の話だったんだな。この山菜を食べると、実感するな。こんな料理は鬼の世界にはないからな」
右近が山菜を眺めながら、感慨深げに言う。
「私も、蒼姫を見るまでは要の話は半信半疑だったが、もはや疑う余地もない」
左京も山菜は気に入ったらしい。酒と合うのがいいのかもしれない。
「蒼は、本当に見目麗しいものねぇ。人の世があるのも納得できるというものです」
「お、俺は、美しいとは申し上げておりません。美しさは雪音殿が一番です」
左京が慌てるので、なんだかだんだん可哀そうになってくる。
「俺も、雪音の方が俺なんかより綺麗だって思うよ」
同意を求めようと要を見たが、要は困ったように笑うだけだ。
そうだった。要は俺以外はOut Of 眼中 だった。
「なんていうのかな、蒼姫は独特なんだよな。美しいっていうかそれだけじゃなくて、すごく魅力的に見えるんだよ。んーうまそう、みたいな?」
右近の発言にぎょっとする。うまそうって何?どういうこと?
「わかりますだ、わたすも、ずっとおそばにいたいような気になります」
お陽の言葉にほっとする。うまそうってそういう意味ね。好意的なっていう。
「蒼は童のようで可愛いからねぇ。わたしも、今日はこのまま蒼と一緒に寝てもいいかなぁ、って気になるね」
「な、なにをおっしゃっているのですか!」
「別にいいであろうよ。友と寝屋が一緒でも。私も蒼も同じメス型なのだし。ねぇ、蒼」
雪音が顔を傾けて許しを請うポーズは、ちょっとドキっとする。色っぽい。雪音に誘惑されて嫌という鬼は少ないんじゃないだろうか。
でも、うーむ、どうなのだろう。俺と雪音は同性どうし?的な感じになるのか?
友達だったらいいの?一緒に寝るのって。というか、前世でも友達の家でお泊りとかしたことないし、そもそも友達とかいなかったし。もしかして、ちょっと楽しそう?という気もする。
でも、まてまて、そもそも要は同性なのに、襲ってきたわけで・・・・いや、もうよくわかんない。
「悪いけど、蒼は俺と寝たいから。ね?」
要がこちらへ体を寄せてくる。気づけば酒が入った杯を片手に、俺を膝で囲むように後ろに回ってきた。腰に手が回される。
「お、おい。近いって」
小声で抵抗するものの、要の腕はびくともしない。
それどころか、顔を首筋にうずめてくる。髪があたってくすぐったい。
「山遊びもいいですけど、昼会えないのが寂しいです」
困った番だ。新婚さんにもまけないイチャイチャっぷりをよく発揮できるものだ。
そもそも俺たち二度目の生だからね。
よく俺に飽きないな、と思う。
「おや、これはお邪魔をしてしまっているようだね」
雪音が気を利かせるように、帰宅を申し出て、山菜の会はお開きになった。
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「蒼、ちょっと疲れてますね」
俺の頬をなでながら要が言う。布団に入るとどっと疲れがでてきて、トロンと眠気がやってくる。
「山歩きというよりは、人づきあいに疲れたな」
「でも、楽しそうに見えましたよ」
頬をなでるのに飽きたのか、こんどは額に口づけされる。
「そうか?まぁ、雪音もお陽も、付き合いやすくはあるかも」
「前世では、こういうのあまりなかったですもんね」
「そうだなぁ、トリプルデートみたいだったな」
俺が笑うと、要も笑う。初夏の陽だまりのような笑顔だ。出会ったころは苦手だったこの笑顔も、自分のものになると癒しになるから不思議だ。。
「幸せですね」
「うん」
短くキスをする。確かに幸せだ。このままずっと、今度は長生きしたい。
「蒼の死に顔はやっぱり見たくないですけど、それでも蒼が言ったように、あの過去があったから今があるって思うと、少し楽になりました」
「そうか、それならよかった」
「今日は寝かせてあげます。明日は披露目の儀式の衣装選びとか、一日忙しいですからね」
「え?」
「さすがにそろそろ選ばないとですよ。披露目の儀式は人の世でいう結婚式ですから」
「はぁ?結婚式?聞いてないぞ」
「今言いました。雪音さんとお陽さんも手伝ってくれるそうですから、がんばって・・・」
「おい!寝るな!おまえは大切なことをちょいちょい言わなすぎだ!」
すやすやと寝息を立て始めた要の首を絞めてやろうかと思う。
憂鬱だ。閂ってこの国の領主なわけで、その結婚式ってすごい規模だったりするんじゃないのだろうか?もちろん氏族とかも来るわけだ・・・・
最悪だ。
こいつぅ・・・披露目の儀式が結婚式だって、ギリギリまで俺に伝えなかったのは確信犯に違いない。
くそっ。頬をつねってみるが起きない。いつもはなかなか寝かせてくれないくせに!
明日は、脱走してやる!
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