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第13話
「さあ、もう一度、袱紗 のたたみ方をおさらいしよう」
「めんどくさいなぁ」
俺は今、雪音の指導によりお茶の入れ方を習っている。
閂の番は、様々な儀式に出なければならない。まあ、公務ってやつだ。
正式に番になった俺は、そのために必要なマナーや知識を雪音に習うことになったのだ。
本当に王族みたいだよ、これじゃぁ・・・。
「要様の配慮で、習い事は午前だけになったんだから、よかっただろうに」
「午後は山へ行っていいって条件じゃなきゃ、こんなことやらないよ。それにしても、雪音はなんでもできるなぁ」
「それはまあ、焔 一族の当主の番として知っておくべきだからね」
「大変だね、名家の番は。で、お陽はどうしたの?俺が稽古だから、午後からくることになったの?」
「違うよ。お陽はねぇ・・・・」
「なんだよ?」
「あの子は気が小さいから。今頃布団の上で泣いてるかもねぇ」
「何かあったの?」
話しながらも袱紗をきちんと畳むと、雪音が目を細める。合格だったらしく、頷かれたので、足を崩した。昔から、習って覚えるのは早い。なんでもそこそこできる自分の能力に感謝だ。
「蒼の披露目の儀式の時に、からかわれたんだよ。服装はよかったんだけど、儀式に合わないちぐはぐな小物持ってたらしくてさ」
「へぇ、そんなの気にしなければいいのに」
「蒼は気にしなそうだけど、お陽は右近の番として立派になろうってがんばってるからねぇ」
「右近の家も名家なの?」
お茶を飲んで、菓子を食べる。桜の形をした和菓子みたいなお茶請けだ。あんこが上品な甘さでおいしい。なんでも有名な菓子店で、中町ではやっているらしい。稽古を嫌がるだろう俺のために、雪音が買ってきてくれた、いわゆるご褒美だ。たぶん、要に頼まれたんだと思うけど。
「私の家のような古い名家ではないけど、大富豪の家だよ。夏青国 の貿易を仕切っている家だね。夏青国は、海から魚介、陸から武器を他国へ運んで売りさばいてるんだ。それの元締めが右近殿の丸金 一族だね」
ぶっ・・・・。ちょっとお茶を吹いてしまった。丸金って・・・・前世でずいぶん世話になっていた企業と同じ名前だ。
「そうなんだ」
「難しいことだよ。お陽は平民の出だから、名家のメス型からはずっと影で嫌みを言われるだろうし、家の小間使いからも陰口は絶えないだろうね。お陽はもともと丸金の家の小間使いだったから・・・」
「へぇ、身分違いの恋ってやつ?」
「恋というか、体の相性というか・・・」
「体の相性?」
「その辺は、要様に聞いておくれ。私の口から言えることじゃないから」
「なんだよ。まあ、いいけど」
確かに、お陽は気が弱い。俺に対してもいつも無作法がないか気を使ってくるし、雪音と話す時も、おどおどしている。あれだけ体が大きくて、八百屋の元気なおばちゃんみたいな成りをしているのに、心は純粋で、俺たちの中で一番ピュアだ。そう思うと、なんだか可哀そうになってきた。
それに、貿易の元締めの家って豪邸だろうか?庭に、他国の珍しい植物とかあったりするのかな?と、丸金の家への興味も沸いてくる。
「よし、じゃ、午後は、お陽の見舞いに行こう!」
「えぇ?要様が許してくださるかねぇ」
「そこはあれだ、なんとか説得しよう」
新しい庭、楽しみだ!俺は意気込んで立ち上がった。
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お陽が心配だから見舞いに行きたいという俺に、要は、「庭がみたいだけでしょう?他国の珍しい植物があったりするんじゃないかとか、どうせ思っているんでしょ?」と見事腹の底を言い当ててきたが、「行かせてくれないなら俺は引きこもる、お前とも一緒に寝ない」と駄々をこねる形で、しぶしぶ外出の許可をもらうことができた。
その様子がおもしろかったのか、さっきから雪音がこちらを見てはクスクス笑ってくる。雪音も結構いい性格だ。きっとお陽も、こんな風に影でコソコソ言われて傷ついたのだろう。俺はまったく傷つかないけど。
「ありがとうございます。蒼姫が来てくだされば、お陽も元気が出ると思います」
少しウェーブした金色の髪を揺らしながら、付き添いとしてやってきた右近がにこっと笑う。
要もがっしりしているが、右近はさらに筋肉質だ。この巨体に乗っかられて平気なのは、お陽くらいかもな、と思う。
右近の家は、大富豪にふさわしい大豪邸だった。
しかも、俺の家と違って、洋館だ。中へ入ると、大きな柱時計があった。
あるのか時計?ないのかと思ってたよ!
驚いて時計をジロジロみる。
「唐栗 一族が作った珍しい品だよ。唐栗一族は物に魂を入れることができるんだ。だから、ほら、動いているだろう?」
驚きのシチュエーションだ。実は電気があるのかと思ったが、そうではないらしい。魂で動くカラクリって、怖いよ。呪いの人形的なやつじゃないの?
応接室にはソファーセットが置かれている。ふかふかな座り心地が懐かしい。俺の家にあるのはせいぜいふかふかな座布団だ。
右近にここで待つように言われて、運ばれてきたティーセットに舌鼓を打つ。焼き菓子もなかなかに久しぶりだ。
「俺の家とずいぶん違うな」
「閂の家は神殿造 だからねぇ。神がいた世界の物に似せて作ってあるそうだよ。蒼と要様が普段から着ている服も、今では使われていない様式が多いんだよ。私達の服装も、それに合わせてあるから、気づかないのも無理はないかな」
確かに、俺の服装は袴姿だ。外へ出るときにブーツを履かされたのが以外だったが、ここの使用人達はメイド服みたいなのを着ている。梅が普段身に着けている割烹着ではなく、エプロンというものがこの世界には存在するのだ。
「使用人も多いな」
「蒼の家が少なすぎるよ。重と梅だけって、異常だよ。要様はよほど他の鬼を蒼に近づけたくないんだろうね」
「あー、そういう所あるかもな、あいつ」
「・・・・」
「・・・・」
部屋の外からボーンボーンと柱時計が鳴る音が響く。
「遅くないか?」
「そうだねぇ、お陽が部屋から出てこないのかもね」
「仕方ない、じゃあ、勝手に庭を見させてもらおう」
「お陽を慰めに来たんじゃなかったの?」
「もちろん、慰めに来たさ。もののついでだよ」
ため息をつく雪音を従えて俺は洋館の庭へ出た。着いたときに感激したのだが、この家には広い庭園があるのだ。しかもヨーロッパで見かけるような美しく手入れがされた庭園だ。噴水や彫刻なんかもある。
「きれいだなぁ」
ぶらぶらと歩いていると、ふぁっと心が休まるような香りが風に乗ってやってきた。風上の方へ歩いていくと、ちょうど洋館の裏手にハーブ園があった。
「ハーブもあるのか!」
家と裏庭では出会えなかったラベンダーやミント、ローズマリーなどがたくさん植えられて、風にのって良い香りが漂ってくる。
これは、少しもらって帰りたいな。俺の家の庭にもハーブ園を作るとしよう。
さらに進んでいくと、石垣があった。低い石垣の上に赤やピンクの色鮮やかな花が咲いている。
「ハイビスカスか。南国みたいだな」
「南部を知っているのかい?」
「いや、人の世界の南国だよ。海が近くて暖かい所でよく見かける花なんだよ。この少し白っぽい石垣も」
沖縄みたいだな~と思いながら歩いていく。
「これはお陽の生まれた南部地方でよく見る花だね。この石垣も、南部の物だと思うな。この辺じゃみかけないから」
「へぇ、じゃ、お陽のために右近が作らせたものか。愛されてるな」
石垣の周りをぐるりと歩いていくと、入り口があった。中に高床式の粗末な木製の建物がある。
もしかして?と思うのと同時に、「あーん、あーん」という盛大な鳴き声が聞こえてきた。
「お陽の寝所に来ちゃったみたいだね」
雪音が困った顔でこちらを見る。
「泣いてたな、本当に。まあ、たどり着いたものは仕方ない。訪ねてみよう」
玄関はどこだろうと建物に近づいていくと、裏口からヒソヒソと小声で話す会話が聞こえてきた。
「また田舎者が泣いてるよ」「恥ずかしいことだね」「右近様もさっさと他の番を娶 ればよろしいのに」
使用人達だろう、嫌なものを聞いてしまった。
「嫌なことだ。どこの家も・・・」
雪音が呟く。
階段を見つけて上がってみる。扉のない入り口があり、中へ入ると土間のような場所へ出た。
座敷はさらに一段高くなっており、靴を脱いであがると、畳の広間があった。
泣き声の方へ近づいていく。
「お陽、泣くなよ。陰口なんて気にしな無くて大丈夫だよ。僕がお陽を好きなことに変わりはないんだから」
右近の声が聞こえてくる。どうやらこの部屋らしい。
「お陽、蒼だよ」
俺が声をかけると、泣き声がぴたりと止む。
ふすまが少しだけ開くと、中から困り顔の右近ができた。
「遅いから庭を見させてもらっていたら、お陽の泣き声が聞こえたから、来てみたんだ」
「申し訳ないです。このありさまで・・・」
「お陽、泣いてないで出ておいで。他の者のたわごとなんて聞く耳持たなくていいんだよ」
雪音が子供をあやすように優しく語りかける。
「ぐすん・・・・すいませんだ・・・おらなんて・・・おらなんて・・・ダメな番ですだ・・・」
「そんなことはないよ。元気出して、お陽は素敵な番だよ」
右近も限りなく優しく話しかける。
それでもお陽のすすり泣きは止まらない。
「困ったねぇ」
雪音が頭を抱える。
「あの、申し訳ありません。右近様、お陽様はこの状態ですし、蒼姫様方にはまた日を改めてお詫びに行かれるのがよろしいかと・・・」
別の部屋から現れたのは、女性のような可愛らしい顔をした鬼だった。フリルのついた長いスカートとブラウスの上にエプロンを付けている。
こんな鬼もいるのか・・・・強そうな鬼ばかりだと思っていた。これなら俺の方が強い気がする。
「わたくしもお慰めしたのですが、朝からこの状態でして・・・・」
うるうると輝く瞳を右近に向けているこの鬼の声が、さっきひそひそ話をしていた声の主と同じだと気が付く。そのことに雪音も気が付いたのか、心底嫌そうな顔をしている。
「本当に、申し訳ございません」
右近の袖を掴んで涙目になっているその鬼を見て、なんだか腹がたってくる。
謝る相手間違ってない?さっきから待ってるの、俺たちなんだけど・・・
「いや、お琴 のせいじゃないよ」
優しく右近がお琴と呼ばれた鬼の頭をなでる。
何やってるんだよ右近・・・・バカなのか?
はぁとため息をつく、仕方がない。
右近の家に行く許可を要に貰った時(駄々をこねた時)、要が呟いていた言葉を思い出す。
「仕方がないですね。お陽殿がいないとなると、山歩きさせるわけには行きませんし」
確かに、要はそう言っていた。ということは、お陽がこの状態になると、俺はその都度山へ行けなくなるということだ。この様子だと、これが初めての引きこもりではなさそうだ。ということは、なんとかしなくてはならない。お琴もムカつくし。
ふっと息を吸って、腹に力を入れる。
「私を誰だと思っている?蒼姫ぞ。茶も出さず、このような無礼なふるまい。これが、丸金一族が姫に対するもてなしか!」
急に大声をあげた俺に、その場にいた全員が固まる。
「お陽、さっさと支度をしろ!俺は喉がかわいた。すぐに茶をたてろ!」
俺のすさまじい剣幕に、お陽の泣き声がやみ、代わりに「ひぃ~今すぐ!」と慌てふためく声が返ってきた。
「右近殿、座敷へ通していただきたい」
右近がビクっとした後、「ただちに」と言ってその場を去った。
立ち尽くしていたお琴も、まずいことになった事態に気が付いたのか、そそくさと出ていった。
しばらくすると使用人がわらわらと出てきて、俺と雪音は別の建物にある茶室へ通された。
「大変申し訳ございません。使用人頭の菊 でございます。町へ出ている間に、このようなことになっていようとは」
頭を擦り付けて謝っているのは、年をとった小鬼だった。
まるで梅に謝られているみたいだからやめてほしいと思うものの、ここでやめるわけにはいかない。
俺はだんまりを決め込んで、お陽が茶をたてる姿をじっと見ていた。
「お、おまたせ、すましただ。春桃国 でとれた貴婦人 でございます」
お陽が震える手で茶をだす。貴婦人は最上級の高級茶だ。濃厚ないい香りが漂ってくる。
えっと、どうやるんだっけ、と今朝習ったことを思い出しながら、出されたお茶を飲む。
「雪音の淹れるお茶の方がうまいけど、俺が淹れたお茶よりうまいよ」
いつも通りの俺の声を聞いて、お陽が少しほっとした様子を見せる。
「で、俺の披露目の儀式で小物を間違えたんだって?」
俺が出した話題に、一気にお陽の肩が下がる。
「何がダメだったの?」
「そ、それが・・・よくわかりませんで」
「はぁ?わからないのに泣いていたの?」
「それは・・・その・・・皆様方がわたすの持ってる小物を見て笑ってらっしゃったんで、何かがダメだったとは思うんですけども・・・」
「雪音、何がダメだったかわかる?」
「その日は席が離れていたから、私もちらとしかお陽の姿をみてなくてね。からかわれたらしいことは風の噂で耳に届いたんだけど・・・」
「菊といったか?お陽の披露目の儀式の時の服装と小物を今、準備できる?」
「すぐにっ」
隣の間に控えていた菊が、他の使用人たちに支持を飛ばす。
品物がそろうのに時間はあまりかからなかった。
数匹の鬼が着物やバッグ、髪留め、センスなどを運んで並べていく。
「なるほど」
それを見て雪音が呟いた。
並べられた衣装は、右近の髪の色に近い黄色のドレスと、それに合わせたオレンジのバッグ、紫の髪留めと紫の扇子などだ。
すごい派手だなと思う以外、俺にも何が悪いのかまったくわからない。
「紫の髪留めと扇子がよくなかったね」
すぐにわかったらしい雪音が指摘する。
「なんででしょう?披露目の儀式の色合わせは習いましただ。主役のメス型の方が来ているドレスの色とかぶるドレスはダメ。逆に小物は、祝福の意を込めて、主役の方のドレスに合わせた色を入れたものを選ぶ。蒼様は紫のドレスだったんで、小物に紫を入れただすよ」
「そう、普通の披露目の儀式ならそれが正しいんだけどね。閂の番である姫は、メス型の最上位、最上の敬意を表して、下々の者が祝福の意を込めることすらおこがましいってことで、姫がドレスに使っている色は一切控えるのが習わしなんだよ」
「そうなんですか!」
驚くお陽の向かいで、俺も驚く。ややこしいルールがたくさんあるな・・・・
「丸金一族のような名家なら、衣装を管理している使用人にその知識が無いとは思えないけどねぇ」
雪音がちらりとこちらに視線をよこしてくる。
なるほど、わかっていて黙っていた使用人がいるということだ。
「菊、衣装の管理をしていた使用人を呼べ」
俺の言葉に菊の後ろに控えていたお琴がびくっと肩を揺らす。
「ここにいる、お琴でございます」
こいつか・・・・
「そうか、では、そやつを打ち首にせよ」
俺の言葉にまるで凍ったように全員が動きを止める。まるで息まで止めたようだ。
「お、お待ちください。使用人の不出来は主人の責任。この者の罰は僕が受けましょう」
「何を言っている。そなたは閂の補佐、打ち首にできるはずもない」
話題に入ってきた右近に舌打ちをする。お前がお琴をかばってどうするんだよ。
「では、何か他の制裁を・・・」
「お陽も、こんな不出来な使用人いらぬであろうよ」
「あ・・・あの・・・・打ち首はひどすぎるですだよ」
おずおずとお陽が食い下がる。それでいい。そうじゃなければこの茶番が成り立たない。
「過ぎることではない。俺の披露目の儀式は一度だけ、その一度の儀式に泥をぬったのだ。さあ、その者を連れていけ、打ち首だ」
「あ、蒼様!おねげぇですだ。殺さないでください。お琴は、田舎から出てきたわたすに、いろいろ教えてくれたですだ。最近は・・・その・・・・わたすが右近様の番になってからは、あまり笑ってくれなくなりましたが・・・」
「・・・・」
「おねげぇします」
お陽が頭を下げて土下座のかっこうになる。
「ふぅ・・・仕方ない、お陽が言うなら見逃してやろう」
俺の言葉に、張り詰めた空気にようやく風が通る。
「ところで菊、お陽はいつもこうやって引き籠って泣くのか?」
「その・・・はい・・・・そういうことが多いように思います」
「そうか、お陽、そなたはダメな番だな」
「・・・・」
お陽の目に涙が浮かんでくる。
「お陽、悔しいのなら、明日から雪音に作法を習うことだ。今はダメな番だが、明日どうなるかはお陽次第だ。・・・・今日は長居してしまった。そろそろ帰ろうか」
俺がゆっくりと立ち上がると、下を向いて震えていたお陽がぱっと顔を上げた。
「蒼様・・・明日・・・明日は行きますだ」
「うん。待っているよ」
お陽がにぎりこぶしに力を入れる。
あー、疲れた。明日は山へ行けるかな。
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