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第15話

今日のレッスンは演舞だ。午前中は習い事をする約束を律儀に守らされているのは、礼節を重んじる左京のせいだ。山歩きに興じる俺のことを左京は粗野な童だと思っているらしく、お守り役を任されている雪音を心配して、いろいろ口を出してくる。 正直うっとおしい。目の上のたんこぶとはこいつのことだ。 焔一族の館は、丸金一族の館よりも古風で、広大な敷地にいくつも和風の屋敷が立っている。鬼が住む住居の他にも、道場や庭園、流行りの洋館もあって、今日はその洋館で舞の練習をしている。 「飲み込みは早いようですね」 さきほど教えられた番とセットで踊る舞を要と一曲踊りきると、左京が険しい顔のままうなずく。 社交ダンスを人間だった時に少しやったから、二人で息を合わせて踊ることの要領は得ている。どんなものだ。 「言っただろう。蒼は覚えが早いんだよ」 左京と俺のやり取りが面白いのか、雪音は始終クスクスと笑みをこらえている。 それにしても・・・・ちらっと後ろの二人を見る。 「お陽、とっても上手だったよ。うまくなったね。どの曲も完璧だよ」 「ゆ・・・雪音様のおかげだす」 「いいや、お陽ががんばったからだよ」 右近がお陽の手の甲に口づけすると、お陽が頬を真っ赤に染める。 「可愛いよ、お陽」 さらに、お陽を抱き寄せて額にキスを落とす。 「はぁ~・・・・」 うっかりため息がもれる。朝からイチャイチャと。しかし、自分が蒔いた種なので何も言えない。 お陽は俺にダメだしされた後、猛牛のように気合を入れて雪音のレッスンを受けている。その成果はみるみる現れて、前よりも立ち居振る舞いがそれらしくなった。そんなお陽に右近はさらにベタぼれで、最近は始終こんな感じでイチャついている。 「では、次の曲にまいりましょう。この曲は悲恋天女(ひれんてんにょ)という舞です。天女に恋した領主が天女を鎖で留めて、二人は番になりますが、地上に繋がれた天女は長く生きられず死んでしまいます。ですがその後、二人は星になり愛を輝かせたという話が幹になっています。それを忘れずに踊ってください。まずは見本を。雪音殿、お手を」 「ん」 差し出された右近の手に、雪音がいやいや手を重ねる。そんな表情の雪音に、左京は眉根を下げる。 こっちはこっちで、いつも通りの冷戦状態だ。 二人が手をとると、太鼓と笛の音が洋館に響いた。 番と踊る舞は、祭りなどで披露されるらしい。メス型が花を、オス型が木を表す曲や、海と大地、鳥と獣、というように役割があって、それにそった舞の形がある。 悲恋天女は王道の舞で、俺と要がおそらくこれからたくさん踊る曲らしい。鎖でつながれている型があって、俺は外へ外へ踊って行くのだが、要に腕を引かれて中心へ戻っていく。要を中心に円を描くように踊るから、目が回ってきて足がふらつく。ちょっと苦手な曲だ。 雪音がくるくると右近の周りをまわって踊る。長い手足が目立って美しい。 右近から逃げようと外へ足を進めるも、すぐに引き戻される時の悲しげな表情が、なんとも言えない哀愁を漂わせている。特に、右近に強く抱き留められた時の雪音の表情は、本当に胸が苦しそうで、それでいて拒み切れないという仕草に、目が惹きつけられる。 天女は最初、無理やり地上に留められて涙を流す。しかし領主の絶えない愛にほだされて好きになっていく。雪音の踊りからはその天女の悲しみと、領主への思いが表れているようだ。 「あぁ、この後仕事なんて嫌ですね。家に帰って蒼を抱きたいです」 左京と雪音の踊りに見入っている俺の耳元で、要が囁く。 いつの間にか腰に回された腕に力が入っている。 「おっおい、やめろって」 首に口づけしてくる要を無理やり止めならが、左京と雪音の踊りを見る。 まぁ、雪音の色香に当たられる気持ちはわかる。なんとなく、左京の息遣いも荒い。 午後からは、執務に戻るらしいが、大丈夫なのか?オス型達は・・・。 🔷 欲情し始めるオス型達を制止しながら、舞の稽古を終えて、左京の家で昼食をとることになった。 立派な座敷に通されて、疲れた足を休める。隙あらば体をさわってくる要の手をたたき落としながら・・・。 「ちょっと、お手洗い」 要の執着に疲れた俺は、逃げるようにトイレへ立った。とりあえず、少し触られない時間がほしい。俺だって、触られ続けたら体が反応しそうになる。人の家でそんな醜態はさらしたくない。 トイレの個室で体が落ち着くのを待つ。 「見た?本当に美しいわね、蒼姫様」 「ええ、でもお気が強いらしいわよ。粗相をすると首が飛ぶって噂よ」 「まぁ怖い」 「それにしても、うちはいつお子ができるのかしらね」 「雪音様ではダメでしょう。寝屋だって部屋を別にされているし、左京様がお可哀そうだわ」 「そうよね、早く二の番を娶られるといいのにね。先代は五の番までいたのに、左京様はなかなか選ばれないわねぇ」 「やっぱり血のつながりがいいのかしら」 「血のつながりってなんですか?」 「あら、あなた新入りだから知らないのね。異母兄弟なのよ。左京様と雪音様は」 「兄弟でも番になれるのは平民だけだと思ってました」 「雪音様は鬼火が使えないから、問題ないらしいわ」 「焔一族なら誰でも使えるわけじゃないんですね」 「そうみたいよ。左京様の兄上様たちの中にも使えない鬼がいるみたいだし」 「へぇ、あ、あたし、(かしら)から頼まれたお使いがあったんでした。怒られちゃう」 「私たちもそろそろ行きましょうか、あんまり油を売ってると怒られてしまうわ」 ふぅと息を吐く。座敷から遠いお手洗いを選んでしまったのがいけなかったかもしれない。 それにしても、使用人というのは噂話が好きなものだ。 今聞いてしまった話を反芻する。新しい事実が目白押しだ。 どうやら鬼の世界は一夫多妻制らしい。要が俺以外を番にするとは考えられないが、左京は家の事情がある。名家は後継ぎが必要だろう。雪音に子供を作るつもりがなかったら、他に番を娶る可能性もある。雪音はそれでいいのだろうか?人様の恋愛に口を出すつもりはないが、さきほどの苦しそうに踊っていた雪音の表情を思い出すと、どうも胸がモヤモヤする。雪音が左京とのことで苦しんで自害とか・・・・死んでしまったら困るな。 そろそろ食事の用意もできているだろう。俺は気を取り直して座敷へ戻った。

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