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第16話

「なんでダメなんだよ?」 「蒼はメス型になってからまだ三か月ほどです。町を出歩くには早いです。体の変化にもまだ慣れていないでしょう?」 「別に大丈夫だよ。対して変わらないし。この後は中町の役所で執務するんだろ?だったら、家に戻って山歩きするより、中町を探検した方が要から離れないでいられるじゃないか」 演舞のレッスンの後、左京の家で昼食を取り、要達が中町の役所へ行くというので、俺は中町を探検することにした。なのに、要が頑なに許してくれない。 「いいよ、もう。おまえの許しなんて必要ない。俺は行きたいところへ行く」 要を背にして町へ出ていこうとする俺の腕を要ががっしりと掴む。 「痛い!」 「言うこと聞いてください。ダメなものはダメです。家で帰らないなら、牢屋へいれます。役所に牢屋があるんで、俺の仕事が終わるまでそこにいてください」 「何言って・・・」 要の顔を見て焦る。目が本気だ。こういう目をしている時の要はあなどれない。 「・・・・」 「あと少しだけですから。ね、産土祭り(うぶすなまつり)が終わったくらいには、出歩けると思いますから。俺も祭りが終われば少し仕事も減りますし」 産土祭りは国をあげての大きな祭りらしく、他国からも観光に鬼が来るほどで、要達は祭りの準備でいつも以上に忙しくなっている。今日も本当なら要と一緒に中町を探検できるはずだったのだが、少し問題が出たらしく、行けなくなってしまったのだ。 「蒼、私も街歩きはまだ少し早いと思う。メス型の体調変化を甘く見ない方がいい。左京なんて、一年も外出を許してくれなかったよ」 雪音の言葉に左京が目をそらす。 「そういうものなのか・・・・」 お陽も深く頷いているのをみると、今日は俺が諦めなくてはならないらしい。 「わかったよ。山歩きにする」 「はい。ありがとうございます。雪音殿、お陽殿、蒼をよろしくたのみます」 要が不貞腐れた俺の顔を何度も撫でて、チュッと額にキスをして役場へ行くのを見送り、俺たちは馬車で家へ戻った。 🔷 「今日こそは、仙花を見つけてやる!」 俺は町探検ができなかった憂さを晴らすように、ガツガツ山へ入っていく。 日暮れまでに帰れる距離はわかってきている。それを超えるにはスピードが必要だ。 今日はハイペースで山の深くまで入っている。そろそろ、まだ足を踏み入れていない場所だ。 「かなり来たねぇ」 雪音が額に浮かんだ汗をぬぐう。 「蒼様、大丈夫ですか?息があがってますだ」 「心配いらない。今日は怒りという力がみなぎっているからな。お陽、匂いはまだ辿れるか?」 「はいですだ。もう少しいけます」 「よし!」 俺たちはさらに足を進めた。 さすがに足が疲れてきた頃、日に茜がさしてきた。家に戻らねばならない合図だ。 だがまだ、仙花は見つかっていない。 「蒼、そろそろ引きかえすべきだよ」 「匂いもこのあたりが限界ですだ」 「もう、少しだけ」 俺はやっきになって、あと少し、あと少しと歩みを進めていく。 「いいかげんに」と雪音が口を開けかけた時、遠くで光が漏れるのが目に入った。 頬が紅潮するのがわかる。疲れが吹き飛んでいく。 「あった!仙花だ!」 思い切って斜面を登っていくと、熊笹が密集している地帯に出くわした。 その一部が光り輝いている。一本ではない。密集した熊笹の一部がすべて仙花になっている。 「これは驚いた」 「綺麗ですだ!」 雪音とお陽は仙花を始めてみるらしい。その美しい光景に驚いている。 俺は近づいていって、仙花の灯りを頼りに、図鑑作りに取り掛かる。 風もないのに熊笹が揺れている。熊笹に触れると暖かかった。気脈の力が強く流れ出ているのかもしれない。 離れがたくて、しばらく仙花に魅入っていると、あっという間に陽が落ちてしまった。いいかげん戻らなければ道を失いそうだ。 「少し切っていこう。一晩は輝きが続くから」 雪音が短刀で仙花の熊笹を切って寄越す。光輝く熊笹を松明のようにもって、三人で下山に取り掛かった。 お陽の鼻を頼りに、山を下りて行く。辺りは暗くなってしまい、足場がよく見えない。時折つまずく俺とは違って、お陽も雪音もスタスタと暗い道を歩いていく。夜目が効くのだろうか。ずいぶんと足手まといになってしまっているが、まぁ仕方ない。 「蒼、そこ少し急だから」 「悪い」 差し出された雪音の手をとって、急こう配を降りる。 ふっと息をついた時、遠くで「ワオーン」と遠吠えが聞こえてきた。 狼だ。まずいな。狼に襲われた恐怖を思い出すと鳥肌が立つ。 さらに急いで降りていくと、雪音とお陽が突然立ち止まった。 「蒼、私たちの間へ」 「ん?」 雪音が剣の柄に手を添えて、辺りをぐるりと見る。 お陽が大勢を低くとった。 「わっ!」 木の影から何かが飛び出てきた。ランランと光る黄色い目。狼だ。 思わず頭を両手でかかえてしゃがむ。 すると、ボコンと鈍い音が鳴り、とびかかってきた狼が吹っ飛んだ。驚いてそちらを見ると、猛々しくお陽が腕を振り上げていた。 なぐったのか?狼を?素手で? 「キャン!」 反対をみると、雪音が刀で狼の首を切り落としていた。血しぶきが飛ぶ。 思わず出そうになった悲鳴を飲み込む。 さらに数匹の狼がとびかかってきたが、お陽と雪音がやすやすと返り討ちにし、叶わないと悟ったのか、狼の群れは静かに消えていった。 「つ・・・強いね」 何事もなかったかのように、雪音が近くの葉で刀の血をふき取って鞘にしまう。 お陽も輝く熊笹を拾うと「ふぅ、蒼様大丈夫ですか?」とにっこり笑顔を向けてくる。 これが鬼の力?怖いよ。狼より怖いだろ。なんで普通にしてるんだよ。心拍数あがりまくりの俺が弱いみたいじゃないか。 「狼じゃないけど、お腹も減ったしね、早く帰ろう」 いや、笑えないよその冗談。狼お腹へってたわけ? 「あぅ・・・・狼の匂いで、竹藪の匂いがわからなくなってしまいましただ」 お陽があっちの匂いを嗅ぎ、こっちの匂いを嗅ぐ。 しかしどこも狼の匂いが濃いのだろう。頭をかしげている。 俺でも狼の血の匂いがして気持ちわるいし、この状況で竹藪の匂いは無理だろう。 「困ったねぇ。仕方ない。下っている方へ歩いていこうか」 「南なら星の位置からわかりますだ」 「よっ、さすが海の民だね」 焦っているのは俺だけらしい。気楽な様子で歩き始めた二人に、少しほっとする。 要の影を出すことができたらすぐに戻れるが、二人の前で出すわけにはいかない。 ここは二人についていくしかないだろう。 しばらく歩いていくと、雪音がまた立ち止まった。 また狼の群れかと竦んでいると、「竹笛だ、左京が吹いてる」と雪音が呟いた。 俺には聞こえないが雪音にはわかるらしい。 俺たちは音のする方へ急いだ。 🔷 「要!」 屋敷と出迎えた要達の姿が見えると、ほっと胸をなでおろした。 「蒼、無事でよかったです。日暮れ前に帰る約束でしょう?といっても、仕事が片付かなくて、俺たちもさっき戻ったばかりなんですけど・・・・。仙花見つけたんですか?」 要が怒っている様子も無くて、さらに安心する。 「うん。今日のは熊笹の大群だった」 「熊笹ですか・・・うーん、二本挿しは・・・」 「あ、あとな、狼にあって怖かったんだぞ。でも、雪音とお陽が強かったんだよ」 要が言おうとしていることを察して、慌てて話題を変える。 「鷹に比べたら狼なんて、犬ころみたいなもんですだよ」 「南部では天敵は鷹だもんねぇ。作物もやられるし、とった魚介もやられるしね。お陽、遅くなってごめんね」 右近がお陽を抱き寄せる。 「わたすの方こそ、遅くなってしまいました」 またイチャイチャが始まる。このカップルは、いつまで新婚気分なんだろうか。 「笛の音で助かった。ずいぶん遠くまで通る音をだせるようになったね」 珍しく雪音が、少し困ったような優しい表情で右近に近寄っていく。 「兄上の教えがよかったもので・・・・しかし、心配しました」 「すまなかった。私もこの輝く熊笹の群れに魅入ってしまってね」 雪音が手にもっていた熊笹の束を右近に見せる。引き寄せた右近の腕に収まっている姿を初めて見た。やはり、嫌いというわけではないのだろう。 とういか、なんだろう、熊笹から出るあたたかい光に包まれて、優しい雰囲気が辺り一帯に漂っている。もしかしたら、仙花に何らかの効用があるのかもしれない。 「光草(ひかりぐさ)か、実在するんだね。噂には聞いたことがあるんだけど」 右近がお陽が持っていた熊笹をまじまじと見る。 「仙花(せんか)って言いますだ。蒼姫様が名付け親です」 「仙花かぁ、いい名前だね。高く売れそうだ」 右近が商人の顔をみせる。 「商品にはならないよ。明日の朝には輝きを失ってしまうから」 「そうですか。残念。冬白国(とうはくこく)なら文献が何かあるかなぁ」 「冬白国?」 俺が訪ねると、要が右近を睨みつける。右近が口が滑ったとばかりにギクリと焦りを浮かべる。 「北にある国ですよ」 「なんでそこなら文献があるかもしれないんだ?」 「えっと・・・あそこは大学があるから」 「大学?」 要を見ると、途端に俺から目をそらした。そんなものがこの世界にあるなんて聞いていない。 大学、研究機関か?行ってみたい。行ってみたいぞ! 「今日はもう帰ろう。遅いし。ねっ」 俺の目が輝いたのを見た右近が、罰が悪そうに踵を返す。 「大学か・・・ふーん、大学ね」 まぁ、街歩きさえ許されていない今、話をしても無駄だろう。 でも、いつか、もっとこの世界に慣れたら、行ってみたいなぁ。いいね、鬼の国! 仙花の効用か、大学という響きのせいか、俺は楽しい気分で帰路についた。

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