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第18話

今日は待ちに待った産土祭(うぶすなさい)だ。中町にやぐらが組まれ、それを中心に東西南北に延びる大通りに夜店が並ぶ。日本のお祭りと変わらない物もあれば、唐栗(からくり)一族が作った動く小さな人形など、鬼の世界ならではの物も売られている。 産土祭は、子孫繁栄、商売繁盛、豊作などありとあらゆる縁起を担いだ祭りらしい。なんといっても産土の神が実在するわけで、その神を称える祭りなのだから、それは国を挙げての一大イベントになるわけだ。 本当は要と夜店を見て歩きたかったのだが、閂とその補佐の三役は、祭りの始まりを知らせる太鼓を打ち鳴らす儀式があるらしく、朝から出かけて行ってしまった。 俺もその儀式では役目があるから、ぶらぶらと歩けるのは祭りが始まる前の今だけだ。 「で、初めての発情期はどうだったんだい?五日続いたんだろう?」 夜店で買った風車をくるくる回しながら雪音がちゃかしてくる。竹笛といい、案外、こういう玩具が好きらしい。 「うるさい、その話はいい」 「最初から珍情剤(ちんじょうざい)を使うわけにはいきませんから、大変ですだね。私もまだ、発情期中は右近様にお仕事休んでもらってますだ」 お陽が焼きとおもろこしを豪快に食べながら言う。香ばしい醤油の匂いがたまらない。 「ん?珍情剤って何?薬?薬があるのか?」 「おや、お陽ったらいらないことを言ってしまったんじゃない?要様は薬を蒼に使うつもりはなさそうだよ」 「あ、いけねぇです」 お陽が焦る。しかし、聞かなかったことにはできない。要のやつ、また大切なことを隠していたらしい。 「雪音はその薬使うのか?」 「あたり前だよ。左京に醜態さらすくらいなら死んだ方がましだね。初めの頃は発情期が来るたびに死のうと思ったもんだよ」 「雪音はプライドが高いからなぁ。プライドなんて持ってても何の役にもたたないぞ」 「蒼にはわからないさ。ささ、そろそろ宴の間にいかないといけない時間だよ」 「えぇ、もうそんな時間か」 後ろ髪引かれながらも、要のことも気になるし、そそくさと宴の間に移動した。 🔷 ピーヒョロロ 笛の音が始まった。 宴の間は国の要職を持つ鬼だけが入れる食事場所のようなもので、やぐらの高さにあわせて組まれている。目の前がやぐらで、太鼓のバチを持つ要がよく見えた。 宴の間の赤い敷物と空を飾る赤い提灯が夜空によく映える。 俺が最前列の特等席に着くと、要が大太鼓を大きく打ち鳴らした。 三人とも上半身の着物を腰下へ下ろしている。引き締まった筋肉が太鼓の音と共に動く。 出された食事に手を出すのも忘れて、やぐらの上で太鼓を叩く要に魅入ってしまった。 やばい、かっこいい。あの腕に毎夜抱かれていると思うと、なんだか胸がキュンとする。 左隣を見ると、興奮したお陽が息をはぁはぁ言わせている。 右近の筋肉もかなりいい。ふわっとした笑顔と焼けた肌。金色の髪が揺れるのが派手だ。 人の世界で言う、サーファーみたいだなと思う。 右隣を見ると、雪音が息を詰まらせたような顔でやぐらの上に視線を送っていた。口がヘの字に結ばれている。まるでゆるみそうになる表情を無理やり留めているみたいだ。なんだかんだ言っても、やっぱり雪音も左京が好きなんだろうな、と最近思う。 一曲終わると、ものすごい歓声が吹き荒れた。祭りの始まりだ。 やぐらの上の三人が宴の間までかけられた橋を渡ってこちらへやってくる。 近くで見ると三人ともうっすら汗をかいていて、すごくエロイ。 俺は打ち合わせどおり、自分の腰に巻かれていた紐を取り、それを要の頭に巻く。産土神はお産の神であり、メス型を象徴する神でもある。番のメス型から腰ひもを受け取ることで、祝福を表すとのことだ。 俺が腰ひもを要の頭に巻き終わると、歓声が沸いた。 「か、かっこいいぞ」 たぶん赤く染まっているだろう頬を隠しながらそっと言うと、要が一瞬目を見開いて、口づけしてきた。 観客が再び沸く。 「あと一曲で解放されますから、少し待っていてください」 「うん」 要達がやってきた橋を戻ってやぐらに戻ると、再び曲が始まった。今度はさっきよりもテンポのいい曲だ。 「蒼姫様、杯をどうぞ。私、警部省の長、焔雲京(ほむらうんきょう)の番の(かえで)でございます」 「あ、どうも」 俺たちの後ろには、三役の下にあたる各省の長の番が並んで座っている。警部省は治安を任されている省で、鬼兵隊も属している。祭りの前に雪音から講義を受けたのでとりあえずは頭に入っているが、実際に会うのは初めてだ。 焔雲京は左京の兄だ。警部省の長は焔一族から出るのが暗黙のルールらしい。しがらみってやつだろう。一番末っ子の左京が一族の長になり、三役を任されている辺りは、実力主義の鬼らしいが。 楓はお陽にも酒の杯をついだが、雪音には目もくれず後ろへ帰っていった。 内心冷や冷やする。どうして左京の番に杯をささげないのだろうか。普通に考えて、一族の長の番の方が位は上だろうに。 雪音をちらりと盗み見るが、顔色一つ変えず、食事を口に運んでいる。 異母兄弟、確か左京の家の手洗いで噂話をしていた使用人たちがそう言っていた。左京が末っ子ということは、雪音は左京の兄にあたるということだ。使用人や楓の反応を見る限り、雪音が番であることは一族の中では良く思われていないのだろう。ということは、左京が強引に雪音を番にしたということだ。 複雑すぎるな・・・ 楓から受けた杯を飲む。俺にも立場がある。楓を邪険にするわけにもいかない。 どうしたもんかなと思っていると、曲が終わり、要達が戻ってきた。 オス型の膳が用意され、宴の間がにぎやかになる。 「お疲れ様」 「蒼、二曲目はあんまり聞いてなかったでしょう」 「バカ、大きな声で言うな。いろいろあるんだよ」 ちらっと後ろを振り返る。各省の長も、やぐらの一つ下の段で太鼓を叩いていた。要職についている鬼は最初の伝統的な二曲だけ演奏するらしく、それが終わると、他の鬼達も要達と一緒に戻ってきたのだ。楓の隣に座っているのが雲京だろう。なるほど、美しい鬼だ。髪は短いが左京と少し似ている。 「食事が進んでないですね。屋台で何か食べましたか?」 「あぁ、いろいろ食べたぞ。ソースもあるんだな。焼きそばなんて久しぶりに食べたよ。梅が作ってくれるのは精進料理って感じの物ばっかりだからなぁ」 「閂の食事は、基本的に夏青国で作られた物でまかなうのがならわしなんです。人の世で言う外来品系は春桃国(しゅんとうこく)からの輸入品です。ソースもそうですね」 「へぇ。そうなのか。俺もいつかいける?」 「視察や外交も閂の仕事でありますから、そのうち一緒にいけると思いますよ」 「それは良かった」 「食事あんまりしないなら、こっち来てください」 「いや・・・膝の上は・・・」 「いいから」 「ちょっ・・・」 強引に引き寄せられ要の膝の中におさまる。閂が番にデレデレでいいのだろうか? 後ろから抱きしめられると、胸がキュンとなる。今日の要はちょっとあれだ、かっこよすぎるんだ。 照れ隠しで要の頬をなでなですると、要が嬉しそうに目を細める。 「おや、仲がよろしいことで」 後ろから声がかかる。要の肩越しに視線を送ると、雲京が立っていた。 「雲京殿、お疲れ様です」 「いや、要様こそ」 雲京が要の杯に酒をつぐ。 近くで見ると左京よりも厳つい顔をしている。顔の皺が濃い。左京よりも怖そうだ。 「気に入らないと使用人の首を切るとの噂でしたが、可愛らしい姫君ですな」 右近の家でうった芝居が、国中に広がっているようだ。楓しか挨拶にこなかったのは、もしかしたらみんなが俺を恐れているせいかもしれない、とここで初めて気が付いた。まぁ、その方が都合がいい。気楽に話しかけられるとめんどうだ。 雲京に一瞥くれて、ふいとそっぽを向いてやる。 「すまない。気難しい姫でしてね」 要が愛想笑いをする。 「雪音が姫様の共をしていると聞きました。あれでは不十分ではないですかな?」 その場の空気が一気に凍る。 「兄上、我が番を侮辱することは、たとえ兄上であろうと許せません」 目を吊り上げた左京がこちらへ言い放つ。 「左京。蒼姫様は美しく可愛らしい方だ。雪音では相手にふさわしくない。雪音はメス型にしては愛嬌というものがまったくない。落ちたオス型であろうよ」 「なんと、ふざけた物言いを・・・・!」 左京が立ち上がる。 「そろそろ二の番も必要であろうよ。お前が一向にことを進めぬからいけぬのだ。長なら焔一族のことを考えよ。」 雲京が口角を上げる。 「うるさいなぁ。俺は祭りを楽しんでいるんだ。兄弟喧嘩ならよそでやってくれ」 仕方ない、要が止めに入るわけにもいかないだろうし、姫モード発動だ。 「これは失礼いたしました。身内の恥でございます。紅葉(もみじ)、ここへ参れ」 雲京に呼ばれて後ろからやってきたのは、瞳がくりっとした可愛らしい鬼だ。背も俺より低いし、華奢な体をしている。 「我が番の弟、紅葉にございます。左京の二の番にと考えています故、紅葉も蒼姫様のお供に加えていただきだい。きっと気に入ると思います。器量の良い美鬼(びき)ですゆえ」 驚いて、うっかり手にしていた杯を落としそうになる。 え・・・えぇ・・・・ どうするのこれ、二の番って、お共って・・・・・ 「まぁまぁ、蒼姫の機嫌が悪くなると大変なので、雲京殿、その辺にしましょうよ。紅葉殿、久しいですね。秋紫国から取り寄せたお着物、よくお似合いです。いつも御ひいきにしていただきありがとうございます。楓様もご挨拶が遅れました。お陽、杯をもっておくれ」 絶句していると、右近が立ち上がって入ってきてくれた。さすが、商売人。この恐ろしい空気の中、ヘラヘラとよく口が回るものだ。 「はい。お酌しますだ」 お陽が立ち上がると、紅葉が姉のところへ下がった。 「まぁ、お陽様にいただけるなんて」とか、楓と紅葉の愛らしい声が響く。 「お陽ありがとう」と胸をなでおろす。雲京も帰っていったので、左京も自分の席に座りなおした。 そんな中、雪音は、どこいく風といった感じて、なんの感情も顔に出さず、一人酒を煽っていた。 どうなるんだろう、これ、まずいんじゃないの? こういうのは苦手だ。はぁとため息をついて要にもたれる。 「お前は、楽しそうだな」 「蒼とお祭りデートしてみたかったんで。あとで宴席を抜けて夜店見てまわりましょうか」 「こっそり抜けるとか無理だろ・・・。てかいいのか?雲京あのままにして。左京は友達なんだろう?」 「俺が口を出せることでもないですし。なるようにしかならないですよ」 「要って、俺に関すること以外は、淡泊だよな・・・」 「本気を出すところをわきまえているだけですよ」 「本気だすところが独特だけどな・・・」 ピーヒョロヒョロ。笛の音が響く。 熱気と夜空と赤い提灯。体を包み込む厚い胸板。 祭りっていいなぁと、酒を煽る。 雪音と左京のことは俺が考えても確かに仕方のないことだ。俺は純粋に祭りを楽しむことにした。

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