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第19話

「蒼姫様、お供できて光栄でございます」 目をキラキラ輝かせて、ふんわりカールした髪を揺らす紅葉を見て唖然とする。 一体なぜこうなった?雪音に視線を送るが、一向に合わない。こっち向けよ。 紅葉の後ろに並んでいる要、左京、右近を睨む。 さっきから三人とも、神に祈るように手を合わせて、お願いのポーズを取っている。 「紅葉殿、少しお待ちください」 作り笑いを残して、俺はオス型三匹を強引に引きずって部屋の外に出た。 「なんで、紅葉がお供に来てるわけ?」 「あははは・・・・」 「・・・・・」 「すいません・・・。実は、今年、警部省の予算を減らす計画を立てているんですが、雲京殿が反対して困っていたんです。そしたら祭りの後、紅葉殿を一日でいいから蒼のお供に加えてくれたら考えてもいいって雲京殿から言われまして。蒼、一日の辛抱です。ここは、俺を助けると思って我慢してください。ほら、たまにはカルタ遊びとか、山歩きじゃなくて部屋で遊ぶのもいいと思うんです」 要が悪びれた様子もなく言ってくる。 「俺がおまえの真意を理解できないとでも思っているのか?」 「えー・・・とっ」 要の目的は雲京の説得とかじゃない。昼にやりたいんだ。最近、午前の稽古が終わると昼飯を持って急いで山へ入るから、昼に要に会うことはまずない。だから、山歩きなんてできなそうな紅葉を寄越すことに賛成しているのだ。昼にセックスしたいだけだろ! 「蒼姫様、僕からもお願いです。実は紅葉殿の家から真珠を頼まれていたんですが、まがい物がまざっていたことが発覚して、ちょっとまずいんですよ。まがい物がまぎれていたことは口外しないから、紅葉殿のお供を推してくれって言われちゃいまして・・・」 右近が手を合わせながら言ってくる。 「で、わかりましたって言ったわけだ」 「あ、その、はい」 どいつもこいつも! 「で、左京は?紅葉をお供に加えていいわけ?」 「・・・雪音殿には内密にお願いしたいのですが、今朝毒味の者から、雪音殿の朝食に毒がもられていたと報告があったのです。このタイミング、おそらく兄上でしょう。紅葉殿を断れば、雪音殿の身が危ういかもしれません」 「毒?ちょ・・・それは・・・・」 「蒼姫は草花の毒にも通じておられるか?」 「まぁ、それなりにはね」 「そうですか。では、蒼姫もお気をつけください」 毒かぁ・・・そんな理由、断れないだろうが。 名家って怖いなぁ。雪音が死んだら困る。仕方がないと肩を落胆させる。あのキャピキャピな鬼と一緒にいなくちゃいけのか・・・。だが、要の目論見は断じて阻止しなくてはならない。今日は、逆に、朝から山歩きしてやる! 「わかった。紅葉をお供に加えよう。その代わり、俺は朝から山へ行く!」 「え?蒼、それはないですよ。それじゃ意味が・・・」 うろたえる要とは逆に、右近と左京が「ありがとう!」「感謝いたします」と頭を下げた。 「さ、政務にいってこい!」 「え、まった、あぁ・・・・」 右近と左京に引きずられていく要を見送り、俺は修羅場とかしたメス型陣へ戻った。 🔷 「紅葉殿、早く登ってきてください」 遅れて歩く紅葉にため息をつく。 「も、申し訳ございません」 それでも一生懸命登ってくる紅葉を、雪音が冷たい表情で見下ろしている。 お陽はどうしたらいいのかと、オロオロするばかりだ。 鬼にもいろいろ種類があることは、この前の祭りで知った。 鬼の大半は梅や重のような牙も角もある小鬼だ。人に近い容姿を持った鬼は少ない。 美鬼(びき)とは特に美しい容姿を持った鬼を指すらしい。紅葉の家は美鬼を出す家として有名な白樺(しらかば)一族という名家だ。左京の母親も白樺一族の出とのことだ。 メス型として番にするなら、紅葉のような華奢で美しい鬼が良いというのが、鬼の常識らしい。雪音は美しい鬼だが、メス型としては良かれとはされないということを、俺は祭りの後に知った。雲京が言っていた「メス堕ちしたオス型」とは、雪音のような強いメス型の鬼を揶揄するセリフだ。 「もう少し登ったら昼食にしよう」 せっかく朝から山歩きしているので、もっと先へ進みたかったが、紅葉の歩みが遅いせいでまだあまり深くまで来れていない。俺は今日何度目かわからないため息をついた。 少し開けた場所があったので、各自適当に座って昼食をとることにした。 俺が握り飯を食べ始めるのを見て、紅葉が目を見開いた。梅が作ってくれた紅葉用の弁当を、紅葉が恐る恐る開ける。中身はもちろん握り飯だ。それを見て、紅葉は愕然としたようだった。 粗末な物。そういえば、雪音が最初の山歩きでそう言っていたのを思い出す。握り飯なんて普段食べないのかもしれない。俺は結構好きだけど。 「あ、あの、蒼姫様、午後は戻って香遊びなどいかがでしょうか」 弁当の包みをなかったことのように戻して紅葉が言う。 「興味ない」 「では、お庭で花摘みなど」 「紅葉殿では俺のお供はできないよ。わかったのなら、明日からは来ないことだ」 「い、いえ。大丈夫でございます。蒼姫様のためなら、山歩きできるようになります」 「俺のためじゃなくて、自分のためだろう?そんなに左京の番になりたいの?」 「それは、その・・・なりたいです。白樺一族は名家の番になる家柄です。焔一族の長である左京様の番なら、二の番でも十分でございます」 紅葉の目に力がやどる。名声、誉、そういったものへの情熱だろう。 「そう。でも、左京が愛しているのは雪音だけだよ」 「それは、きっと哀れみでございましょう」 雪音をちらと見る紅葉の視線に嫌なものを感じる。 「それに、雪音様は左京様をお慕いしていないご様子。ならば、早く、その席を辞退すべきだと存じ上げます。そもそも、平民の血が流れている鬼を一の番にするべきではないのです。蒼姫様のお供にもふさわしいとは思えません」 平民の血。 ということは、左京の母は平民の出ということだ。異母兄弟に加えて、母親の家柄、なんとも複雑なことだ。 「番の位さえ与えてもらえなかったメス型の子など・・・」 紅葉がそこまで言うと、雪音が立ち上がって剣の柄に手を添える。 「離縁もいいかもしれない。そなたの首を土産にしようか」 雪音の静かな怒りに、紅葉がごくりと唾を飲み込む。 「雪音、らしくないぞ」 俺の言葉にしぶしぶ雪音が腰をおろす。 「紅葉殿。飯を食わねば体がもちませんよ」 「あの・・・申し訳ありません。先ほど足をくじいてしまったようで・・・」 紅葉の足元を見ると、右足のくるぶしがぷっくりと膨れ上がっていた。 はぁ、と俺は深いため息をはき、下山を余儀なくされた。

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