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第21話番外編(雪音と左京)

夜の庭に、月明かりに照らされた薄紅色の花を見つけて、ふと風を思い出した。 あの日、この国には珍しくひんやりする風が、突風のように吹いていた。 まだ剣術を覚える技量は無いと言われ、道場に行くこともできず。ぶらぶらと庭を歩いていた時だっただろうか。 遊び相手だった乳母も、いつまでも甘やかすから育たないのだという理由で奪われてしまった。読み書きが苦手だ。本に書かれた字を見ると眩暈がする。母に会えば、ため息ばかりつかれた。いつまでたってもろくに読むことすらできない俺を、兄たちがバカにしているのにももう慣れた。 ふと、風に乗って甲高い音が聞こえた気がした。 耳を澄ます。やはり何か音が聞こえる。笛の音だろうか。 吹き荒れる風に黒髪が持っていかれるのも構わず、俺は音の方へと足を向けた。 大きな桜の木から花弁が舞っている。 あぁ、この風で全て無くなってしまうだろうと、その木を見上げた。 桜の木の中に誰かがいる。太い枝に腰かけて、笛を吹いている。 ピューピューと、もの悲しいその音に惹かれた。 聞き入っていると、枝が揺れて、笛吹きの顔を隠していた視界が晴れた。 薄い色の髪。透けるように白い肌。 なんと、美しい姿だろうか。 これが人であろうか?人は恐ろしく美しいと聞いたことがある。 驚いて見上げたままでいると、笛吹きは俺に気づき、木から降りてきた。 「どうしたんだい?迷子かい?」 柔らかく優しい声。 「そなたは人か?」 「人?おもしろいことを言う。名前は?」 「左京だ」 「左京・・・・おや、一番末の弟の名前と一緒だね」 「そなたの名前はなんだ?」 「私の名前は雪音だよ」 「雪音は俺の兄上だ。一番強くて一番美しい鬼だ。みながそう言っている。俺は道場に行くことを許されていないから、会ったことはないけれど・・・」 「そうかい。それは奇遇だね。私も、もう道場へ行くつもりはないんだ。母がいなくなってしまったから」 「悲しいのか?」 今にも泣き出しそうな悲しい顔すら美しく、胸が高鳴る。 「暇なら笛を作ってやろう」 「作れるのか?」 「あぁ、簡単さ。まずは竹を探さないとね」 手が差し出され、何かと思って眺めていると、手を取られた。 乳母以外と手を繋ぐのは初めてだった。 胸がドキドキする。嫌な気持ちがどこかへ行ってしまうようだった。 欲しい。この手が欲しい。ずっとずっとつないでいたい。そう思いながら、強い風に吹かれていた。 🔷 「何をしているのです?ボーっとして」 「雪音殿、庭に花が咲いていたので見ていました」 「おや、可愛らしい花だね。蒼に持って行ってやろうか」 「蒼姫には借りができてしまいましたからね。それより何の騒ぎですか?」 先ほどから、使用人が廊下を行ったり来たりしている。もう夕餉も終わったというのに騒がしい。 「ん、物を移動してもらっているんだよ」 「物?」 「私の寝具やら寝間着やらを、そなたの部屋にね」 「そ、それは」 聞き間違いではないだろうか。披露目の儀式を終えても、同じ部屋で寝てくれなかったというのに。 「一人でいると、また毒を盛られるかもしれないからね。身を守らなければ、共に生きることもできないだろう?」 「兄上・・・」 思わず腕を引いて抱きしめる。艶のある香りが漂ってくる。 雪音が好んで昔からよく焚いている白檀の香りだ。 拒まれてしまうだろうか?おそるおそる頬に手を添える。 恥じらう表情に心臓が高鳴る。 そっと口づけする。 口づけすら久方ぶりだ。 「まだもう少しかかるだろうから、風呂でも入ろうか」 「ふ、ふろ?私と一緒に入るのですか?」 「そうだよ。他に誰がいる?」 ふふっと笑って歩き出す雪音の後を、狐に包まれたような心持(こころもち)で追いかける。 夢であってくれるな。夢であってくれるな。あぁどうか、この幸せが嘘ではないように。 🔷 「んっ・・・左京・・・いつまで口づけしているつもりだい?」 吸っても吸っても足りない。この美しい唇を永遠に自分の物にしていたい。 「では、こちらも」 「あっ・・・」 ツンとなったそれを口に含む。舌でクルクルと撫でまわす。 色白の胸の中で紅色に染まるそれは、花よりも美しい。 「あっ・・・あっ」 我慢している声もたまらない。 「もう・・・そなたも、限界であろう」 大きく反り立ったアレを握られると、カッと頭に血が上る。 「ほら、ここにいいよ、濡れているだろう?」 大きく足を広げ、細い指で自分の穴を広げている雪音に、頭がクラクラする。 我慢しろと言われても、絶対に無理だ。本能に理性が全部もっていかれる。 「あっ」 思い切り入れる。締め付けてくる中が愛おしい。 「あっ」 「声を出してください・・・くっ・・聞きたい」 我慢できないほどにしてやろう。奥へ奥へと勢いよく突いていく。 「あっ・・・んっ・・・・やっ」 「聞かせてくれないなら、口などいりませんね」 もう一度口づける。 「んっ・・・んっ」 口の中で喘ぐ雪音が愛おしい。 あぁ、もう限界だ。 雪音の中に欲を吐き出す。 「はぁ・・・はぁ・・・あっ・・・待って」 吐き出した欲の次からすぐにさらなる欲が出てくる。待つことなどできない。 「あっ」 「雪音殿・・・・ゆきね・・・・くっ」 「ああんっ」 皮肉なことに、剣の才も、学の才も、兄弟の中で一番多く与えれたのは番でもないメス型から生まれた鬼だった。この兄が苦も無くできるようになったことを、俺は何年も修練を重ねてできるようになってきた。 いつも涼しい顔をしてなんでもこなす兄。優しい笑顔とは裏腹の誰も寄せ付けない冷たさを持つ兄。 番にすると決めて、強引に犯したあの夜も、嫌われるとわかっていても興奮が冷めやらなかった。 「あっ・・・やぁ・・・左京・・・もうやめて・・・」 この兄がこんな顔をするなんて。 赤く頬を染め、余裕なく息を吐き、気持ちよさそうに目を潤ませる。 たまらない。もっとひどく犯したくなる。オスの本能が呼び覚まされる。 剣も学も嫌いだった。ただ風に漂う雲を見ているのが好きだった。 それなのに、この兄に会ってから、心に火が付いてしまった。 他のオスに取られたくない。ならば、誰よりも強く賢くならなければ。 「やめられません。お預けをくらったオスがどうなるか、体で覚えてください」 「ああっ・・・あん」 腰を思い切り全力で振る。中が締め付けられる。快感に意識がもっていかれそうになる。 でも、まだ。まだだ。覚えてもらわなければ。俺なしで生きられない体にしなければ。 「好きです。好きです」 「ひゃっ・・・ああぁ・・・あぁ・・・・左京ぉ・・・」 🔷 朝起きて隣を見る。誰もいない。あれは夢だったのだろうか。 頭が痛い。 「寝坊助だねぇ。早く起きておいで」 顔を洗って来たのだろう。髪が少し濡れている。 「お身体は?」 「大丈夫だよ。私だからね。他のメス型なら、死んでいたかもしれないね」 「申し訳ありません」 昨晩は抱き続けて、気が付くと外が青白くなっていた。 ドロドロに汚れた布団が綺麗になっている。朝起きて、雪音が処理したのだろう。 「さぁ、朝餉にしよう」 「はい」 🔷 「ゆ、雪音殿・・・これは?」 俺の膝の中に座って食事をし始めた雪音に困惑する。 膳もぐちゃぐちゃに置かれて、どちらの椀かわからなくなってしまった。 「こうやって食べていれば、毒など盛られないだろう?私が食べるか左京が食べるかわからないのだから」 「そ、そうですが・・・んっ」 突然口づけされる。甘じょっぱい。漬物が口に放り込まれた。 「口づけもしておくといいだろうかね」 「んっ・・・・ぷはっ・・・兄上っ」 思い切り舌を淹れられた。雪音が悪戯を含んだ笑みを浮かべている。 「見られています」 先ほどから、通りかかる使用人たちがこちらを見ては驚いたように走り去っていくのが目の端に止まり続けている。 「見られなくては意味がないだろう?私たちがこうやって食事をしていると、噂が広まらねば意味がない」 「ほら、おまえもお食べ」 雪音が膝の中から出てくれたので、箸がやっともてる。 それでも、膝と膝は密着したままだし、時折顔を肩にもたれかけてくるので、気が気でない。 「これからは、離れられるのは、蒼の家に行った時くらいだね。この家で離れるのはやめておこう。そすれば毒味役を買う必要もないし、使用人を信用できなくて、お前が気をもむこともないだろう」 「ま、毎日こうやって食べるのですか?」 「当り前だろう。食事は全部こうやって食べるんだよ。左京、ふふ、嬉しいだろう?」 「んっ・・・兄上」 次の口づけは、味噌汁がやってきた。 もう、何を食べているのかわからない。 「昨日あれだけしたのに、まだしたいんだねぇ」 「お、おやめください。こ、これは・・・雪音殿のせいです」 反応してしまったアレをツンと指で弾かれる。 「ふふ、おろかで可愛い弟だねぇ」 夢であってくれるな。 夢であってくれるな。 あの桜の木はどうなっただろうか? 今ならば、また俺のためにあの笛を吹いてくれるだろうか。 愛しくて抱き寄せると、どうしたのかと雪音が顔をかしげる。 あまりに可愛らしくて、抱きかかえて立ち上がった。 「こ、こら、左京、まだ残っているだろう」 「続きは寝所で食べるとしましょう。あなたと一緒に」

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