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第26話

パン、パン、とクラッカーを鳴らしたような音が町中に響き渡る。 色とりどりの紙吹雪が観客席から闘技場へ投げ込まれる。 その様子は、桜吹雪のようだ。 滞在中に、格闘技大会が開かれるというので、要と左京が参加することになった。 要は体術の部、左京は剣術の部に出る予定だ。 楕円形の闘技場は鬼でいっぱいだ。毎年行われる格闘技大会は春桃国では大人気のイベントらしい。 「母様、父様はまだでないの?」 「うん、剣の部にはでないからね、あ、こら、春啓(しゅんけい)(かぶと)、喧嘩しないの」 華が四人の子どもをあやしている。 まさか四人も子供がいるとは思っていなかった。子供好きな華らしいなとも思う。 「うるさくて申し訳ありません」 申し訳なさそうな顔で俺の隣に座っているのは次男にあたる桜華(おうか)だ。長男の春啓(しゅんけい)はやんちゃで明らかに啓介に似ているが、桜華は華に似て優しい雰囲気をまとっている。 「小さくて可愛いねぇ」 雪音の膝の上にちょこんと乗っているのは末っ子の(ひな)だ。 くりっとした目が可愛い。 「ほっぺもぽよぽよだね」 「雪音、そんなに触ったら嫌がられるぞ」 「そうかい?子供は触られるのが好きなもんだよ。左京もこうやって頬を撫でてやると喜んだよ」 それはなんか違う気もしたが、雛はニコニコしているのでつっこまないことにした。 「お、始まるかな」 喝采と共に格闘技大会が始まった。 🔷 「なんだよ、左京の圧勝じゃないか」 剣術の部は左京が優勝した。 そもそもどの鬼も左京の足元にも及ばないようで、試合が始まってもものの五分で終わってしまう。 観客も盛り上がり損ねている。さすが左京、空気を冷たくするのが得意だ。 「まあねぇ、鍛錬の差もあるけど、経験の差が大きいかもね」 「経験の差なんかあるのか?」 「夏青国では、死者がでない決闘なんてやらないからね。試合はいつも命がけなんだよ。左京は死線をなんどもくぐってきているからねぇ。負ける時は死ぬ時だという覚悟があるのとないのでは、すべてが違ってくるんだよ」 「うちの国って危ない国だな・・・・」 「閂を決める試合も、夏青国では殺しは法に触れないよ。他の国では殺しは無しみたいだけど」 「そんなのに要は出たのか?」 「そうだよ。出て、優勝したから閂なんだよ」 「左京と要も戦ったのか?」 「いや、閂は平民から選ばれるしきたりがあるからね、左京は閂を決める決闘には出ていないよ」 「そうなのか。名家からは出ないってことだな。不思議だな。閂の地位を欲しがりそうなのに」 「言い伝えによると産土の神と冥府の神が決めたしきたりみたいだね。身分を隠して名家から出た鬼が閂になったこともあるみたいだけど、早死にするって言われてる。ただの迷信かと思っていたけど、要様と蒼に出会って理由がよくわかったよ。姫が降りない閂は邪気で死んでしまうんだろう?」 「ああ、そうだな。ってことは、人からの生まれ変わりは平民に限定されるってことだな」 「事実を隠しているわけじゃないんだろうけど、閂は人の生まれ変わりで、姫もその番っていうのは、夢物語にしか思えないしねぇ。閂と話せる鬼は少ないから、広がらないのかもしれないね。事実、私ですら、迷信かおとぎ話だとしか思っていなかったからねぇ」 「華さんは、先代の姫と会ったことある?」 眠くなったのかぐずり始めた雛を雪音から受け取って、雛の背中をトントン叩いている華の姿は母親そのものだ。 「ないですね。僕が降りてきた時はもう啓君が閂だったし、啓君も、先代の閂には会えなかったみたいですよ。前世の記憶がはっきりと戻った時には、もう亡くなっていたみたいです」 「閂が死ぬと、閂を決める戦いが行われるの?」 「夏青国では、そうだね。十年間首位を守り続けたものが閂になれるんだ」 「春桃国も同じだと聞きましたよ」 「十年も?」 「そう。だからなかなか決まらないんだよ。要様が戦いに出るまで、三十年ほど閂がいない時代があったよ」 「閂がいないと国が荒れそうだな」 「まぁ、名家から閂が出れないのはそのせいかもしれないね。閂がいない間、国を支える役目を担うのは省の長達だから」 「へぇ、うまくできたシステムなのかもな」 「あ、蒼さん、要君でてきましたよ」 闘技場へ眼を向けると要が出てくるところだった。戦う場は一段高くなっていて、場外は負けになる仕組みだ。祭りの時のように、着物の上の部分を下ろして上半身が露出している。 審判の「用意」という合図で身構えると、要の筋肉が盛り上がるのが見えた。 相手は、相撲取りのように太っている。体重差はかなりありそうだ。場外に持ち込むのは難しいかもしれない。 「始め!」 相手が要に突進していく。太っている割に機敏だ。 イノシシのように突進してくる相手をまずは避けるのだろうと思ったら、要が真っ向から受けた。 相手の腕と要の腕が繋がり、押し合いになる。 「何してんだあいつ、あれじゃ勝てない・・・」 じわりじわりと相手が押され始めた。 三倍くらいはありそうな相手を要がゴリゴリと押していく。 「どんな力してんだ」 「夏青国の閂に力で勝てる鬼はそういないだろうねぇ」 雪音はこうなることが分かっていたのか、興味無さそうに言う。 結局、そのまま押し出しで要が勝った。 「こわっ、要こわっ」 俺は、毎日あんなやつに押し倒されているのかと思ったら、逃げ道がないような気がして鳥肌がたった。 🔷 最後の試合は閂同士の戦いになった。 啓介を応援する観客で会場は熱気に包まれている。 どうするんだ、要? この空気、勝ったらまずい気がする。でも、手を抜いたら啓介はカンカンに怒りそうだ。 「始め!」 試合が始まると、歓声はさらに大きくなった。 壇上で踊るように身をこなし、蹴りやパンチの殴打が繰り返される。 まるで漫画のようだ。あんな要はみたことがない。十年、勝ち続けたというのは本当なのだろう。 試合から目が離せない。意識が集中しすぎて、音すら遠くなるようだ。 心臓が跳ね上がる。こぶしの力強さ、蹴りの素早さ、軽い身のこなし、一瞬でも判断を間違えれば体ごとふっとばされる感覚が伝わってくる。 息をするのが難しい。苦しい。早く終わってほしい。 楽しいものなんかじゃない。俺には戦いは嫌なものに見えた。早く要を楽にしてやりたい。 抱きしめて休ませてやりたい。 終われ、早く終われ。 ふっと二人が呼吸を整えた。最後だ。最後の組手が始まる。 観客が鎮まる。ビリビリとした空気を感じる。 要の目がオスの目になる。獲物を捕らえた狼のような目だ。 重く苦しい空気は要からきているように思えた。 死線を乗り越えてきた。雪音が言っていた違いはこれだろうか。 はっと息をした瞬間、二人がぶつかり合った。 目で二人をとらえることができずにいると、啓介の体が空中へ飛んだ。 ドーンという大きな音とともに、砂埃がまう。 一瞬の沈黙。 そして・・・・ 「場外!」 壇上の上に立っていたのは要だった。 華が立ち上がる。啓介が吹っ飛んでいった壁から立ち上る砂埃を見ている。 大丈夫なんだろうか?冷汗が出る。 砂埃から啓介が出てきた。その顔に笑みがある。 ほっと肩をなでおろす。華が冷静さを取り戻し、席に座った。 客席から歓声があがる。負けても閂は閂だ。春桃国で一番強いのは啓介なのだろう。 「肝が冷えるな」 「そうかい?」 どっと疲れた俺の隣で、雪音が涼しい顔をしていた。

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