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第31話

やっと講義が受けられる。 引っ越しをして、入学届などを済まし、一度夏青国へ帰り、お役目をはたして、今度は雪音と二人だけで冬白国へやってきた。 恭弥と誠の変態プレイ込みの食事会を終えた後のお役目は、それはもう壮絶で、俺は夜空に瞬いている星になるんじゃないかと思うほど、意識を持っていかれた。 そんな熱い夜を過ごしたかいもあってか、すんなり要が送り出してくれたのはありがたかったのだが・・・ 「いよいよだな」 身支度を整えて部屋から出てきた俺を雪音が凝視する。 「蒼、そのかっこうでいくのかい?」 「ん?何か変か?」 「私たちはお忍びで大学へ通うんだよね?」 「うん。俺は名家の子息で、結婚前に見分を広げるためにここへやってきた。雪音はその友達、だろ?」 「そうだよ。その脇差は要様からもらったものだね?」 雪音が俺の腰を見る。こちらへ来る時に、お守りだと言って要が渡してきた小刀だ。使わなくていいから、肌身離さずもっているように言われた。 「よく見てごらん。藤の家紋が記されているだろう?藤の家紋は夏青国の閂が使うものなんだよ。要様が持っている太刀にもその家紋があって、その対になっている脇差を持っているというのは、夏青国の姫だって証になる。それを持っていたらお忍びが台無しじゃないのかい?」 「そんなこと聞いてない・・・・」 「それと、その耳飾り。雪花の飾りは新婚のメス型がつけるものだよ。純白の婚儀のドレスからまだ日が浅いって意味があるんだ。要様の独占欲も困ったものだねぇ。その恰好でいったら大騒ぎになって、蒼は帰国せざるをえなかっただろうね。私が口出しせずに、蒼だけ帰国することを望んでいたんだろうけど、私も一人で留学は寂しいから、その意図には乗れないねぇ」 「要のやつ!・・・・ちょっと待っててくれ、置いてくるから」 それであんなにあっさり送り出してくれたのか。まったく、往生際が悪い。この留学のために恥ずかしいことだって結構してやったというのに。 ため息と共に再度支度を整えて馬車に乗った。 気持ちを切り替えるしかない。雪音に感謝だ。 しばらく街道を進んだ後、鉄の門を馬車がくぐると巨大な城が見えてきた。学校というよりは城だ。敷地もかなりある。名家の鬼達が通っているらしく、停留所に馬車が何台も止まっている。 「俺は待合所にいますので、帰る時には声をかけてくだいさいね」 秀英は馬車の運転もできるらしい。秀英に別れを告げて、俺と雪音はさっそく大学構内へ入っていった。 🔷 前回、構内を案内してもらってはいたがとにかく広くて迷いそうだ。 学生も多い、すれ違うたびに見られている気がする。脇差と雪花のピアスをしてこなくて本当に良かったと思う。 「蒼、襲われたくなかったら私から離れないようにね」 「襲われることなんてあるのか?ここに通う鬼は名家ばかりなんだろう?」 「名家のオスってのは強引なんだよ。左京だって私を夜這いして番にしたんだからね」 「あぁ・・・・」 「お陽もいてくれたらよかったんだけど、この雰囲気にあの子は耐えられないかもね」 チラチラと降ってく目線を無視して、俺達は講義室へなんとかたどり着いた。 講義室はそこまで広くはなく、大きな机が六つあり、その机を囲むように四つ椅子が並んでいた。 とりあえず、まだ誰も座っていない机の椅子に座る。 ビーー チャイムだろうか。耳障りな音が響くのと同時に急いで入ってきた二人が俺と雪音の向かいに座った。俺達と同じ着物を着ている。夏青国の鬼だろうか。他のテーブルに座っている鬼はみんな洋服だ。 しばらく待っていると、背の低い白髪の老人が黒板の隣の扉から入ってきた。 薬師の(おお)先生にそっくりだが、髭が短い。従兄というのは本当らしい。 要のはからいもあり、俺達は(こう)先生という薬学の専門家の授業を受けることになった。 「みなさん、おはようございます。本日はナナツキキョウについて学びましょう。ナナツキキョウはご存じの通りその葉や茎に毒があります。扱いが難しい植物ですので、気を付けるように。では、温室へ採取に行きましょう。今、座っているテーブルごとに付いてきてくださいね」 さっそく温室へ行けるのか。ありがたい。教科書なんてものはないらしい、持っているのは筆とノートだけだ。講義の内容を書き込んでいく必要がありそうだ。 他の生徒に続いて俺と雪音も教室を出る。 温室は校舎の南側にある。薬草学の講義室は割と温室に近い場所にあるが、それでもそこそこ歩かなければならない。渡り廊下のすぐ横には白い雪が積もっている。 暖かいコートを着ているとはいえ、外へ出ると結構寒い。 「着物は寒いですね。夏青国の方ですか?」 同じテーブルについた鬼が話しかけてきた。 黒髪の端正な顔の鬼だ。クリっとした大きな目のせいか幼く見えるが、腰に刀を身に着けている。 「そうだよ。そっちは秋紫国から来たのかい?」 黙っている俺の代わりに雪音が答える。どうやら着ているもので国がわかるらしい。 ちらりと視線を向けると、話しかけてきた鬼と目があった。俺の視線に気が付いてにっこりと笑いかけてくる。俺は無視して、前を向いた。 「周瑜(しゅうゆ)って言います。今日は同じ班のようですし、よろしく。こっちは津々楽(つづら)です」 津々楽と紹介された鬼が頭を少しさげる。周瑜より体が大きく、寡黙そうな鬼だ。こちらも刀を腰に下げている。 「私は雪音、こっちは蒼だよ。よろしくね」 「こんなに美しい鬼がいるなんて気が付かなかった」 「おや、嬉しいことを言ってくれるね。周瑜も腰の刀に似合わずとっても可愛いけどね。講義を受けるのは初めてなんだよ」 「なるほどね。俺達はやっと三か月くらいかな。あなたたちよりは物知りだろうから、わからないことがあったらなんでも聞いて。高先生の薬学は毎回出てるから」 「それはありがたい」 雪音と話しているはずなのに、周瑜の視線がちょこちょここちらへ向けられる。物珍しいのだろうか。姫だとばれていないといいのだが。 その後も周瑜が色々話しかけてきたが、雪音が応対してくれた。雪音が社交も大丈夫な鬼で助かった。 やっと温室が見えてきた。寒さと、社交辞令が並んだ会話から解放される。 「わっ」 ふっと気がゆるんだせいか、俺は足を滑らせた。階段の雪の下に氷があったのだ。 「おっと」 ころびそうになった俺の体を周瑜が支える。 「すまない」 体制を立て直し、先へ進もうとするが、腰に回された周瑜の腕が離れない。 「いい香り」 鼻先を俺の首筋へ向けてくる。 ぞっとしてとっさに押し返す。 「きやすく触るな!」 「これはこれは申し訳ない。あまりに甘い香りで」 悪びれた様子もなく周瑜が笑う。 俺はむっとした表情を隠さずに温室へ急いだ。 「気難しい子だね」 周瑜が肩をあげる。 「あの子も私も、結婚を約束した鬼がいるんだよ。無礼なふるまいは控えておくれね」 雪音が優しく、しかし牽制の意を含めた声音で言う。 「なるほど、それは興味深い」 「周瑜様、あまり目立たないでください」 津々楽が困ったように言うのを「はいはい」と軽く受け流して周瑜も温室へと足を向けた。

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