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第34話

午前中は高教授によるセンブリについての授業だった。有名な植物だし、効能も利用方法ももちろん知っている。しかし、鬼の世界の器具や大学の設備についてはまだ不慣れなので、新しく知れることがたくさんあって十分楽しい。今日は乾燥室なるものがあるのを知った。採取したセンブリの一部をこちらで乾燥する。後日お茶を飲む予定だ。 周瑜も雪音も、実験中はセンブリの苦さにウヘーと舌を巻き続けていて笑えた。津々楽は眉間に皺を寄せるだけで騒ぎ立てない。 当然のように周瑜が付いてくるので、仕方なく昼も一緒に食べる。そのおかげか、オス型からの視線は相変わらずだが、話しかけようとしてくる不定なやからはいなくなった。 「蒼、今日も温室を歩き回るつもりじゃないだろうね?」 雪音が心底嫌そうに言う。 「んー、今日は書庫へ行ってみたい」 「書庫かい。それならまあいいかな。少しは早く帰りたいけどねぇ。周瑜たちは、午後は何をしているんだい?」 雪音が聞く。 「俺達は、実験室を借りて、今まで習った授業のおさらいをしていることが多いね。実験室にいれば、出会いがあるかもしれないだろ?」 ほら、例の。というように意味ありげな視線を寄越す。 確かに、この大学で薬が作られているとしたら、犯人は実験室を使っている可能性が高い。 指示している教授の許可があれば、午後は実験室の利用が可能だ。植物の採取もルールに従えば、自由に行える。案外、自由に新薬を開発できる環境があるのだ。俺もなんか作ってみたいな。そんなふうに思考がずれると、不覚にもワクワクしてしまう。 「新薬を作れる設備がある実験室は三つしかないから、その三つを順番に借りて過ごしてるんだけど、そもそも俺達の知識が足りなくて、ほかのやつらが何やってるのかわからないのが問題なんだよな。隣で怪しい薬を作ってても気づかないと意味ないんだよなぁ」 フォークを口にくわえて、遠くを見ながら周瑜が心底困ったように言う。 その隣で津々楽もうなずいている。 「なら、知識がある人間を国から呼んだらどうだ?」 サンドウィッチをほおばりながら言う。サンドウィッチなんて、夏青国ではあまりみかけないし、梅はパンという物を食べさせてくれないから、ちょっと嬉しい。中の具はターキーだろうか、鬼になってから初めて食べる味に機嫌が良くなる。 「もちろん最初にそれも考えたんだけどね。知識のある人間がジロジロ伺ってたらすぐばれるって、言われてさ、俺たち二人で来ることになったんだよね。そもそも、知識があるやつは、この大学で学び終わってるやつらだけだし」 「なるほど・・・」 「蒼は詳しいよな。昨日も今日も、高先生が教えてくれたことはもう知ってたろう?まぁ、実験のやり方はしらないみたいだけど」 「それは・・・その・・・」 慌てて雪音に視線を送る。人間だったことを言えば姫だとバレるし、取り繕える言い訳ができるほど鬼の世界について知らない。 「蒼の家はね、山を持ってるんだよ。家の外に遊びに出ることは許されないけど、山は許されてるから、遊び場はいつも山でね。私もしょっちゅう山に付き合わされてるのさ」 「へぇ。金持ちなんだな。草花好きで、常識が無いのはそのせいか」 「常識が無い?」 むっとして周瑜を睨む。 「常識が無いだろう?さっきだって、物珍しそうに料理をキョロキョロ見てるし、授業中だって、気づくとウロウロと徘徊するし。普通、身を守る術を持たないメス型が、雪音や俺達から簡単に離れないだろ。脇差すらもってないくせに」 「それは・・・」 くそ、脇差は家にあるんだよ。でも、それ持ってたら姫だってばれるし。そもそも太刀なんて使えないし。みんなつかえるわけ?いや、紅葉とかさ、ザ・メス型の鬼が剣を持ってるのはみたことがない。ってことは俺が持ってなくてもおかしくないのではないだろうか。あ、でも、大学にいるザ・メス型は、腰になんか挿してるかも・・・・。オス型であろう従者を連れているのも見かける・・・・。確かにふらっと一人で歩いているザ・メス型はいないかも・・・・。てか俺は、ザ・メス型とは違うと思うんだけどな。 「うーん、そんな危険なの?メス型が一人で歩いてると。それに、俺ってなんでメス型だってバレるわけ?」 俺の発言に、はぁと三人が同時にため息を吐いた。 「なんでって、蒼なんて、メス型の代表みたいな見た目だからだろ」 周瑜が悪びれる様子もなくそう言う。 「じゃあ、雪音は?」 「雪音はぱっとみメス型だとは思わないかな。最初は蒼の番かと思ったよ」 「えー。納得いかない」 俺的には雪音はかなり美人だし、色気も半端ない。体格はよくても絶対抱かれるほうだろう。 「私は体も大きいし、鍛えてるからねぇ」 これみよがしに、ふふふと俺を見て笑う雪音に眉根を寄せる。 「後ろからがばっと抱きしめられて、強引に振り向かされて口づけされたくなければ、一人にならないほうがいいんじゃない?書庫は薄暗い上に死角も多いし・・・今日は蒼の護衛についていくかな」 雪音を睨む俺に、周瑜があきれた口調で言う。 「そうしてもらえると、助かるねぇ」 雪音が嬉しそうに言う。 「その代わり、時々でいいから午後の実験に付き合ってもらえるとありがたい。蒼の知識は役に立ちそうだから」 「それでかまわないよ」 俺を無視して取り交わされる約束に腹が立つものの、午後の実験もしようと思っていたのでしぶしぶ文句を言うのをやめる。知らないやつに後ろから抱きしめられるのも嫌だし。 🔷 食事を終えて書庫へやってきた。西に位置する書庫だけの建物だ。 中へ入るとその巨大さに胸がおどる。高い天井に、びっしりと積まれた本。本屋というものが無いから、書庫もあまり期待していなかったのだが、さすが鬼の国唯一の大学だ。あるじゃないか!本が! 興奮にほほを染めつつ、歩き回る。 「薬学はこの辺かな」 分野が書かれたプレートなんてものは無い。ただ広い空間に本が詰め込まれているだけの粗末な書庫だ。もちろんラベル検索なんて便利な機能は無いし、自分で見ていくしかないだろう。 試しに一冊手に取って開く。墨で書かれた手書きの本だ。基本的に原本しかないのだろう。印刷という技術がないと本は出回らないのだ。 数冊とって、椅子と机が並ぶ広間へ戻る。本は書庫から持ち出すことができない。ここで読むしかないのだ。 「なぁ、こういう本の複製は手に入らないのか?」 夏青国で、薬学の本を見たことなどない。医者になる鬼は、どうしているのだろうか。 「さあね、みたことないね。大先生が持っているのは自分で模写したやつだろうしねぇ」 「医師になるにはどうしたらいいんだ?みんな大学へくるのか?」 「いいや、医師衆に出向いて、誰かに弟子入りするんだよ。家業を継がない場合は、だいたいそんな感じで仕事にありつくんだ、普通はね」 「へぇ」 周瑜と津々楽の驚いたような視線は無視する。たぶん常識が無いと思われただろうが、この際、箱入りだったということで通そう。もういい、世間知らずの名家の子息ってことでいったほうが楽だ。 「よし、雪音、模写しよう。毒についての部分は模写して、俺達だけの本を作ろう」 「・・・・」 雪音があからさまにめんどくさそうな顔をする。 「おい、なんのために来たのか忘れてないだろうな?」 「本なんていらないだろう?自分の体が覚えればそれで身は守れるさ」 「忘れるかもしれないじゃないか。それに、解毒方法の模写は絶対必要だ」 俺と雪音が睨みあっていると、津々楽がゴホンと咳ばらいをした。 何か言いたいことがあるらしい。 「なんだ?」 「あの・・・お二人は、どうして大学へ?毒を学びに来られたのですか?それほど危険なお立場に?」 どう答えていいのかわからず、黙り込む。雪音を見るが、雪音も返答を考えあぐねているようだ。 「毒を盛られる危険がある・・・・んー、婚約者はよほど位が高い鬼みたいだね」 周瑜が腕を組み、うなりながら言う。 「夏青国の閂補佐にはすでに番がいるはずだから、そこまでではないにしろ、各省の長の婚約者ってとこかな。それとも自分達自身が何かの重役?」 「まぁ、その辺は突っ込まないでおくれ、私たちも、いろいろあるんだよ」 雪音がうまくごまかす。 「まぁ、大学へ来る理由はいろいろか。わかった、そこは詮索しないでおこう」 周瑜が納得したようで、ほっと胸をなでおろす。 「ですが、それほどならば、やはり、もう少し気を付けた方がよろしいかと」 津々楽が俺を見る。津々楽的にも俺は少しフラフラしすぎらしい。 「そうだね、じゃあ、基本はこの四人で動くことにしよう」 「なんでだよ!」 周瑜の発言に思わず突っ込む。 要から離れたら少しは自由気ままに動けると思っていたのに、なんでこうなるんだ。 俺は自由が好きなんだ。自由にフラフラ歩きたい! しかし、「それはありがたい」なんて雪音が答えているところを見ると、やはり俺の自由には制限がかけられるようだ。ため息しかでない。 🔷 そして夜は夜でこれだ・・・・ 「んっ・・・あっ・・・やっ・・・」 ゆらりと出てきた影に、後ろから乳首を弄られる。 足はもちろん大きく開かれ、そそり立つアレも、ヒクつく穴も、要の視線にすべて捧げられる。 「蒼、見てください。俺の、ほしいでしょ?」 要の大きくなったアレが鏡に映し出される。 少し赤くなったソレを見ると、体がいやでも反応し、ごくりと唾を飲み込むはめになる。 「やだ・・・自分でやだ・・・・」 「なら、乳首だけでイってください」 「や・・・やめっ・・・ひっ」 乳首を摘まむ力が強くなる。容赦なく先端をぐりぐりと弄られる。 「やっ・・・あっ・・・・」 「蒼、すごい、愛液がどんどん外まで流れてきてます」 「一回・・・は・・・自分で・・・やった・・・だろ」 「・・・・」 「あっ・・・かなめぇ」 「仕方ないですね」 「俺にしてほしい?」 「し・・・してほしい」 「わかりました。じゃあ、自分で両足を持って広げてください」 「え?」 後ろにいた影が俺の足を下ろす。 「ほら、自分であげて、俺に見せてください」 「や・・やだよそんなの」 「なら、自分の指で弄ってください」 「だから嫌だって」 「いやいやばかり言わない。ほら、早く、鏡が繋がる時間が終わってしまいます」 一瞬このままごねて終わればいいんじゃないかと思う。しかし、すでに熱を持った下半身が疼く。 「時間切れになったら、すぐに迎えに行きます」 「わ、わかったから」 仕方なく自分で両足を持ち上げて広げる。恥ずかしさで頬が赤くなるのがわかる。 「ん。じゃ、俺の指で穴を弄ってくださいって頼んでみてください」 「う・・・・」 もう、言うことを聞くしかないのだろう。俺に選択権などないのだ。 「要の指で、俺の穴を弄って・・・・か、かなめぇ」 「いいですよ」 「あっ」 要がふっと笑うと、影の手が伸びできて、俺の穴にグチュっと指をいれた。 「ひゃっ・・・あっ・・・いっ」 「蒼、気持ちいい?」 「あっ・・・うっ・・・気持ち・・いい」 「じゃぁ、イっていいですよ」 「ひゃ・・あぁぁぁ!」 急に早くなった影の指が、気持ちのいいシコリをコリコリと撫でまわす。 俺はそれだけで、すぐにイってしまう。 今日もキラキラとした靄が空中へ霧散する。 「蒼、おやすみなさい」 そして要も影も消えていく。どさっとベッドに一人で力尽きた体を投げ出す。 急に周りからなんの熱も感じなくなる。火照った体にひんやりとしたシーツが気持ちいいが、心がスーと冷えていくのを感じる。 あぁ、嫌だな、この感じ。 あの、寒々とした日々の記憶が腹の底でうごめくのを感じる。 黒い黒い、裏山。果てしなく広がる冷たい世界がそこにある。 「はぁ」 なんとかならないだろうか・・・・これ・・・・。週末、夏青国へ行ったら、要を説得しなくては。じゃないと俺は、毎日射精させられることになる。こんなの拷問と一緒だ。変態の拷問だ。 大学へ通うことを諦めさせようとする要の魂胆が見え見えだ。考えなくては。いい考えなんて、まったくうかばないけれど。

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