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第37話

異変に気が付いたのは俺が乾燥室に久しぶりに行った日だった。乾燥させた植物を取りに行くのは雪音と津々楽の役目となっていたので、自分で乾燥室に行く日が少なかった。それで気が付いたのが遅れたのだろう。 「・・・・黒ウコンが少ない。それだけじゃないな、ヒハツもニガキもだ。俺が採取した量よりもほんのわずかだけど減ってる。盗まれてるな」 「え?俺には全然わかんないけど」 「んー・・・あいつかな」 「なんだよ。犯人に心当たりがあるのか?」 「いや、確証はないなぁ。おれが実験してる植物は、媚薬の原料だけど、薬の調合にも使われるんだよ。そもそも俺は、媚薬を見たことが無いし、あいつが媚薬を研究しているのか、ただ薬を調合しているのか、いまいちわからないんだよなぁ。お前、秋紫国の役人なんだろ、媚薬って手に入らない?」 「無茶言うなよ。媚薬は花街から持ち出し禁止なんだよ。それなら、蒼が医者に頼んだ方が簡単に手に入るだろ」 「いや、まっとうな媚薬もだけど、最近出回ってる媚薬も見ないと意味ないだろ」 「とにかく、誰だ?そいつが犯人の可能性が高いってことだろ」 「それは、まだ言えない」 「なんでだよ?」 「確証が無いし、周瑜はすぐに騒ぎ立てるから逃げられそう」 「む・・・・」 「証拠がないのに問い詰めて、もし犯人が別にいて逃げられたら、取り返しがつかないだろう。とりあえずこの大学にいるってのが確かなら、もう少し慎重に動いたほうがいいと俺は思うけど。まぁ、俺の仕事じゃないから、どうでもいいけどさ」 どうでもいいと言いつつも、その薬が夏青国にも出回り始め、要の仕事に負荷がかかり始めているらしいので、俺もできれば犯人は捕まえたいのが本心だ。雪音の話だと、左京が媚薬の取り締まりで忙しくしているらしい。警部省は焔一族が主に仕切っているから余計忙しいのだろう。 「わかったよ。その代わり他に何か気が付いたらすぐ教えろよ」 周瑜が渋々引き下がる。自分にせっかちなところがあるのはわかっているのだろう。 媚薬見て見たいな、と思う。大先生に頼んだら処方してくれるだろうか。発情期が弱いとか?うーん、でも、要に隠して薬をもらうことはたぶん無理だし、媚薬もらったなんて要が知ったら絶対使わされるだろうし・・・。いい手がないな。雪音に頼んでみようか。うーん、でも左京が知ったら、大学で調査してることが要にバレて、危ないからって呼び戻されるかもしれないし・・・・。うまくいかないな。 「ま、とりあえず、盗まれてることには気が付いてない振りをしよう。毒になる植物も乾燥させて、盗まれているのが媚薬に関するものだけかどうかをまずは調べるとするか」 「ってことは・・・・今日は、採取と乾燥準備に追われるわけだ」 「正解。戻って雪音と津々楽に事情を説明しよう。温室なら話せるだろう」 「おう。やりますか~」 🔷 そして、数日後に、俺にとってさらにやっかいな事件は起こった。 「で、なんで二人は朝から何も話さないわけ?」 いい加減にしてくれと、俺が昼まで話題に出さなかったタブーに触れる。 「別に・・・」 周瑜が不貞腐れて、行儀悪く肩ひじを付きながら昼食のスープをすする。 津々楽は罰が悪そうに黙ったまま下を向いている。 「わかった。あれだろ、例の件について進展がないから、周瑜が我儘でも言って津々楽を困らせてるんだろう」 「わがままなんかじゃない!」 図星だったのか、周瑜がバンと机を叩いて食堂を出ていく。 「蒼・・・空気が読めないね」 雪音があきれた顔で言ってくる。仕方ないじゃないか。まさか本当にそうだとは思わなかったわけで。 津々楽は、出て行った周瑜を追いかけたいができなくて、立ち上がったまま困り果てた顔をしている。 「蒼、追いかけてあげなよ。あんたのせいなんだし」 「仕方ないなぁ」 俺は食べかけの食事を諦め、しぶしぶ周瑜を追いかけた。 食堂を出ると、足早に廊下を進む周瑜が見えた。あの方角だと温室へ逃げこむつもりだろう。 「待てよ!」 走っておいかける。 日ごろの運動不足がたたって、温室へ入ったくらいで息が切れる。 ハァハァ息をする俺をみかねて、周瑜が足を止めた。 「はぁ・・・はぁ・・・津々楽が困ってたぞ」 周瑜が何も言わずにゆっくりと歩いて行くので、仕方なく俺も付いていく。 温室の中心部にある大きなケヤキの木が見えてきた。 周瑜はケヤキの木の根元へ行くと、不貞腐れた顔のまま地上に出ている大きな根に腰かける。 近くにある草を抜いて投げ捨てる様はまるで子供のようだ。 「なぁ」 隣に腰を下ろして、しばらく黙っていると周瑜が口を開いた。 元来おしゃべりな奴は黙っているのが苦手なのだ。 「なんだよ?」 「抱かれるってどんな感じ?メス型になるのに抵抗なかった?」 「はぁ?」 質問の意味がわからなくて戸惑う。周瑜の視線がふざけていないことから察するに、まじめに答えた方がいいのだろう。 「んー、抱かれるのは悪くないかな。メス型になるのは・・・抵抗はあったかも」 俺にとってのメス型になった時っていつなんだろうか・・・。初めて要に犯された時だとしたら、あれは、嫌だったはずだとは思う。びっくりした記憶だけが鮮明で、嫌だったかどうかとかは、あんまり覚えてないけど。 「だよなぁ。それでもいいって言ってるのに・・・・」 「話が見えないんだけど?」 「俺がメス型になるって言ったんだよ。そしたら津々楽がとんでもないって突っぱねてきて・・・」 「え?待った?何?どういうこと?」 「俺がメス型になれば、例の薬が使えるだろ。そしたら薬を卸してるやつに会えるし、そこから作ってるやつにも辿りつくんじゃないかと思って」 「そんな理由でメス型になっていいわけ?」 「いや・・・だから・・・それだけじゃないけど・・・前から考えてたことだし」 周瑜が柔らかそうな髪をガシガシと擦る。 わけがわからな過ぎて、俺が首を傾げ続けていると、周瑜が大きくため息を吐いた。 「津々楽はかっこいいんだよ。俺より体もでかいし力もある。剣技の才だって俺よりあるんだ。メス型の津々楽なんて俺は嫌だし。なら、俺がメス型になるしかないだろ?」 「好きだって認めるわけね。津々楽のことが」 俺の言葉に周瑜の頬が真っ赤にそまる。 意を決してメス型になると告白したら、津々楽に突っぱねられたというわけか、と理解する。 でも、それって、津々楽は仕事のためだって思ってるからじゃないのか?と頭を捻る。 「津々楽に好きだって言ったの?」 「そんなの言えるわけないだろ」 「バカなの?なら、津々楽はお前が仕事のためにメス型になろうとしてるって思ったから止めるように言ってきたんじゃないの?」 「それはそうだと思うけど・・・。でもさ、普通わかんない?夜中に部屋に侵入して、覆いかぶさって、口づけしたんだぞ?」 「んー・・・津々楽は、わかんないかもね」 津々楽の驚いた顔が目に浮かぶようだ。 「はぁ」 周瑜がため息をつく。 「言わないと伝わらないことばっかりだぞ、世の中。番になりたいってちゃんと言えばいいだけだろ」 「はぁ・・・・。子供の頃にさ、俺と番になるか?って言ったら、めっそうもございません、って言われたよ」 「う・・・」 「そもそも番になることさえ、身分違いだと思ってるんだろうな。津々楽は平民の出だからさ。技量が良くて、風魔の門下生から俺の従者になったのが十二歳の頃だったかな。俺が誘拐されそうになったのを助けてくれたのが津々楽だったんだ。それからどこへ行くにも一緒でさ、手取り足取り面倒みられて、普通好きになるだろ。それなのに、昨日の顔・・・。俺が口づけしたら、死神でも見たような顔してたんだよ」 「ぶっ」 不覚にも噴出してしまった。それは怒るかもなぁ。せめて困った顔してくれたらよかったのに、死神でも見た顔って、驚いたっていうより、受難の表情ってやつか。 「あいつ、たぶん、俺が惚れてることなんてとっくに気づいてて知らん顔してるんだと思う」 「津々楽も周瑜が好きそうなの?本当に嫌だったとか?」 「津々楽も俺のことが好きだと思ってたけど。・・・・わかんなくなったな。聞いても教えてくれないだろうし」 「なるほど、悲劇だな」 「はぁ・・・・」 周瑜がうなだれて俺の肩にもたれてくる。くっつくなと言いたいが、可哀そうなので許してやることにする。 「そうだ!」 「ん?」 急に頭を持ち上げた周瑜に驚く。さっきまで心底沈んでいたのに、もう明るい顔をしている。現金なやつだ。 「蒼、俺と恋仲になってくれよ」 「はぁ?」 「あ、フリだけど。そしたら、津々楽が妬いてくれるかも」 「雪音に頼めよ」 「雪音は、なんか相手にしてくれなそう・・・」 「あぁ・・・」 二人で遠い目になる。雪音に頼んでも、鼻で笑われそうだ。 「いや、お前、メス型になるんだったら、他のオス型にでも言い寄れば?」 「バカ言うな。そんなのプライドが許さない。それに、本気で惚れられても困る。蒼なら俺に惚れないだろうから安心だ」 「それはまぁ・・・・お前に恋心は微塵もいだかないだろうな」 「ひでぇな。でも、な、いいだろ?やってみる価値はある」 「嫌だよ。なんで俺がお前たちの痴話げんかに一役かわなくちゃいけないんだよ。面倒ごとはごめんだ」 「そういうなって」 「わっ」 いきなり押し倒される。温室の天井をバックに周瑜の顔と俺の顔が向き合う。 「俺は、蒼なら抱ける気もするし・・・」 周瑜の顔が近づいてくる。掴まれた腕を外そうとするがびくともしない。うっかり話なんて聞くんじゃなかった。 「静かに」 周瑜が小声になる。視線で何かを示している。視界の片隅に靴が見えた。 「周瑜様・・・」 津々楽だ。恋仲ごっこは強制的に始められてしまったらしい。 「やはり昨晩のことも、ふざけてらっしゃったのですね」 おいおい、逆効果だったんじゃないのか? 「そうだな。俺は、蒼と番になることにした。こんな美鬼はそうそういないしな」 「わかりました・・・」 苦虫をかみつぶしたような顔をして津々楽が踵を返した。 それを見送って、周瑜がごろんと俺の隣に寝転がる。 「あーあ」 腕で顔を隠している。泣きたい気分なのかもしれない。 変なことに巻き込まれてしまった。文句の一つも言ってやりたかったが、今はそっとしておいてやることにした。要に知られたら周瑜が殺されてしまいそうだが、周瑜がメス型になるならギリセーフだろうか?などと頭で考えつつ、巨大なケヤキの木が目に入ると、うっかりそちらに気がとられるのだった。

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