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第39話

初めて来た秋紫国は、なんていうか、紅葉真っ盛りの京都、という感じがする。 紅葉、銀杏、ハナミズキ、錦木(にしきぎ)、ありとあらゆる紅葉する木々が生い茂っている。 建物は、淡い茶色の木材でできていて、夏青国よりもさらに平安時代ぽい。 「美しいなぁ」 花街への道中思わず何度も嘆息する。 「だろう?枯葉の掃除は大変だけどね」 周瑜が得意げに微笑む。 確かに、そこかしこで小鬼が箒で落ち葉を拾っている。 馬車を降りてから花街へは徒歩で向かっている。 花街は平民が暮らす街から少し離れた場所にあった。 「周瑜様、やはり、他国のメス型をお忍びで花街へ通すのはいかがかと」 津々楽は俺達が花街へ入ることには反対らしく、ここでもまだ言っている。 「大丈夫だって。バレないようにするし、それに国のためでもあるんだ」 周瑜がちょいちょいと津々楽をかわす。 あの後、周瑜は空元気かもしれないが、様子は普通だ。 津々楽に対してもいつも通り接しているらしい。 要とひと悶着あってから、研究室で無理やり心を押し殺して接していた時期を思い出すと、胸がつぶれるようだ。毎日がどんよりとした曇りのような、陰気な日々。なんとかしてやれないものだろうか。 「蒼、これかぶってね」 布を渡される。周瑜に真似て、それを頭からかぶって顔がすべて見えないようにした。 時刻は夕暮れをすぎたくらいで薄暗い。これならバレないだろう。 「じゃ、入るよ」 派手な飾りが付けられた大きな門をくぐる。 中に入った途端、甘いような、香しいような、いろんな匂いが押し寄せてきた。 「いらっしゃい、よっていきなんせ」 甲高い声が所々で響いている。 「ん?牢屋とかはないのか?」 茶店がずらりと並んでいる風景に、首をかしげる。思っていたのと違う。 俺の花街のイメージは、売られてしまった女性が働いている悲しいイメージだ。 一生花街からは出られず、体を売ってお金を稼ぐ・・・・んじゃなかったっけ? 「はぁ?なんで牢屋があるんだよ」 首をかしげている俺と同じように、周瑜が首を傾げた。 「んっと、花鬼ってどういう鬼がなるの?」 「どうって、そりゃ、色好きな鬼だろ」 「色好き?」 「本当に蒼は常識がないな。色ってのは交尾のことだよ」 「あぁ・・・。ん?じゃあ、花鬼は自分で好んでなるの?」 「当り前だろ。絶倫型のメス型が多いんだよ」 「絶倫型・・・・」 「絶倫型ってのは、毎日したいし、一回じゃ満足できない型のことだ。番や恋仲の相手が絶倫型じゃない場合は、相手の許可を取って働くんだよ。じゃなきゃ体に悪いだろ?」 「体に悪いのか?いや、まって、型ってことは、メス型にもオス型にも絶倫型がいるってこと?じゃ、なんでメス型はお金もらえるの?オス型の花鬼もいるの?」 「はぁ・・・雪音、蒼ってどうやって育ったんだよ」 「ふふっ。蒼はねぇ、家の中だけで育ったあげく、恋仲の婚約者にも固く囲われてるから、本当に何も知らないのさ。蒼、メス型の絶倫型は数が少ないんだよ。逆に、オス型で絶倫型は多い。だから花街みたいな場所ができるし、オス型がメス型の番を複数持つのもそのせいだね」 「なるほど・・・」 絶倫型、なんと恐ろしい響きだろうか。要はもしかしたら絶倫型かもしれない。ということは、俺が大学に行っている間、相手をできないことは、要の体にとっては悪いことなんだろうか・・・。 まいったな。せっかくワクワクしながら来たというのに、その気持ちが心なし沈んでしまった。 「あ、見えてきた。あれがこの花街で一番人気の館だよ。あそこの旦那に話は通してあるから、最近出回ってる認められてない媚薬も見れるはずだ」 奥にひときわ大きな屋敷が見えてきた。茶屋というよりは名家の家みたいな雰囲気だ。 今日の目的は媚薬を見ること。絶倫型のことはまた今度考えよう。 俺は気を取り直してその屋敷へ向かった。 🔷 「ひぃ」 思わず周瑜にくっつく。周瑜も同じ気持ちらしく俺の腕にしがみついてくる。 見た目はただの茶屋なのだが、中へ入ると、そこは確かに色に乱れた場所だった。 花街のシステムは、まず店先で茶を飲んでいるメス型をじっくり物色し、好みのメス型がいたら隣へ座る。好みの行為などを相談してメス型の方でもOKならそのまま奥へ進むというものだ。 そして中へ入ると、そこかしこで営みがなされている。 部屋の襖がしっかり閉じられた個室もあれば、他のカップルとの間が衝立しかない大部屋のような場所もあって、行為が丸見えだ。 俺と周瑜の顔がひきつったのは、個室なのに襖が開かれており、オス型の膝の上に乗ったメス型がこちらへ足を全開に開いていたのを見てしまったからだ。アレが穴に入っているのも全部丸見えだ。 なんで他人が繋ぎあった場所を見なければならないのだろうか。 俺達の視線を感じてなのか、メス型のアレがむっくりと大きくしなっている。 「おやまぁ、童にはすこし早い場所だったかもしれないねぇ」 顔をひきつらせる俺と周瑜を見て、雪音がクスクスと笑う。 津々楽も眉を寄せただけで動揺はしていないらしい。 「は、早く、奥の部屋に行こう」 周瑜に促されて俺も足早に立ち去る。 歩いている間にも、あっちでアンアン、こっちでアンアン、いやらし音が聞こえてくる。 なんて恐ろしい場所に来てしまったのだろうか。 逃げるように階段を上って一番上の階へたどり着き、奥の豪華な襖にたどり着く。 「やっとか」 安堵して襖を開けると、中に数匹の鬼がいた。 ん?要にそっくりな・・・。そう思った瞬間、風が通り抜け、キーンと音が鳴る。 ハッとして見上げると、周瑜に向かって振り下ろされた刀と、それを受けた津々楽の刀が交わり、震えているのが目に入った。力と力がぶつかっている。 「その手をどけろ」 要がギロリと周瑜を睨む。 俺はとっさに、周瑜と組んでいた腕を外して、要に抱き着いた。 「要、こいつは周瑜だよ。話しただろ。落ち着けよ」 「ちょっと、何してるのよ!要ちゃんったら、いくら閂でもいきなり殺すなんてダメよ!」 部屋の奥で叫んでいる鬼に見覚えがある。派手な衣装に、大きな耳飾り。ふわっとした柔らかそうな髪。安部教授だ。 「閂?蒼、お前、姫なのか?」 呆然としていた周瑜が呟く。 「要!」 俺がさらに強く抱き着くと、要の強張った体が緩み、刀を持っていた腕から力が抜けた。 恐る恐る離れると、要の表情は穏やかで、さっきの剣幕が嘘のようだ。 「すいません、つい」 要が笑って刀を鞘に戻す。そのにっこりした笑顔が恐ろしさを増す。 「つい、じゃないわよ!もう、要ちゃんったらいい男なんだけど、蒼ちゃんのこととなるとおかしくなるのが傷よねぇ」 安部教授がプンプンしながら言う。 「安部教授、お久しぶりです」 「あら、ここでは月姫って呼んでぇ。蒼ちゃん、元気そうで良かったわ。こっちでも美人ねぇ。また衣装作って着せてみたいわ」 「ところで、なんで要と左京がいるんだ?」 月姫の隣にいる左京を確認する。あれはどうみても左京だ。左京と並んでいる鬼は見たことがないが・・・。 「嵐兄さん!」 周瑜が奥の人物に気づいて声をあげる。 なるほど、確かに美しい鬼だ。雰囲気は雪音に似ているが、鍛えられた四肢は左京に似ている。 長く伸ばした髪に緑色が混ざっている。着ている着物はあでやかで色っぽい。 「周瑜、殺されずに済んだな」 嵐がクスっと笑う。弟が切られそうになったというのに、余裕の笑みだ。大物なのだろう。 「さすがに、姫が他国の花街へお忍びで行くっていうのはどうかと思ってね。左京に話しておいたんだ」 雪音がにっこりと笑顔を向けてきた。 裏切りものはこいつか! 「蒼、媚薬が欲しいなら言ってくれれば処方してもらったのに。また、楽しみが増えましたね」 要が俺の腰に手を回して抱き寄せる。 ひぃ。だから要に知られるのは嫌だったんだ。口づけされそうになるのを慌てて手で押し返す。場所をわきまえてほしいものだ。 「そうそう。媚薬だったね。花街に長居させるわけにはいかないから、早く見てちょうだい」 月姫が風呂敷から何かを取り出して並べていく。 俺は吸い寄せられるように並べられた媚薬の前に膝をついた。 「色がついてるのと白いのがあるんだな」 「色が着いているのが正規品で、白いのが違法で出回ってるやつね。あ、こら、ちょっと、匂いをかいだり触ったりしちゃダメよ。発情したらどうするのよ。味見はベッドの上で要ちゃんと一緒にやってね。正規品だけは渡してあるから」 「う・・・・」 仕方なく少し離れて観察する。 「こっちはなんで色が着いてないんだろうなぁ・・・」 普通に考えたら、正規品とそっくりにした方が売れるだろう。明らかに偽物ってわかっていたら、いくら安価でも買わない鬼もいるはずだ。 「要、着色剤の原料はわかるか?」 「そうですね。桜が多いかもしれません。あとは琵琶やベリー系でしょうか。桃色の媚薬が人気です」 「なるほど。草木染の染料で、口に含んで毒にならない物か」 大学にある植物で、染料になりそうなものを思い浮かべていく。 「わかりそうか?」 周瑜が隣に並ぶ。さっき殺されそうになったというのにこいつはまたくっついてきて、困ったものだ。ちらりと要の顔色を伺う。にっこりしているが、この笑顔は裏のある笑顔だ。やばいよ、夜が不安だ。 「それについては大学で話すから。少し離れろよ」 「ああ、そうだった。まさか蒼が姫だとはなぁ。でもまぁ、どうりで美しいわけだ。じゃあ、雪音は?蒼のお供?」 俺の身分を知ってもあっけらかんとしているのは、さすが名家の子息とでも言った所だろうか。 「雪音は左京の番だよ」 「えぇ!あの、左京の・・・」 周瑜が雪音と左京の顔を交互に何度も見る。左京は呆れたような、見下したような顔をしている。ちなみに、俺に対しても見下したような表情をよこしてくるから腹が立つ。 「何度も、お立場をわきまえるよう話しているというのに」 ため息までつかれた。 「そちらの姫は、ずいぶん可愛らしいのですね」 嵐が俺を見て微笑む。 「あら、何?私が可愛くないっていうの?」 「めっそうもございません。月姫ほど、妖艶な鬼はこの世におらぬでしょう。その裁量もみごとなものでございます」 「ふんっ、まあいいわ。見終わったなら、場所を変えましょう」 月姫が媚薬を風呂敷に包みなおして立ち上がった。 「あ、あの、もう一つ」 そうだ、今ならチャンスかもしれない。風魔一族の長がいて、姫である安部教授がいる。 「なあに?」 「あの、周瑜がメス型になるのは無理ですか?」 俺が嵐に視線を送ると、隣の周瑜が驚いたように目を開いた。 「こ、こいつ、好きなやつがいて、でも家のために諦めようとしてるから、なんとかならないかと思って」 「・・・・そうですねぇ。周瑜は風魔の子。妖術の力もあります。メス型になることは、許せぬことです」 嵐が目を細めて、その視線を俺から周瑜に向ける。 隣で周瑜の体が縮こまるのを感じる。 「何が問題なんです?仕事は普通にできるでしょう?」 「人から降りた姫には、わからぬ道理もございましょう」 その言い方が気に食わなくて、俺が嵐にくってかかろうとすると、要が俺を止めた。 「蒼、いくら姫といえど、家のことに口は出せないです。それに・・・」 要がそこまで言って言いよどむ。 「なんだよ?」 「例えばですけど、蒼が名家の子息で、俺が平民だったとします。俺が蒼を諦めると思いますか?」 「はぁ?なんの話?」 「例えばですよ。家の都合で、俺が蒼を諦めると思いますか?」 「要が俺を諦めるなんてありえないだろう。家の都合くらいで」 そう言ってしまってからハッとする。その程度のことで。俺は今、そう言っただろうか? 「そういうことだと、俺は思います。さあ、行きましょう」 要が俺の手を引いて部屋から出る。 何も言えない。 この手は、俺を手にいれるために、どんなことだってする。 要が両親に俺への愛を語ったのは、まだ高校生の時だ。 離れ去った俺を手に入れるために、ノーBル賞を取り、植物園を作った男だ。 鬼になってからは、戦い抜いて閂になった。すべては俺を手にいれるために。 振り返ると、顔を伏せ、握りこぶしを下げている周瑜と、うなだれる津々楽の暗い表情が目に入り、 しばらくその光景がひどく胸を痛めた。

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