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第41話

実験室で媚薬を実際に作るために、まずは染料を作ることにした。 桜の花びら、琵琶の皮なんかをグツグツ煮ている様は、魔法使いのようだろう。 媚薬を使ったセックスはとても気持ちが良かったなと思う。 特に俺の場合は、本来の発情期だと要と離れることへの恐怖症がともなうので、恐怖症なしで発情期の状態が得られるのは大変好ましいと言わざるをえない。 大学に通うようになって知った知識のなかに、発情期に過去の体験が影響する場合があることを知った。俺の要と離れることへの恐怖症は、おそらく人間だった頃の要と離れた三年間がトラウマになっているからだろう。 トラウマとは自分では気が付かないものだ。俺の中にあの三年間がわだかまりを残しているとは思いもしなかった。ただよく思い出してみると、要から離れ、日本人学校の理科講師をしていた頃、ひどく胸が痛んでうまく眠れないこともあったし、植物園での安住を得た後も、テレビで要を見るたびに心はズキズキと痛んだから、結構な精神的負荷ではあったのだろう。 その点要は、俺を自分の物にする手はずを整えている段階で、しかもGPSで俺の居場所も把握していたし、家に隠しカメラをとりつけて観察していたのだから、俺ほどのトラウマにはなっていないようだ。 そんなことをグツグツした鍋の前でボーっと考えていたら、午前中に顔を出さなかった周瑜と津々楽が実験室へ入ってきた。 「蒼、今日もやってるなぁ」 ご機嫌らしい周瑜を睨みつける。秋紫国での一件以来、俺はちょっと心配していたのに、周瑜ときたらとくに気にしている様子もない。こういうやつなのだ。 「十日も休んで、国で忙しかったのかい?」 俺の指示で金環(きんかん)の皮をせっせと向いていた雪音が、もう飽きたとばかりにぐっと両腕をあげて体を伸ばした。 「いろいろあってさぁ。なあ、津々楽?」 周瑜がにっこり笑うと、津々楽が斜め上に視線を逃した。少し頬が赤くなって、照れているように見える。 「おや、結ばれたのかい?」 その反応から、雪音が何かを感じ取ったようだ。 「ふふ。俺はついにメス型になったんだ!」 「あ、あぶないっ」 周瑜がいきなり飛びついてきたから、あやうく手に持っていたかきまぜ棒を落としそうになる。こげないようにかき混ぜていないといけないから、とびかかられても逃げることができない。 「要様のおかげだよ。あそこでガツンと言われて、俺は決心したんだ。何があっても津々楽を俺の番にするって」 「へぇ」 べらべらしゃべっているなら、そっちの鍋をかき回してほしいものだ。 「でも、津々楽が良く承知したね」 雪音が津々楽に視線を投げると、津々楽の顔がさらに赤くなった。 「そこは、強引に契ったんだ」 「え?無理やりしたってこと?」 びっくりして俺も津々楽に視線を向けると、ついに津々楽が手で顔を隠した。 「そう。風魔の風で津々楽の体を縛って、俺の中に津々楽のちんこを入れたんだ」 「ぶっ」 卑猥な言葉に吹き出しそうになる。無理やり入れた?そんなことってある?逆は経験済みだし、鬼の世界ではよくあることだけど。 「それはご愁傷様。でも、勃ったんならやられても仕方ないねぇ」 雪音がクスクス笑う。確かに、入れられたということは、津々楽にもその気があるということだろう。 「初めては結構痛いもんだなぁ。何度もすると気持ちよくなるっていうから、その日から何度もしたんだけどなかなか良くならなくて、最終的には津々楽も協力してくれて、俺も気持ちよくなれるようになったよ」 「その報告は別にしなくていいけど」 まったく、堂々と話す内容ではないだろうに、周瑜は恥じる様子もない。 「なぁ、要様とはどんなふうにするの?俺、もっと津々楽と良くなりたいんだ。教えてくれよ」 「え・・・」 そう言われても、要のセックスは独特な気がする。とにかく自分の独占欲をなんとかしたい感じのセックスだし、それ以外の男とのセックスなんて知らないし。 「雪・・・」 雪音に話題を振ろうとしたが、よく考えると、たぶん雪音と左京のセックスも普通じゃない。雪音にSっけがあるのは明らかだ。縄なんて買ってたし、参考にはならないだろう。 「なぁなぁ」 「教えない。それよりも、来たんなら手伝えよ」 助言ができないことを悟ると、俺は実験に意識を戻すことにした。 周瑜と津々楽がどんなふうに愛し合うのかちょっと気にはなるけども。 🔷 その日の夜、俺達は話をすべく、町の飲み屋に来ていた。 外食なんて久しぶりだ。夏青国では日本酒や焼酎ばかりだが、冬白国にはなんと、麦酒(つまりビール)があった。久しぶりのビールは最高にうまい!要にも飲ませてやりたい。 「で、誰が犯人なんだよ?」 周瑜がターキーを素手で豪快に食べながら言う。ボロボロこぼして子どものようだ。本当に名家の子息なんだろうか。食事の前に津々楽が周瑜の膝の上に手ぬぐいを置いた理由が良くわかった。 「今日、俺が染料を作っている時に、実験室の隅にいたやつだと思う」 「あーあの、太った小柄な鬼か。でもなんでだ?今日は他にも実験しているやつがいただろ?」 「実験の手がほとんど止まってたんだよ」 「どういうこと?」 「俺が思うに。染料の作り方がわからなかったんじゃないかな。高先生の授業は薬になる植物の解説がほとんどだろう?植物から色をとる実験は薬学ではやらないんじゃないのか?」 「そういえば、やったことないな」 「出回っている違法な媚薬に色が無いのが気になってたんだよ。媚薬っていうのは、薬師組合が作っていて、門外不出なんだろう?だから、三種類しかないし、価格も安定している。これはあってる?」 「あってるよ。媚薬に限らず薬の作り方は口外できない決まりになってる。大学入る時に誓約書に名前を書かされただろう?薬の製造も販売もすべて薬師組合が管理している。出回っている媚薬は薬師組合を通してないから、すごい安いんだと思う。薬師組合とも会って来たんだけど、違法な媚薬は生成過程が乱雑で異物が入るから、体に悪く中毒の症状が出るんじゃないかってさ」 「となると、媚薬の作り方をよそへもらして利益を得ているやつがいるってことだ。媚薬の作り方を知っているのは、薬師組合の者か、大学で薬学を学んでいる者または学び終わった者になる。薬学を大学で学んで、薬師組合に入らない者はいるか?」 「俺達?」 周瑜がんーとうなって首をかしげる。 「俺達以外に」 「んー、普通は薬師組合に入るだろうなぁ。大学出てれば頭になれる道に進めるし、そのために大金払って大学へ来るわけだしな。薬師組合に入るわけでもなく、ただの遊びで学びに来るなんて、よっぽどの金持ちだから、調べればすぐわかるだろうな」 「薬師組合で修業を積んでるやつなら、染料の作り方もわかるだろう。でも、違法の媚薬に色が着いてないってことは、犯人はまだそのやり方を知らない学生ってことになる。つまり、俺が派手に染料を作りまくっているのを血眼で観察し、作り方を書き取っているやつが犯人ってことだ」 「確かに、あの子、今日はちらちらこちらを見て、机の上の作業は進んでいないようだったねぇ。あぁ・・・そうか。それで今日は紫だけ外したわけだ。やるねぇ、蒼も。これで桃色と橙だけが違法な媚薬で出回ったら、まず間違いなく犯人はあの太った子だろうねぇ」 雪音が琥珀色の液体が入ったグラスを揺らしながら遠くを見つめる。度数が高い酒を飲んでも顔色一つ変えない雪音は、さすが年長者といった感じだ。 紫の染料を作らなかったのは、単純に材料が無かっただけだが、まあ言わなくてもいいだろう。ブルベリーの木もあったし、桑の木もあったのだが、実が成っていなかったのだ、残念。鬼の世界は季節が曖昧で、いつなるのかはっきりわからない。その植物のサイクルを調べるしかないだろう。 「よし、さっそく明日、しょっ引いて問い詰めよう」 周瑜がガッツポーズを取る。 「馬鹿言うな。証拠はないぞ」 「とっちめれば吐くだろう」 「そういうやり方は良くないと思うぞ」 「周瑜様、見張りをつけましょう。色の付け方がわかったなら、すぐにでも作って金にしている裏方と落ち合うでしょうから、そこを取り押さえればお縄にできます」 静かに話を聞いて酒を飲んでいた津々楽が顔をあげた。いつも無表情な鬼だが、瞳に力がこもっている。なかなか犯人をあぶりだせずにいて焦っていたのは津々楽も同じだったのかもしれない。 「よし!任務が終わったら、新婚旅行だな。夏青国のリゾートって宿に行くって決めてるんだぁ」 周瑜が大きな瞳を輝かせている。 「リゾート?」 「丸金一族が最近完成させた旅館だよ。要様の考えっていう噂だぞ。なんでも、海をみながら温泉に入れるんだそうだ。しかも、その温泉は個室みたいになっていて、番だけしか入れないらしい。ヴィラ?っていうんだっけな、その温泉がある小さい家のことをそう呼ぶらしい」 周瑜が夢を馳せる少女のように頬を紅潮させて興奮気味に説明してくれた。 「要様はいろんなものを作られるからねぇ、丸金一族は要様が閂になってからますます栄えているんだよ。そのリゾートってやつ、要様が蒼のために作ったんじゃないのかい?一緒に過ごす場所としては最高だろうに」 リゾートにヴィラって、南国のイメージか。要のやつ、学校も作ろうとしているみたいだし、本当に多才なやつだ。閂はある意味、要の天職かもしれない。要の才能を最大限発揮できる職業だと思う。 コーヒーだったり、洋服だったり、もしかしたら閂と姫が元々人間だった記憶を持ってこちらへ転生するのは、閉鎖されたこの鬼の世界の淀んだ空気を換気するためだけでなく、人の世でしか発達しない文化やテクノロジーを鬼の世界へ広めるためなのかもしれない。国が四つしかなく、生きた神がいるこの世界では、発達が促されないものもたくさんあるのだろう。そういった空気以外の物事も換気するのが閂の役目なのかもしれない。 「そういえば、嵐は怒らなかったのか?周瑜がメス型になることに反対してただろう?」 「嵐兄さんは大笑いしてたなぁ。まぁ、風魔の術を受けつぐ子を成すことって条件で許してもらえたよ。たぶん。な、津々楽、小作り参りもしなくちゃなぁ。とにかく、さっさとこの事件を終わりにするぞ!よし、乾杯だ!」 「周瑜様、少し飲みすぎでは・・・」 新しい酒を注文しようとする周瑜を津々楽が止める。周瑜が自由気ままに行動するのは津々楽が過保護すぎるせいな気もしてきた。 「まぁ、こっから先は任せるよ。やっと俺も自分の研究に専念できるな。雪音、明日からは写本にも力をいれるからな」 「・・・・私は遠慮しておくよ」 薬学を習い終わったら、俺も薬師組合に入れてもらえるだろうか、そしたら夏青国へ帰っても植物と繋がっていられるかもしれない。そうだ、仙花の研究もしたいしなぁ。明日からは仙花についても文献がないか調べるか。 この時の俺は、明日からやりたいことに浮かれて、恐ろしい事態が待ち受けていることなど、知る由もなかった。

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