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第47話

「蒼、食事にしましょう。起きれますか?今日は新鮮なブリが供えられていたので、お刺身食べれますよ」 刺身と聞いて、心が躍るものの体がうまく動かない。冥府の神の神殿に引きこもって何日たっただろうか?どうせ脱ぐことになる下着を身に着けるのもめんどうで、俺は薄い着物一枚を羽織って、帯で留めたかっこうで食卓に着く。 各地にある冥府の神をまつっている祠に供物が供えられると、この神殿の台所へ供物がワープするという画期的なシステムにより、俺は毎日豪華な食事に舌鼓をうっている。要が作る料理は、鬼の世界で食べるどの料理よりもうまい。それはもちろん、人間だった時に食べていた料理ということと、俺の好みを熟知した要が作っていることによるだろう 「いただきます」 俺が食べているところを嬉しそうに眺める要の姿も、なんだか懐かしい。 「おいしいですか?」 「うまいよ」 山葵(わさび)醤油にブリの刺身をつける。山葵なんてものもあるのか。ありがたいことだ。 豆腐の味噌汁もうまい。胃に染みる。ここは本当に死刑囚が送られる土地だろうか。 「蒼、だるそうですね」 「それはそうだろ。お前はもう少し眠った方がいい。隙さえあれば触りやがって・・・。うーん、だるいし、なんか暑いなぁ」 味噌汁で体があったまったのだろうか、なんだか顔が火照っている気がする。薄着ですごしているせいで、風邪でもひいて熱でも出たか? 「うふふ。発情期ですね」 「うっ」 要の言葉にうっかり箸を落とす。発情期、そんなものがあることをすっかり忘れていた。そういえば、前回の発情期から数か月経つ。そろそろ来てもおかしくはないだろう。 「んっ」 要に少し背中を撫でられただけで、ぞくりとしてしまった。 俺にとろけるような熱い視線を送ってくる要に背筋が走る。おまえが発情してどうする。 「さ、しっかり食べてください。しばらく食事はできなそうですし」 にっこりと笑う要の笑顔に、俺はごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと刺身をもう一口食べた。 🔷 「あっ・・・うっ・・・」 「蒼・・・気持ちよさそうですね」 要に激しく突き上げられて、快感で涎が出る。 「もっと、もっとして」 「俺のこと好き?」 「好き」 俺に覆いかぶさっている要の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめる。 広くて大きな背中が好きだ。筋肉質な腕も好きだ。 「俺のこれも好き?」 要がもったいぶるように、腹の中でアレをうねらせる。 「好き・・・早く・・・もっと」 思わず腰が動いてしまう。もっと、もっと、とねだり続ける俺に要が優しく口づけを落とす。 「愛してます」 要が早い動きで攻め始める。 「あっあっあっ」 激しく中をつかれて、もう何も出ないのに、絶頂に達する。 要からも少し少なくなった精液がドロリと出た。 「はぁはぁ・・・少し、休みましょう」 汗ばんだ要の肌が離れていく。要が俺の隣にごろりと横になる 俺はまだ足りなくて、要の胸板に甘えるように抱き着いた。 「分離恐怖症なくなりましたね」 確かに、いつもだったら、少しでも要が離れるそぶりを見せると俺の体は拒否反応のように震えだしたはずだ。しかし、震える様子はないし、心も穏やかで、ただ快感の余韻だけで満たされている。 「追いかけてきたのが良かったのかもな。離れても、追いかければいいって、今は思えるから。なんだかすごく穏やかな気持ちだ。欲しいものは自分の手で手に入れないとダメってことだよな、待ってるだけじゃダメってことだ」 「そう・・・ですね、でも、蒼は欲しいものは自分の手で手に入れるでしょう?蒼にとって俺は自分から動くほど手に入れたいものじゃなかったんですよ。それが、手に入れるために動くほど欲しい物に変わったんです。やっと俺を本気で好きになってくれたんだって、俺は、結構、本気で嬉しかったんです。蒼に関して満たされるって気持ちは初めてです」 要が俺の髪を愛おしそうになでる。その表情には確かに今まで感じたことのない安堵が伺える。いつもどこか不安げだった要の笑顔とは違う。 「ある意味お前の方が分離恐怖症ぽいもんな・・・んー、眠い」 「少し寝ましょう。暗くて時間の感覚がなくなりますけど、たぶん明け方ですよ。一晩中してたんで」 「ん・・・でも、よごれて・・・風呂に・・・」 生返事を返して、俺はそのまま眠りについた。 🔷 優しい明るさで満たされた世界。黄金色に降り注ぐ光。 ゆらめく草花。 肌に触る暖かい風。 ふわっふわっと体が軽く、気持ちがいい。 一日中風に撫でられ、暖かい光に包まれ、幸せだ。 空から降り注ぐ心地よい光を浴びていると、笑い声が聞こえてきた。 下からだ。 またあの声。 笑い声が聞こえると、決まってたくましい土の匂いと、力強い若葉の香りがただよってくる。 笑い声は、あちらから、こちらから、むこうから、どこからともなくやってきて、そして去っていく。 その声からは自由を感じる。 あぁ、うらやましい。 私もあちらへ行ってみたい。私もこちらへ行ってみたい。 あの声を聞くと、幸せなはずの軽いわが身がこころもとなく感じてしまう。 「藤よ、藤よ」 笑い声とともに名を呼ぶ声が聞こえる。 その声の内に熱いものを感じる。 「藤よ、藤よ」 その声に恋い焦がれる熱を感じる。 あぁ、やめてほしい。呼ばないでほしい。 私は自由に行かれないのだから。 そんな焦がれる思いを寄越さないでほしい。 「藤よ、藤よ」 恋い焦がれる思いが身を焼いてゆく。 私の中にも灯った思いが身を焼いてゆく。 自由になりたい。私も駆けてみたい。 「藤よ、藤よ」 あぁ、やめてくれ! 「蒼?大丈夫ですか?蒼?」 「・・・野山が・・・ん?」 「うなされてましたよ」 「え?・・・ここは・・・」 当たりを見回す。蝋燭の火、暗い夜空。手に触れる絹の感触。手がある。そうだ、俺には手がある。 「藤だった時の記憶を見たんですか?」 両手をまじまじと見ている俺に、要が真剣な眼差しを向ける。 「藤?そう・・・俺は藤の花だった。お前は・・・お前は野山だった。俺はお前がうらやましくて、自由がほしくて、それに、お前の恋焦がれる気持ちがうつって・・・それで・・・それで?」 ちょっとしたパニック状態に陥ったようだ。頭の中がこんがらがる。うまく全部は思い出せないが、明らかに今まで頭になかった情報が今はあろうとしている。 「冥府の神に教えてもらったんですが、まだ人と鬼と神が一緒にくらしている時、俺は野山の神で、蒼は藤の神だったそうです。でも、ある日、藤の神が藤から離れて人に生まれ変わっていなくなり、そしてそれをおいかけて野山の神だった俺も人になってしまったそうです。そして、生まれ変わるたびに俺は藤を探して生きたそうですよ。そんな俺達を見て、冥府の神はバカだと思ったらしいですけど、俺がとうとう蒼を手に入れて毎日一緒にいるのを知って、少し悔しがっているみたいでしたね」 「神だった?俺達が?」 「そうですよ。俺が初めて蒼を見た時、性別なんて忘れるくらい夢中になったのは、そのせいだったんです。俺達は、一緒になる運命だったんです」 「んー・・・まぁ・・・お前の俺への執着度合いが神話級だというのは確かだけどな・・・」 「ずっと追いかけ続けて、やっと手に入れて、今度は蒼が俺を追いかけてくれたんです。こんなに満たされることはもう無いですよ」 「それはよかった・・・・てか、風呂入ろう。べちゃべちゃで気持ち悪い」 「そうですね」 ロマンティックな夢もロマンティックな話も、布団と股間の状況がぶち壊した。 これが現実だ。ドロドロしてベトベトして、気持ちが悪い。 「お風呂入って、またしましょう。まだ発情期は始まったばかりですしね」 心底嬉しそうに笑う要の笑顔が怖い。 まとわりついた精液の匂いと、要の汗の匂いに反応して火照る自分の体も怖い。 あぁ、怖い。怖くて愛おしい目の前の男に、俺は自分の唇を押し付けた。 風呂がもう少し後になったのは、言うまでもない。

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