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第48話
産土の地から帰った冥府の神はずいぶんと機嫌がいいらしかった。
要に影を返すと、上座に座禅を組むように座り、そのまま眠りへとついた。
眠っているようには見えいないのだが、要が言うには、このまま必要がない限りは起きないらしい。
長居は無用と、俺達は冥府の地を後にすることにした。
「ここを通っていくのか?」
要が示した帰り道は光り輝く薄 の道だった。
「この薄が産土の地まで続いているんです。帰りはそこから帰れます」
「今度は産土の地か・・・」
要の後に続いて黄金の道を歩いて行く。
薄林の中央に人が一人歩けるだけの道がある。おそらく冥府の神が通る道なのだろう。
両側に光る薄を携えて二人で行く様は、神が渡るようだと思う。まさに、神話の世界ぽい。
「幽霊の、正体見たり、枯れ尾花」
「俳句ですか?」
俺のつぶやきに要がちらりと振り返る。
「いや、なんとなく、三途の川ってもしかしたらこんな感じの光る薄の川だったりしてとか思ってたら、この俳句が思いついただけだ」
「あぁ、枯れ尾花って薄のことでしたっけ?」
「そう。幽霊の正体が薄じゃなくてさ、薄の向こうに死んだ人が見えたのかなって・・・」
「ありえますね。産土の神と冥府の神を繋ぐのがこの薄の川だとしたら、これが三途の川かもしれません」
「川を渡るんじゃなくて、進んじゃってるけどね、俺達」
「ははっ、なんか違いますね」
ぶらぶらと暗い中を、薄の川だけを頼りに歩いていると、次第に前方が明るくなってきた。
夜空にオーロラが浮かんでいる。まさか、オーロラまで見えるとは。
もう少し進むと、オーロラの下が巨大な森になっていることに気がついた。
樹齢何千年ともいえる大きな木々で森が作られている。こんな森はもちろん見たことがない。
うっかり、テンションがあがる。
「蒼、今回は通るだけですよ。子作り中の番の邪魔はご法度ですからね」
「わ、わかってるよ。そういえばお前の影、暴走しないな」
「神の制御下に入るんで、そもそも神の地では妖術は使えないんです」
「それは何よりだ」
光る薄の川の終わりに、また神殿があった。こちらは産土の神の神殿らしい。
要に続いて、俺も神殿の中へ入る。建物の構造としては冥府の神の神殿と同じだ。
ただ、オーロラのおかげで周囲はもっと明るい。ピンクとオレンジの空のせいで、なんとなく全てが妖艶に見える。
「良く、きたな」
「お久しぶりです。また通らせていただきます」
上座に鎮座する産土の神を見て、吹き出しそうになるのをこらえる。
そうだろうなとは思っていたが、産土の神は健兄 にそっくりだった。
眠っていたのを起こしてしまったらしく、産土の神はあくびをしている。
「冥府の神が地に降りて、鬼達に宣託を授けていたよ。夜叉の血が途絶えたら、鬼を見捨てて神の世に帰るそうだ。お前たち、子を作らねばこの世界が崩壊するぞ」
「崩壊は困りますね」
要がちらりと俺の顔を伺う。
なるほど、要が子供を作ろうとしているのは、夜叉の術を使える子孫を残さなくてはならないからだったのか。そればっかりは仕方がないと思う。俺達が子供を作らなければ、この世界が終わってしまう。この世界には雪音やお陽たちもいるし、人間だった時に世話になった他国の閂と姫たちもいる。周瑜と津々楽にも礼をしなければならないし、滅ぼすわけにはいかない。
「まぁ、作るか」
「はい」
俺の返事に要が嬉しそうに笑う。そんなに欲しかったのか、子ども。やっぱり人間だった時も、本当は子供欲しかったのかなと思うとちょっと胸が締め付けられる。どうにもならないことだったけど。
「野山、良かったな、藤が手に入って。ふあぁ~俺は寝るよ。またそのうち夜叉をこちらへよこしてくれよ」
そう言うと産土の神は、座禅を組んだ格好のまま微動だにしなくなった。まるで生きた仏像だ。神様ってのは基本寝ているのだろうか。
「夏青国へ戻っても問題なさそうですね。少し休憩してから出発しましょうか。こちらの神殿の方が供物がたくさんあるんですよ。蒼の好きなチョコレートもあるかもしれません」
「うん」
台所へ行くと、チョコレートもコーヒーもあった。要がクレープを作ってくれて、俺は始終ご機嫌だ。建物も着ている物も平安時代ぽいのに、二人でカフェみたいな食事をとっているのが違和感たっぷりで、二人して笑った。ほほえましい休日のようだ。こうやって二人で過ごしていると、罪人としてここへ送られてきた日のことなど、もうずっと昔のことのように思えるから不思議だ。
「ずっとここでこうしていたい所ですが、蒼には無理ですよね」
要が食べ終わった皿を洗いながらつぶやく。
「ここでダラダラ、食って寝てを繰り返すだけなんて、俺も座禅組んで眠り始めそうだな」
洗い終わった皿を拭きながら、ぼんやりと返す。すでにこののほほんとした空気に脳が退化しはじめている気さえする。
「それは困りますね。俺は毎日セックスしたいです。冥府の神と産土の神みたいに、年に一回まとめてするなんて、無理です」
さらっとえぐいことを言う要に冷やりとしたものを感じる。俺は毎日したくない。要とはずっと一緒にいたいし、大切に思っている。これからの課題は、こいつの性欲の餌食からどうやって逃げるかだなと頭を捻る。子供ができたら少しは落ち着いたりするのだろうか・・・。
「まぁ・・・あれだ、帰るか。みんな心配してるだろうし」
とりあえず、話をそらすべく、皿を急いで拭いて棚に戻していく。
要の視線を感じるが、今は見て見ぬふりだ。まともに相手をしていたら身も心も持たないだろう。
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産土の森にある大木には大きなウロがあり、そこで小作りをするらしかった。
ピンクとオレンジの空の下で、ウロから明かりが漏れている様は、なんだかメルヘンだ。
雰囲気はメルヘンなのだが、ウロから漏れ聞こえてくる喘ぎ声は全然メルヘンなんかじゃない。
まぁ、小作りしているんだから、そうなるだろう。この大木を調べたいところだが、ここはさっさと帰宅した方がよさそうだ。
「子供ができると、木は枯れてしまうんですよ。不思議ですよね」
「ってことは成長スピードが速いってことか。この辺の地面はうっすら光ってるだろう?産土の力の影響なのか?」
「おそらくは。木の成長が早いのもこの土地のせいだと思います」
「不思議だなぁ。木の年輪を見たいところだが、無理だよな。神聖な物なんだろうし」
「そうですねぇ。この森は、森であって森じゃないですから・・・」
「この被り物がなかったらもっと良く見えるんだけど」
編み笠から布が足元まで垂れている帽子をかぶらされているので、あまり良く見えない。
もう少し布が薄かったらよかったのだが、要に手を引かれていないと、足元すらおぼつかない有様だ。時々隙間から景色をみるのだが、要にバレるとひどく叱られる。
「ダメですよ、外しちゃ。蒼は発情期ではないですけど、姫を抱きたいオス型なんていくらでもいるんですから。それに、ここへ来るメス型はみんな被ることになっています。発情期のメス型はオス型にとってはすごく魅力的なんで、番同士でおかしなことになるのを防ぐ必要があるんです。俺に鬼殺しをしてほしくないのなら、しっかり被っていてください」
鬼殺し、という言葉を聞いてごくりと唾をのむ。要が幽閉されている間、貢物がたくさんあったことや、俺を共有の番にしようという話が持ち上がっていたことは絶対に知られてはならない。知ったら要のやつ、雲京を殺してしまうような気がする。雲京は嫌なやつだが、左京と雪音の兄弟だし、人材としては高い能力を持っているのだろうから、殺させるわけにはいかない。
「そんなにやきもち妬かなくても、俺はお前以外受け付けないけどなぁ」
繋いでいる手にそっと寄り添う。この編み笠のせいで要の腕にくっついて甘えてやることができない。
「わかってますけど・・・」
要が突然止まって、布を少しめくって、自分の顔をこちらへ近づけて口づけをしてくる。
軽い口づけだけすると、また歩き始める。
なんだかその行動が甘くって、恥ずかくて、俺は自分の足元だけを見て黙って歩いた。
しばらく歩くと、四つに分かれた道に出くわした。
一番左の道には雪花が美しく並び、木々の上に雪が積もっている。その隣の道には妖艶に紅葉した木々が並んでいる。その隣の道には青々とした力強い若葉を備えた木々、最後の道には可愛らしく花びらを散らす紫の花が咲き誇っていた。
「便利だな。それぞれの国へ繋がっているのか」
俺達は少し熱気のある風が吹いてくる道を選んで歩き始める。
「冥府の土地には出ていく道はないんですけどね」
「そういえば、冥府の土地に入った時、振り返っても門が無かったな」
「「死して冥府の地へ行き、産土の地より生まれ来る」っていう言葉があるんですよ」
「へぇ。まさに、その通りだな。あー、やっと帰れるな。まだ紫の染料作れてないんだよ。桑の実でもブルーベリーでもそろそろ実ってないかなぁ」
「は?大学に戻れるとでも思ってるんですか?」
要の声のトーンが変わってギクリとする。
「え・・・・ダメ・・・なの?」
「ダメに決まっているでしょう?あれだけの騒ぎを起こしておいて、何言ってるんですか。当分は自宅謹慎です」
「うっ・・・」
くそ、あの小太りの鬼さえいなければ!あいつめぇ、今度あったらアソコがつかいものにならなくなる薬をもってやる!俺の研究の続きをどうしてくれるんだ!温室へ行けない日々なんて、嫌だ!くそっ、くそっ、くそっ。
夏青国へ帰る間、俺は怒りに任せて地面を踏みつけながら帰った。そんな俺を見ても、要は顔色一つ変えず、意見も変えてくれそうにはなかった。くそ!
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