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第9話【健の存在】
結局、バイトはしていない。
バイト以前に誰かの素肌に触れたことのない俺は、誰かを気持ち良くなんてできる気がしなかった。健が言ってくれたように、気持ちいいことをされなかった俺が誰かを気持ち良くしてあげられたら何か満たされるかもしれない。その言葉が引っかかって興味はあるのだけれど、今だに踏ん切りがつかないでいる。
夏休みなんて、とっくに終わって寒くなってきた。健が何かと一緒にいてくれるおかげでピアスの数は二個止まりだ。
だけど、初めて蓮にされたのも寒い日だった。心にポッ
カリと空いた穴は深くて俺を飲み込もうとする。
「…蓮」
[健、来て]
それだけのメッセージを送るとソファーにうずくまった。
「千秋…」
「健…」
「ピアス開けるか?」
「うん。お願い」
インターホンにさえ気付かない程、深く眠っていた。あのメッセージだけでも健は来てくれるって分かっていたからか、安心したのだろう。
ガチン
「大丈夫か?」
「うん…健…」
「ん?いないほうがいいなら帰ろうか?」
「ううん…側にいて欲しい…」
「あぁ、ん?お、お、おっと」
「ここにいさせて」
ここと言うのは、健の膝の上で腕の中。必然的に健に抱きしめられる形で、自分でも無意識にそこにいた。
最近、夜中に目が覚めて中々寝付けず、その繰り返しで寝不足だったからか昨日は健の腕の中が暖かくて不思議なほど眠れた。いつもだったら、ジンジンする痛みを感じながら蓮を思い出していたのに…
いつのまにか、ベットにいて目の前には健の寝顔。
そっか…健、ずっといてくれたんだ…まじまじと健の顔を見るのは初めてだが、なかなかのイケメンで見入ってしまった。
その時、一瞬だけ健の目が開いた。
「んーーやっっぱり…何か視線感じたんだよ…そんなに見つめられたら穴開いちゃうだろ…」
「いやーカッコいいなって思ってさ」(棒読み)
「はっ今更」
「あーカッコいいー今まで気付かなかった」(棒読み)
「おい!それ止めろ!」
「はは、やだっ何すんだよ」
くすぐられて二人でじゃれつく。
久しぶりに、こんなに笑った気がする。
「なぁ、健」
「ん?」
「もう一回バイト見学って出来るかな?俺さ…最近一人でいるとちょっと…だから」
「店長に聞いてみるよ」
「迷惑じゃないかな…」
「大丈夫だろ。だけど普通にカフェとかでもいいんじゃないか?メンズエステって抵抗感ある人の方がほとんどだと思うし」
「そうだよな…だけど、前に見させてもらった橘さんの気持ちよさそうな姿が忘れられなくてさ…俺は反応しないしイったこともないから難しいかもしれないけど、俺もあんな風に誰かを気持ち良くしてみたいな…って。何か、ごめん…」
「そーゆーことなら気にすんな。また、橘さんに頼んでみるよ」
「うん。頼むよ」
「と言う訳で、橘さんばかりすみません。何度も見られるの嫌じゃないですか?」
「恥ずかしいけど、僕が断ったら他の誰かにお願いするんでしょ?それに、頼られてる感じがするし…何て言っていいか分からないけど、僕も健くんにお願いされるの嬉しいから。ね?」
「ありがとうございます!」
今日は部下に叱りすぎてしまったのでキツくして欲しいと言うリクエストだった。
だからと言って、怒ったり叩いたり酷くする訳ではなく、焦らして焦らして簡単にイかせないように攻め、ペニスの根本にはイかないように紐で結ばれた上で橘さんの感じることをするのだ。橘さんは苦しそうに許して欲しいと請うが、そんな姿を健は優しい顔つきで見つめ、最後は思いっきり前立腺を刺激してイかせた。その時も、やっぱり抱きしめてあげるし、橘さんもギュッと健にしがみついて震えながらイくのだ。
「やっぱり健すごいな」
「何だよ」
「他のお客さんもあんな感じなの?」
「あんな感じって?」
「健がやってることってエッチなことじゃん?」
「まぁ、性的サービスだからな」
「だけど健と橘さん見てると、何か幸せな気分になるのは何でかな?」
「幸せな気分て何だよ」
「いや、わかんないけどさ。俺にも出来るかな?」
「やってみないとなー」
「健、」
「嫌だ」
「まだ、何も言ってないじゃん」
「練習台になれって言うんだろ?」
「さすが!俺のことわかってるー」
「うるせーよ」
二人でケラケラ笑った。
健といると、俺は子供に戻ったように、わがままを言ったり弱いところを見せたり素直になれた。
今の俺には、健の存在が不可欠だ。
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