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第9話

「土方様」  赤ん坊を抱きしめる怜音ごと土方は大きな腕を回して抱きしめた。 「帰したくない」 「土方様」  涙は怜音の上から赤ん坊に向かってぽつぽつと、何粒も落ちていった。 「もう延びることは出来ないのか?」  もっと一緒に居たい。  素直な感情が、小さく漏れた。  「さっきの話ですけど……」  怜音が土方にもわかるように話し出す。 「身請け、上がってしまえば、僕に何も言う権利はありません。土方様にはそんなお金はないでしょう」 「それは……」 「ならここにいる間に番ってしまえば」  驚きに目が見開かれた。 「確かに、そうなれば僕に身請けの話は来ません」 「それなら」 「嘘はバレますよ。折檻は嫌です」 「嘘なんかじゃなければいいだろう」 「誰とですか」 「俺だ」 「却下です」  あたりに居た誰もが事の顛末を見守っていた。 「なぜ」 「それここで言っていいんですか」  あっ、そういう顔を土方がしたのを、沖田が気が付かないはずが無かった。  困惑する周りとは反対に、沖田は嬉しそうに笑った。 「本気で愛する人ができて、それが相思相愛なんて、今の世の中では奇跡です。良かったですね。二人とも」 「総司……」 「怜音くんも噛まれてみてから今後の事は考えませんか」  それには怜音は首を左右に振った。 「なぜですか。存外うまくいくかもしれません」 「誰かの不幸の上に立ってですか」  怜音はまぶしそうに障子を少し開けると、入る光に目を細めた。 「嫌ですよ。僕は誰の事も傷つけたくはありません。この子にもお父さんは誰かを不幸にしてお前と一緒に居るんだよなんて、言いたくありません」 「誰も傷つかないでしょう」  そう言う沖田の顔は逆光でよく見えなかったが、小さく何かが光ったようには見えた。 「眩しくて、目が痛くなるじゃないですか」  そう言って沖田は眼をこすった。 「ええ、眩しいですね。目が痛くなりますよね。――僕は約束通り帰りますよ」 「怜音!」  土方が手を緩めることは無く、首に頭をグリグリと押し付けた。 「なに、子供みたいなことをしているんですか」  片手で土方の頭を撫でた。 「駄目ですよ。お国の為に沖田様とやるべきことがあるのでしょう」 「怜音!」 「名前しか呼ばないんですね。今のはどっちのレオですか」 「お前だバカ」  肩口が、水分を含んでじんわりと温かい。 「なぁ、――絵を描いてもらおう」 「絵、ですか?」 「ああ、家族3人で一緒に居る絵だ」 「沖田様も一緒ならいいですよ」 「僕ですか?」  沖田の顔が、悲しそうに嬉しそうに、なんとも言えない雰囲気で、そのまま眼を閉じた。 「どうですか、幸せの象徴ってやつです。ねえ、土方様、いいでしょう」 「お前がそういうなら、出来ればすぐがいい」 「そうですね。完成くらいみたいですから」  そう言って笑った怜音がその完成した絵を見ることは無かった。      ◇    出来上がった絵を持って、遥か遠くを眺めている土方に沖田が駆け寄る。 「ここに居たんですか。あっ描きあがったんですね。怜音君、いい顔してるじゃないですか。せっかくだから陰間茶屋に見せに行きますか」  格子のところに居たら、出てくるかもしれませんよ。  沖田がそういうと、目の前に小さな号外が差し出された。  号外は慶喜の政権の変換だったが、端の方に、しっとりと濡れた握りしめられた痕があった。 「え……」 「もう、行ってもいないのだよ」 「土方さん……」 「剣を振ってくる。総司、少し礼緒を見ていてくれるか」 「はい」  道場に響く泣き叫ぶ雄たけびと、剣が風を切る音だけが、いつまでも響いていた。 「怜音ぉ――――――――――」    握りしめたその端には、稀代の男娼、白夜が身請けを断って見せしめのため殺されたと、書かれてあった。  時代の流れの中では、本当にちっぽけな存在だった。      ◇        

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