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第11話

 大きな窓からは眩しいほどの刺すような光が入り込み、真っ青な空が遠かった。寝ぼけ眼で三条高雄(さんじょうたかお)は降り注ぐ光の方に目をやった。  ズキン! 「またかよ……」  最近特に痛む頭に手をやり、それでもカーテンの隙間から時刻を確認するように、ベッドの中から細い首をのばしお天道様に目をやった。  二階の窓から下を見ると、小学生の子供たちがぶんぶんとランドセルを振り回しながら、キャッキャと楽しそうだ。集団登校の時間となれば七時半というところか。  今日はまだ、こんな時間に起きなくてもいいのだと言わんばかりに嫌そうに目を細め、また布団にもぐりこんだ。    三月二十日、無事に大学を卒業し、内定の決まっていた国語教師の道も思ったような嫌がらせは無く、どちらかと言えば順風満帆の一途だった。    ただ二点。  自分がオメガであるという事と、最近見る夢が、なんだか生々しいという事を除けば。    ヒートの度に見る夢は何だか悲しそうで、見た翌日は、少しばかりへこむ。夢に出てくる顔の分からない男の人は、いつも布のようなモノにくるまれた丸い何かを抱きしめている。 「うわぁ」  小さく声が漏れた。  ヒートの時にしか見ない夢を、なんでヒートまで二か月近くある今、こんなに鮮明に見たのか高雄はとても気になったし、いつもは中身の見えないその丸い物が、今日は少し見えてぞっとした。 「最悪……」  必死に頭を振り、忘れようと躍起になった。  気を取り直して新しいパジャマに身を包み、着ていたパジャマをその辺に放り投げ、親が番ができたらと勇み足で買った大きなベットの真ん中に、今日も一人で陣取った。 「…………………かおー」  階下から声が聞こえる。  返事をしようにもなぜか声が掠れて変に裏返った。 「なーに」  聞こえないだろうと思いながらも、一応返事はしてみせた。  パタパタ足音が聞こえ扉の前まで来ると、そこでピタリと止み、声の主はノックもせずに戸を開けた。 「また勝手に入る……」  自分の言葉を軽く無視し、自分勝手に話し出す。 「やだー、起きてるんじゃない。何度も呼んだでしょ」  言うなりベッドにドカリと腰を下ろした。 「ちょっと、高雄」  年頃の男の部屋にノックもしないで入るこの豪快な女性は、何を隠そう自分の母だ。  ――最悪な気分で二度寝まで妨げられ、今日は運勢最悪だと枕に顔をくっつけ、布団の中からシカトを決め込もうと思う自分は、あえて寝たふりを続けた。 「狸とかバレバレよぉ」  別に怒っている感じはしない。むしろ母親が家の中で怒っている所を、実は一度も見た事がない。 「クロックムッシュ」  言うなり布団をめくり上げられ、お尻をペチンと叩かれた。 「はぁぁぁぁ?」  突然のクロックムッシュに高雄は素っ頓狂な声を出した。 「明日から高ちゃん忙しいし」 「高ちゃんとか呼ばないで、恥ずかしいから」 「外では高雄って呼んでるじゃない。家の中は聞きませーん」  ガハガハ笑うこの家の母は、いわば父だ。  うちの家族構成はアルファで一家の大黒柱。普段は剣道の道場を運営している、師範である(たつき)さん。母親だ。名前呼びがいいと我が儘を言うこの人に押し切られる形で、なんとなく(たつき)さんと呼んでいる。  忙しい樹さんの代わりに家事を受け持つのは自分と、パパちゃんこと三条香(さんじょうこう)。オメガであるパパちゃんは、ヤンキーに犯されそうになっている所を樹さんに助けられて、以来、樹さんのことが大好きで、いまだに呆れるほど一途。  あとはベータの妹に、オメガのばぁちゃんがいる。自分はばぁちゃんのことはももちゃんと呼んでいるし、大人しくてかわいい妹の(みやび)も含めて家族仲は良い方だと思う。      明日からは自分の生徒たちと楽しい学校生活をエンジョイできる予定ではあるし、今日にいたっては二度寝も妨げられたし、ベッドの中から背中を大きく丸め伸びをした。 「で、なーに」  そういうと、樹さんは嬉しそうに顔を覗き込み、クロックムッシュ作ってよーといった。 「パパちゃんに頼めば、ほいほい作るでしょ。何で僕?」 「パパちゃんは、明日からの高ちゃんの学校生活が上手くいくようにって、職員室分の大量のクッキー焼いてるのよ」 「は? 持っていきませんよ?」 「何で、持ってってあげたらいいのに」 「嫌です。恥ずかしい」  くだらない問答に、もう着替えるからと樹さんを部屋から追い出し、鍵をかけた。  何気なしに空気を入れ替えようと窓を開ける。  見渡す青空に、真っ白い雲がとても綺麗で、僕は夢のことは無かったことにした。小学生ももういなく、道路は静かだった。そのまま目線を下に振ると、家の下で、こっちを見上げる背の高い男の人と目が合った。  少しだけメッシュが入っている真っ黒い髪の毛を、半ばオールバック風になでつけたイケメンは、何だか言いたげだ。  僕はと言えば、見たことがない人だなぁと思ったまま軽く会釈し、それ以上深く追求することもなく、部屋の中に引っ込んだ。        ◇   「やっと見つけた……」  そう言った男の声は、高雄には届かなかった。      

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