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第12話

 重い足取りで階段を降りると、開け放たれた居間の先に目をやった。そこには庭にしゃがみこんで地面とにらめっこしている雅がいる。  視線に気がついたのか、ことさらゆっくりした所作で雅が高雄と視線をあわせた。 「お兄ちゃん、さっき花壇からイチゴを摘んで台所に持って行ったよ」 「苺ー?」  すぐに視線を戻し、雅はまた地面を見てる。 「っていうかミヤは何してるんだ?」  廊下から声をかけるも、夢中なのかもう反応は無かった。  ソファに放り出してあるつばの広い麦わら帽子を手に掴むと、縁側からサンダルをひっかけて雅の近くに歩を進めた。  まだ朝だというのに春の日差しは強く、帽子もかぶらず座っていたら熱中症になってしまうと、過保護病を発揮した高雄は、手にした帽子をポンと頭にかぶせた。  びっくりするように上目遣いで見上げる雅は今日もかわいい。 「あっ、ありがとう」 「どういたしまして」  されるがままに帽子を被り、また一点を見つめる。なにかが動いている?  蟻? 見てるのか?  「ありさんがね」  ――あっ、やっぱり。 「うん、蟻がどうしたの?」 「ありさんはみんな仲良しで、仲間外れとか、ないんだろうなと思って」  ――何かあったか。そう思って顔色をうかがう。  雅はおっとりして特に何かに秀でているタイプではない。勉強も中の上、運動に至っては運動神経が壊滅的にない。かといって、言外から読み取れるようないじめにあいそうなタイプでもないだけに、どう切り出すべきか躊躇した。 「さぁ、それはどうだろう。蟻の中にもキリギリス的性格の蟻はいるだろうし、蟻にも第二性があるかもしれない」 「お兄ちゃん?」  少し意地悪な言い方になってしまったかと焦って、すぐにフォローをいれた。 「いや、だって隣の芝生かもしれないじゃないか」 「青く見えるってやつ?」  僕はそれ以上を避けた。  今日みたいに寝覚めの悪い日は、余計な事を言ってしまいそうだったからだ。 「クロックムッシュ、リクエスト入ってたたき起こされたから、ミヤの朝ご飯も作ってあげる。何が食べたい?」  その一言にキラキラと目を輝かせた。 「みー、お兄ちゃんの作るパンなら、何でも好きよ」  雅は自分の事をみーと呼ぶ。もう高校生なんだから止めさせようと思ったが、なんせ樹さんが樹さんだ。 『自分を表す言い方は一つじゃない、どんな言い方しようと、雅は雅よ』  確かに間違えじゃないですよ。僕は確かにその場はそう答えた。  でもそれはアルファの傲慢だ。自分は自分、他人にどう見られても関係ない。でもそれは強いやつの考え方だと、僕は思っている。ミヤは樹さんみたいに強くない。内心ではそう思ったが、言われたミヤが存外嬉しそうにするものだから、何にも言えないまま、みーを黙認している。  もしかして強くないのはミヤじゃなくて僕の方かもしれないと思ったからだ。 「分かった。おいしいパンにしてあげるから、もうそろそろ中に入って、手を洗ってうがいしておいで」  僕は中に戻った。  ミヤのフォローはパパちゃんが一番だ。ここは一応声をかけておこうと、サンダルを脱いで一歩石段に足をかけた。  ――視線?  あたりを見渡しても、それらしいなにかは居なかった。 「高ちゃーん。お腹すいたー」  うるさいのが喚き始めたと慌てて踵を返す。 「ちょっと待って、すぐ作る」  そんな朝が、三条家の幸せの一日の始まりだった。 「稽古終わったの? シャワーでも先に行って来て」 「おうよ」  汗だくの樹さんは豪快な返事をすると、パパちゃんからタオルと着替えを受け取ってバスルームに入っていった。 「高雄、明日からは学校だろう?今日位ゆっくり寝てればいいのに」  横からパパちゃんが洗濯かごに洗い上がった洗濯ものを沢山いれて、ニコニコ笑って立っていた。 「それ、ほとんど樹さんのじゃないか。たまには自分でやらせないと、パパちゃんがいなくなったらあの人何にも出来なくなっちゃうよ」 「居なくならないから大丈夫だよ。ママちゃんより一秒でも長く生きるって約束してるからね」 「相変わらず甘々だよねー」  そんな会話をしながら、冷蔵庫からハムを出した。 「クロックムッシュ?」 「面倒くさいものをリクエストされたからね」  嫌そうに綺麗な顔を歪めながらも、声は明るめだ。テキパキとハムにチーズにと重ねられていく。 「なんだかんが、やるの嫌そうじゃないよね」  パパちゃんが物知顔で突っ込みを入れてくる。 「どこをどう見たら、そういう感想が出るかなぁ」 「高雄は、素直じゃないね」 「ほっといて」  鏡があったら、きっと耳位は赤いのだろう。ここに鏡が無くてよかった。そんな自分の顔恥ずかしくて見れたもんじゃない、高雄は顔をぶんぶんと振ると、くだらない思考を打ち消した。 「選択物干してくる。僕もたまには高雄のクロックムッシュ食べたいな」 「はぁ? 樹さんの焦げたパンでも食べればいいのに」 「まぁまぁ、そういわずに。運ぶのは手伝うからさ」 「当たり前だろ」  そう言うと、こんなにお天気のいい日は日光に当てたいと、パパちゃんはそのまま庭に出ていった。 「まじか……」  一斤では足らないと、仕方なしに予備のパンに手をかけた。   「みやびちゃん、誰と話しているの?」

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